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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第17章 理性と狂気とーbeing inseparableー
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sub.暁雪の師弟(1)

狭間に埋もれた、とある可能性。

 

 ────それはアルマドゥラ帝国へ出発する前日のこと。


 準備を粗方終えた頃に、屋敷を出て歩くこと数分。目的地へと辿り着いた途端に、それまで自分の後ろを付いてきていた彼が前へと飛び出した。


「おお、これがかの有名なダイヤモンドミラーですか! いやぁ、噂には聞いていたけど、実物を見ると不自然さも想像以上だ」


 そう興奮したように泉に据えられたダイヤモンドミラーに駆け寄ったのはフユキだ。興味深そうに鏡を色々な角度から眺めたり、豪華な縁取りに触れたりしているそんな姿に、私……ルージュは思わずくすっと笑みがこぼれた。


「ふふっ、確かに自然に囲まれてる中でこの鏡は目立つもんね。私はもう見慣れてる景色になっちゃってるけど」


「何回も見てたらそうでしょうねぇ。それで、この中を潜ればこの世界の裏側へ行けるんでしたっけ。パッと見ただけではにわかに信じがたいけれど」


「うーん、試してみる?」


「魅力的なお誘いですが、今は遠慮しておきますよ。入ったら最後、色んなものに興味持っちゃって明日の出発に間に合わなくなりそうだ」


「それもそっか」


 そう笑い合いながら、私も泉がある丘の頂上へと登って行った。


 こうなった経緯はというと、準備を済ませた後にフユキから気分転換がてらミラーアイランドを案内してほしいと頼まれたことがきっかけだった。それでどこから見て回ろうか考えて……シンプルに街中を案内するものいいけれど、まずは屋敷の近場にある私のお気に入りの場所をフユキに見せようと思って、この鏡の泉へと向かったというわけだ。

 案内する方と、される方。以前にシノノメ公国を訪れた時とは立場が逆転して、なんだか感慨深い。


「それにしても、まさかあなたがこのミラーアイランドの王女様だったとは。しかも、行方知れずと聞いていた命の大精霊様ご本人なのも驚きでしたよ。そんな方を師と仰げていたなんて、俺は幸運ですね」


「まあ……隠すつもりは無かったんだけど、打ち明けるきっかけも機会もなかったから。それに、大精霊っていっても今は見習いみたいなものだよ。オスクにも日頃から散々半人前って言われちゃってるし、私も未熟だって自覚はあるから」


「それでも俺にとって尊敬して、目指すべき指標としている方には変わりありませんよ。ありがとうございます、師匠」


「もう。師匠は卒業っていったのに」


「いやぁ、つい癖で。その内ちゃんと直しますね、ルージュ」


「うむ、よろしい」


 フユキの言葉に冗談めかしながら返事をして、「ちょっと座ろうか」と2人で泉のほとりへと移動する。高台の、遮るものが何もないここからだと、相変わらず国中の景色がよく見渡せた。

 以前まではここに足を運ぶことを日課にしていた場所。それからイアとエメラとでエメラの試作品を味見した後、腹ごなしに訪れた場所。そしてルーザと共に帰り道を探るために調べて、やがてその奥へと通じている影の世界へ帰る瞬間を見送った場所。

 私にとって、大きな起点となる瞬間にいつも何かしら関わりのある思い出深いところだから。フユキにもここからの景色を見せてあげたかった。


「おお、良い眺めだ。ルージュのお気に入りの場所というのも納得がいきますね」


「うん。今でこそ頻度は減っちゃってるけど。それでも時々ここに来て、何もしないでぼーっとするの好きなんだ。この景色を眺めてると、悩み事があっても気が紛れてスッキリするような気がして」


「なんとなくわかります。俺も、気分が落ち込んだ時は人里離れた場所に逃げ込むんで」


 丘の上に座り込んで、視界いっぱいに広がるミラーアイランドの風景を見据えながら2人で会話を楽しむ。シノノメの街中を2人で走り回ったあの晩ぶりの、2人きりでのお喋りを。


「良い国ですね、ここは。地理的なものもあるんでしょうが、街並みは開放的で綺麗だし、住民も暖かい気持ちを持っていて。まあ、俺にとっては気温的なものでもあるけれど」


「あ。そういえば、大丈夫なの? ここ、フリードでも魔法具無しじゃ汗だらだらになっちゃうのに」


「備えはありますから、お気になさらず。まあとにかく……あなたが誰にでも手を差し伸べる、お人好しになったのも今ならわかりますよ。この国で、この街で育ったのなら、そうなるのだろう、と」


「……良いところ、ばかりじゃないよ」


 ふとフユキの話を遮るように、声を発した。

 決してフユキの話が不快だったからじゃない。私を褒め称えてくれるのが照れ臭かったからじゃない。そう結論づけるのは早過ぎると、そう思ったからで。


「私もいっぱい傷ついてきたよ。最初は姉さんに、私の臣下になってくれた衛兵に守ってもらっていたけれど、城の中ではいるかもわからない影の王女って、蔑む……ってほどではないけれど、ずっとそう言われていて。そんな自分を変えたくて、勇気を出して外に出てみたら……いじめられて。それからはしばらく塞ぎ込んでいた」


「……今は、乗り越えられましたか?」


「うん、友達になってくれたみんなのおかげで。それまでに色々心配と迷惑かけちゃった。最近になってその主犯格の相手と対面する機会があったんだけど、戦って、勝って、見返すことができて。ようやく振り切れたってところ」


「ほう。ボコボコにしました?」


「そりゃあもう、全員で徹底的に」


「そりゃ痛快だ」


 そんなことを言い合いながら、2人で笑みをこぼす。

 内緒にしているわけではないのだけれど、私達2人の出会いをみんなは見てないから、その後に築いた関係も当然知らない。だからこうして2人だけで抜け出して歩き回って、その最中にこうして話し合えるのは普段では味わえない感覚があって、みんなとのお喋りとはまた違う楽しさがあった。


「だとすると、あなたが優しく在れたのはこの国の女王様と、ご友人の影響が大きいんでしょうね。確かにルージュの友人は皆、揃いも揃って他人のことを気にかける気立ての良い者ばかりだ」


「うん。だから、その恩返しがしたかった。手を伸ばせるところにはちゃんと伸ばして、掴めるようになりたかったから。小さかったフユキも、その中に入るかな」


「有難い話だ。あなたがあの時俺の腕を引いてくれたおかげで、俺は妖精に対して良くない感情を抱かずに済んだから。あれが無かったら俺は今頃どん底に落ちて、戻って来れなかったかもしれません」


「……そう。良かった」


 私ができたことは、ほんの些細なことだけど。それでも、フユキにとっては大きなことで、今に繋がることに役に立てていたという事実が、やっぱり無駄じゃなかったのだと思わせてくれた。


「それじゃあ、今度は俺の番ですね。昔あなたが俺にしてくれたように、俺がルージュの腕を引いて、あなたの力になって見せます」


「ん、ありがとう。でも、フユキには前にシノノメで助けてもらったり、街を案内してもらったけど……」


「いやいや、あれじゃ俺の気が済みませんって。俺の一生を左右する転機を作ってくれた恩には、それだけじゃ釣り合わない」


「そ、そう。なら、帝国に行った時は遠慮なく頼りにさせてもらうね。でもその前に、」


 そこで話を切り上げて、おもむろに立ち上がる。私の行動の意図が掴めずに、きょとんとした表情を浮かべているフユキに向かって微笑みながら手を差し伸べる。


「今、ここにいる時だけは私に腕を引かせて。前にシノノメを案内してくれたお返し。案内しておきたい素敵な場所、いっぱいあるんだ」


「そういうことでしたら喜んで。お願いします、ルージュ」


「うん、任せて!」


 フユキが私の手を取って立ち上がるのを合図に、街への道を目指して丘を下り始める。

 たとえ、この時間が束の間としか言い表せない、僅かなものだったとしても。他のみんなは知らない、私とフユキだけの秘密の冒険を目一杯楽しむために。2人でお互いの手をしっかり握り合って、風を切って駆け抜けていく────。

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