第228話 千切られた繋がり(3)
兵士達がカジノでの作業を終えてから、オレらも目的を果たしたことで帰る支度を整えていた。
本来であれば、達成感に浸りながら行われるはずだった場面。だがそれも、今回ばかりは全員暗い顔をしながら手を動かすのみ。喜びの声も労いの言葉も一切ないまま、余計なことを考えないようにただひたすら、全員が黙々と荷物を整理していく。
「……俺はしばらく帝国に留まることにする。気配の大元は諸君らの奮闘があって消し去ることができたが、まだ欠片が潜んでいないとも限らないからな。それに、こちらとしても事情を知る協力者が多いに越したことはない。俺が知ることを、全てレクト殿らに伝えよう」
「有難い。我らも今回の件で災いとやらの脅威を目の当たりにしたが、対抗するには知識が足りなさすぎる。対策を練るためにも、色々教示していただきたいことがあるのでな」
「うん。ぼくも、剣は使えるようになったけど、あのこわいかいぶつとどうたたかえばいいかはまだよくわからないから……大精霊さまから、色々教えてほしいこと、いっぱいある」
その最中、ヘリオスがアレウス達にそう話したのが聞こえてきた。
今回の騒動を受けて、ヘリオスは帝国で『滅び』の残党の警戒とアレウス達にその知識を授けるためにここに残ることにしたようだ。アレウス達との会話を終えて、ヘリオスはオスクの方へと向き直る。
「オスク殿。それと諸君らも……いくら試練のためだったとはいえ、本当に申し訳ないことをした。詫びと言ってはなんだが、俺に何かできることがあれば遠慮なく申しつけてほしい。異界であろうとすぐさま駆けつけよう。できることなら事が全て解決するまで傍についていたかったが……」
「これはこっちの問題だ。お前なんざの手なんか借りるまでもない。それより、これからは好き勝手歩き回るなよ。次、何か起きたら問答無用で巻き込んでやる」
「……約束しよう。こうなったのも元はと言えば全て俺の責任だ。その償いはしてみせる」
流石のオスクも、今回起こったこの事態に様々な感情を抑えきれなくなっているようだ。
さっきからずっとしかめ面のまま、顔を背けて誰とも目を合わせず。最初から友好的とは言えなかったヘリオスへの態度も、さらに刺々しさが増していて。予期していたとは言ったものの……やはりオスクからしても、こんな形で『裏』の暴走した結果が表れたのは想定外だったのだろう。
原因を作った『滅び』に。記憶を奪うという暴挙に及んだ『裏』に。そして何より、それを防げなかった自分自身に。いつもより重みを感じさせる雰囲気が、オスクが誰よりも憤りを感じていることは明白だった。
「依頼は果たされた、ということで俺も戻らなくてはならないんだけど……何か、できることはないかな。無意味だとしても、このまま帰れない」
「……お前は情報屋だろ。お節介を焼くようなガラじゃない」
「まあね。だから仕事としてじゃなくて、個人的な感情だ。とは言っても、俺がこの件に関して役に立てるようなことはないんだろうけど……困ったことがあったら、力になるから」
「……」
そんなフユキの言葉をぼんやりしたまま聞いていた。らしくないなと、そう思いながら。
情報屋を名乗っている癖に、自分には関係のない面倒ごとを自分からわざわざ背負いにいこうとするなんて。本来ならば依頼とそれに対する報酬だけの繋がりしか作らないはずだろうに、どうして首を突っ込もうとするのか。
それまで静かにオレとルージュを見据えていたフユキだったが、オレが訝しげな視線を向けていることに気が付いたのか、ふと肩をすくめた。
「でもまあ、どう足掻いても今できることは皆無だということはわかっているよ。今とあまり変わらないことではあるけど、せめてものお詫びにあなた方の依頼ならすぐに引き受けることにする。報酬も格安で、内容によっては無料でも構わない」
「……なんで」
「言っただろう? 俺はそれだけ、あなた方に恩義を感じている。そもそもこの仕事だって、師匠に会うために始めて、その方の行動に倣っているものなんだ。変わり者だって思うなら、いくらでもこき使ってくれ。それが、俺の望み」
それだけ言うと、フユキは「それじゃあ」とこの場を後にしていった。
帝国にまだ用事があるのか、オレらと共に帰るつもりはなかったらしい。踵も返さず、スタスタとただ真っ直ぐに歩みを進めて。それから程なくして、まだ残っている大勢の兵士達に紛れるようにして姿を消した。
フユキが去ってからすぐ、ヘリオスとの話を終えたレクトとアレウス、オンラードが揃ってオレらに向かって深々と頭を下げる。
「今更ではあるが、皆様にも感謝の意と詫びを申し上げる。皆様の働きによって、帝国は未曾有の危機から脱することができた。しかし、ルジェリア王女をこのような目に遭わせてしまったのは、紛れもなく我らの失態。……本当に、申し訳ない」
「いえ……僕達も敵をもうすぐ倒せると油断してしまっていたので。悪いのはあんな卑怯な手を使ったオーナーと、それを実行した手先です。ここにいる誰かが悪いというわけではないと思います」
「そうだとしても、責任の比重は確実に我らが上だろう。災い……『滅び』の脅威を目の当たりにした今、我らは一日も早くそれに対抗しうる力を付けることが最善だと判断した。次会う時までにはそれを必ず身につけて見せよう。二度とこのようなことを、起こさぬように」
「ぼ、ぼくもっ……いっぱい剣の力の使い方、練習する。今よりもっと上手く使えるようにがんばるからっ……みなさんとまた会えるよね……?」
「うん、必ずね。その時はルージュさんの記憶もきっと戻っているだろうから。僕達が、そうなれるように努力する」
「うん……」
そうは言ったものの、何も力になれないことを悔やんでいるのかしょんぼりと肩を落とすアレウス。そんなアレウスにドラクは目線を合わせながら励まして、他の仲間もそれに続いて別れの言葉をかけつつ、再会の約束を交わしていく。
だがオレはというと、それもしないままでいた。決してアレウスと話すのが嫌だというわけじゃない。今は誰であろうが会話するのも億劫だった。それ程までに、精神的に疲弊していた。
やがて全員がアレウスと挨拶し終わると、それを見計らったかのようにニニアンがオスクへ歩み寄った。
「あ、あのあの……その、オスクさん、ゲートを開けるだけの魔力が回復しました。出発、いつでもできます」
「そうか。ならルーザ、準備が整ったら声かけろ」
「いや……いい。行けるなら、早く出るぞ」
「え? ……ちょっ、おい。ルーザ!」
周りの確認も取らずにそう決めると、当然仲間達は戸惑っていた。いち早く我に返ったイアが、せめて一言あるだろうとオレの腕を掴んで止めに来るが、オレはそれを振り払う。
「……悪い。しばらく、一人にしてくれ」
首だけ振りむいてそう告げれば、イアは悲痛な表情を浮かべながら手を引っ込める。今はどれだけ説得しようがオレの気持ちが変わらないことを悟ったのか、やりきれない気持ちを抑えるようにその腕を下ろし、拳を握りしめる。怒りか、悲しみか……震える指先を手のひらに食い込ませて、必死に気持ちを押し留めていた。
その様子を見届けてから、オレは今度こそ闘技場の外を目指して歩き出した。スタスタと早足で、誰とも目を合わせないまま。
……そして、ルージュの屋敷に帰るまでオレは一言も口を利かなかった。




