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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第17章 理性と狂気とーbeing inseparableー
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第228話 千切られた繋がり(2)

 

 それから、なんとかルージュを連れて闘技場へと戻ってきた。建物の外でも中でも、大勢の兵士達が物的証拠の押収と今後の対応のために忙しそうに走り回っていた。

 自分でもできるような簡単な仕事なら手伝うべきなんだろうが……そんな気力は微塵もなかった。普段なら自然に動いている筈の足も、オスクの後ろをついて行くだけで精一杯。今でもさっきの衝撃が抜け切らずに、そんなことはないと理解していても地面がぐらぐらと揺れているような感覚に囚われ続けている。


「あ、ルーザとルージュ戻ってきたぜ!」


「よかった〜。様子おかしかったから、心配してたんだ。気分とか悪くない? 大丈夫?」


「……っ」


 闘技場の中へと入った途端、イアとエメラがすぐに反応して、それによってオレらが戻ったことに気付いた他の仲間も駆け寄ってくる。

 何か、反応を返してやらなければならないというのに、できない。声が、言葉が喉の奥に引っかかったまま出てこない。握っている手が小刻みに震えていて……恐らく、ルージュが怯えているのだろう。周りを囲むという、仲間の普段もしているような何気ない行動も、今のルージュにとっては恐怖を煽るものでしかない。

 そんな明らかに普通でない様子に、さっきまで笑顔を浮かべていた仲間達も徐々に怪訝な表情になっていく。


「ど、どうしたの? 2人とも、顔色悪いわ」


「何かあったんですか? もしかして、さっきの魔法薬がまだ抜けきっていないとか……」


「あっ! そうだ、魔法薬! 後から影響が出てくるかもわからないし、念の為にもやっぱり呪術医に診てもらった方が、」


「そうじゃ、ない……」


 やっとのことで絞り出した声で、なんとか話を遮る。聞こえているかどうか怪しいくらいか細いものだったが、只事ではない雰囲気を察したのか、全員押し黙った。

 それからなんとか今まで起こったことを説明しようとするが……思うように口が動いてくれない。喉はカラカラで、目の奥がヒリヒリとして、胸はじくじくと鈍い痛みにずっと悲鳴を上げていて。いっそこのまま気絶してくれた方がマシだと思うくらいには、ただ立っていることさえも辛く、苦しい。


「ルーザさん、大丈夫? 真っ青になってる」


「ぅ……」


 戦いが終わったことでオレらと同じくここに戻ってきていたらしい、アレウスが心配そうな表情を浮かべてオレの顔を覗き込んでくる。それでも何か言葉を発する気力も無くて、口を開きかけたままうつむいた姿勢で固まってしまう。


「ったく、仕方ないから僕から説明してやるよ。早い話が非常事態ってやつだ」


「え?」


「とりあえず黙って聞いてろ。横から口挟まれる時間も惜しい。精々心して聞くんだな」


 いつもの余裕をかました態度が消え失せ、真剣な表情で告げられたオスクのその言葉に気圧されて、誰かがゴクリと喉を鳴らす。

 そうしてオスクは闘技場の外で何があったのか、その経緯を静かに、ゆっくりと語っていった────




 ……オスクが全てを語り終えた後、この場にいる全員が言葉を失っていた。

 イアとエメラはその顔から血の気が引いて打ちのめされたような表情を浮かべ、フリードとドラクは信じられないとばかりに呆然としていて。カーミラとニニアン、アレウスも悲しみに表情を歪めていて、フユキとヘリオス、レクトの3人はこの事態を防げなかったのを悔やんでいるのかさっきからずっと俯いていた。


「そんな……じゃあ、今のルージュは、わたし達のことも」


「ああ。見た感じ生きるのに最低限の知識は残っているようだけど、それだけだ。ルーザと僕のことも記憶から綺麗さっぱり無くなってるみたいで、近づいたら怯えられた」


「うそ……だよな? なあ、嘘って言ってくれよ……なあ」


 信じたくないという感情を顔にありありと浮かべながら、イアは縋るかのようにルージュに歩み寄り、手を伸ばす。だがそんなイアの気持ちとは相反して、ルージュはイアが近づいた途端に肩をビクッと揺らしたかと思えば、オレの背に隠れてしまう。


「あっ……」


「や、ぁっ……」


 あからさまに怯えた表情と、拒絶の動作。言葉にはならなくても、「来ないで」という意思だけは残酷にも伝わってきたことで、イアは反射的に手を引っ込めてしまう。

 ……親しかった相手のことすらも、今のルージュにとっては警戒を抱く対象でしかない。その事実を嫌でも目の前に突きつけられ、イアと、他の仲間達の顔にも絶望の色が増していく。


「……記憶喪失を専門とする医師に診せるのはいかがだろうか。我が帝国ならば腕の良い者もいるが」


「徒労に終わるだけだ。さっき使っていた力を見ただろ? こうなった原因になったものは通常の魔力ともまたわけが違うんだ。普通の妖精や精霊がどうこうできるものじゃない」


「くっ……ここまで無力さを突きつけられるばかりとは」


「何か、手立てはないんですか? オスクさんのことですから、何か……何か一つでも」


「あれこれ考えてはいる。でも今はどうやっても解決できない。それに、これは記憶が消えたっていうより……」


「えっと……?」


「いや、なんでもない。確証がないことを話してもしょうがない」


「そう、ですか」


 王女であるルージュを危険な目に遭わせてしまった上に、その治療すら不可能だと告げられてレクトは項垂れる。ニニアンも、オスクがこの事態を黙って受け入れるわけがないからと希望を込めて尋ねてはみたものの、まだはっきりとした答えは出せていないと首を振られてうつむいた。

 ここに巣食っていたガーディアンを……『滅び』を消し去り、オーナーも拘束できた。戦いに勝って、アレウスも自分の進むべき道を見出せて、レクトの目的も果たせたというのに……喜びは一切湧いてこなかった。この場にいる全員の顔にかかる暗い影が、今の心境をありありと物語っている。

 その後に襲いかかったさらなる試練が、あまりにも重すぎるが故に。


「すまない……まさかこんなことになるとは。俺も付いていながら、このような事態を招いてしまうなど大精霊として許されざることだ。俺達は王笏を振るう者を試す立場であると同時に、いつか来たる日のために守るべき役目もあるというのに……」


「口だけの反省なんかいらないんだよ。こっちの元々の目的、忘れてないだろうな?」


「……ああ、もちろんだ。君達の心構え、これまで磨いてきた力はこの戦いでしかと見せてもらった。譲らない理由は一切ないと評価している」


「そうかよ。なら、さっさと済ませるぞ」


 戦いの最中とは打って変わって、憂いを帯びた表情を浮かべるヘリオスに向かってオスクはそう吐き捨てるように言うと、オレらの前に歩み寄ってきた。


「ほら、ものだけ寄越せ。それくらいはできるだろ?」


「え? ……ああ」


 唐突すぎて最初はその行動の意味がわからなかったが……やがて理解した。元々ここに来た目的、ヘリオスのエレメントを託してもらうこと。そしてそれを納めるべきゴッドセプターは、いつも通りルージュのカバンの中だ。

 しばらく手を繋いでいたことで傷つけることはないと理解してくれたのだろうか。さっき背の後ろに隠れられたことから、オレだけは触れる程度は警戒を解いてくれている。不審に思われない内に早く済ませてしまおうと、オレはルージュに向き直る。


「……悪い。それ、借りていいか」


「……?」


 カバンを指差してそう尋ねれば、ルージュは首を傾げながらそれを見つめたかと思えば、意味を理解したようでおずおずと差し出した。

 ……きっと、今のルージュからはこのカバンの意味も、これを送ってくれた相手のことすらも消えてしまっている。オレよりも遥かに付き合いが長い存在すらも他人でしかない事実が無性に悲しくて、オレは地面に目線を落としたまま、オスクの顔を見ることなく借りたばかりのカバンを手渡した。


「こっちはいいぞ。さっさと済ませろ」


「……うむ」


 それからすぐにオスクはカバンの中からあの白く神々しい杖を取り出して、ヘリオスの前で構えた。ヘリオスもオスクの言葉にうなずいて見せてから、その手に力を貯めていく。

 そして、姿を現したのは太陽の如き灼熱の光を閉じ込めた、赤く力強い輝きを放つエレメント。それをヘリオスは身体を捻って王笏に向かって投じ、ガンッ! と大きな音を立ててエレメントはプレートの穴に納まった。


 ……これで王笏に収まったエレメントは計7つ。今までなら喜びの声が上がっていた場面も、今それを発する者は一人としていなかった。

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