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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第16章 追い求めた果てに─ Spirit Collapse ─
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第227話 訪れし運命─ Spirit Collapse(1)

 

 それからフリードはすぐさま行動に移った。槍を高々と掲げ、その穂先に強力な冷気が集まっていく。


「『ダイヤモンド・グレイス』!」


 詠唱と共にフリードはガーディアンに向かって槍を突きつけると集まっていた冷気が放たれ、たちまちガーディアンを包囲するかのように包み込んでいく。そしてガーディアンの足元からパキパキと音を立てて凍り始め……やがてヘドロ全体が氷に閉じ込められた。


「表面を硬質化させました! これなら物理も通ると思います!」


「……っ、成る程な。よしっ、今の内に攻め込むぞ!」


「おうよ!」


 フリードの考え……それはヘドロの表面を凍りつかせるというものだった。確かにこれなら柔らかい身体でも物理での衝撃を中心にまで行き渡らせることができるかもしれない。オレの言葉に、仲間達は当然のように大きくうなずいた。

 氷はそう長く保てないだろう。ならさっさと攻めるしかないと、オレらはそれぞれ武器を構えてガーディアンとの間合いを一気に詰めて、仕掛ける。

 鎌を振るい、大剣で両断し、斧で叩き伏せ、槍を突き立て、剣と双剣で素早く切り刻み。仲間達のあらゆる武器での攻撃が、間髪入れずに次々とガーディアンに浴びせられる。表面と一緒に足元も凍らされていたガーディアンは避けることもできないまま、全ての攻撃をモロに受けることとなった。ガーディアンが仰け反ったのと、この連続攻撃によってヘドロの表面を覆っていた氷が砕け、飛び散った欠けらが辺りを煌めかせた。


 このままいけば……と思ったが、現実はそう上手くいかないもの。ガーディアンがやられっぱなしでいるわけもなく、全身をブルンと震わせたかと思うと、突然高く飛び上がった!


「うわっ⁉︎」


 デカい図体からは考えられない素早い動き。そしてそのまま、ヘドロの塊がオレらを押し潰すべく頭上から迫ってくる。


「くそっ!」


 予想外の動きだったが、見切れないものじゃない。そう思い通りにいかせるものかと、オレらはそれぞれ軌道を予測して走り出し、ガーディアンの攻撃から逃れる。


「もう、あんなベトベトしてそうなのに身軽なんて反則じゃない!」


「……不満を言っている暇は無いようだ。また来るぞ!」


「は、はい!」


 ヘリオスにそう注意を促され、再び上から襲いかかってくるガーディアンから走って距離を取る。

 離れれば当たらないとしても、ヘドロの大きさもあって攻撃が及ぶ範囲も馬鹿にならない。着地する度にドオン! と轟音を立てながら大量の土煙を巻き起こすそれを、まともに食らえばひとたまりもないことは明白だ。直撃から逃れても、土煙と衝撃波にも巻き込まれたら次が危ない。敵との距離をしっかり掴む必要がある。

 敵が単体になったことで人手が多くいる状況ではなくなったと判断したのだろう。レクトも兵士に必要最低限の人数だけ闘技場に残して後は外に出るよう指示を出し、走り回りやすいようにしてくれた。オレらはガーディアンの動きをよく見ながら、攻撃のチャンスを窺う。


 そうして様子を見ていると、次に飛び上がるまでに少し時間があることに気づく。飛躍してから落ちてくるスピードは早いといっても、着地した時の衝撃に耐えてから重い身体を持ち上げるのはそれなりに力を使うのだろう。この隙をついて、かつ魔法でも通るようにすることができれば。

 ちらりと横目でアイツのことも見てみれば、魔力で身体を浮かせているのか地面スレスレで浮遊しながら素早く動き、涼しい表情でガーディアンの攻撃をものともしていなかった。だが、


「わあっ……⁉︎」


「……っ! しまった、アレウス君‼︎」


 体力の限界が近かったアレウスはそうもいかなかった。それまでフリードが腕を引いて一緒にガーディアンの攻撃を避けていたのだが、一瞬足がもつれたことによってバランスを崩して転んでしまう。その拍子にフリードと繋いでいた手も離れて、アレウスはうずくまったまま一人取り残されるという状況に陥った。

 もちろん、ガーディアンがその決定的な隙を見逃してくれるわけがなく、しめたとばかりにアレウスの目の前へと着地する。そして着地の衝撃と砂煙で身動きが取れなくなっているところを食らおうと、ヘドロの中央がまたしても大きく裂ける。


「ぃ……っ!」


「おい、これヤバくねーか⁉︎」


「アレウス、逃げてー‼︎」


 イアとエメラが悲鳴に近い声を上げるが、間に合わない。そのまま成す術なくアレウスはヘドロの中に────


「え、えいっ!」


 ……が、アレウスは諦めていなかった。自分の足元に何かを叩きつけたその瞬間、アレウスの周囲に眩い閃光が走り、辺りを白煙が包み込む。予想だにしないことに流石のガーディアンも怯んで、今にも飲み込まれそうになっていた裂け目もピタリと閉じる。


「い、今のは……⁉︎」


「原因を突き止めることなんざ後にしなっての。ほら、雪妖精!」


「あっ、はい! アレウス君、早くこっちに!」


 何が起こったのかわからないが、オスクの言う通り逃げるなら今しかない。その言葉に突き動かされたフリードが慌ててアレウスがいた場所まで駆け寄る。

 声が聞こえたのだろう、白煙の中からアレウスが走って出てきて、フリードも急いでその手を取ってガーディアンから距離を取る。こうして、アレウスは絶体絶命のピンチからなんとか逃れることができた。


「アレウス君、大丈夫でしたか⁉︎」


「う、うん。平気。ごめんなさい、あんなところで転んじゃって……」


「アレウスが謝ることじゃないわ。あたし達がフォローしきれなかったのも悪いんだもの」


「それより、今の光と煙は一体なんなんだ?」


「あ……うん。レクトが付けてくれてたゆびわ。それに付いてた宝石をこわしたの」


「あっ、そういや……!」


 その言葉で思い出した。アレウスがオレらと外出することになった時に身に付けていた装備の一つ。自分の身に危機が迫った時にその場から退避できるように、レクトが持たせていた魔法具の効果がそんなものだったと聞いていた。それを今使ったおかげで、なんとかこの場を切り抜けられたようだ。

 ガーディアンの攻撃からは逃げられたが……アレウスの息はゼェゼェと荒く、白い顔は真っ赤に染まって見るからに苦しそうだった。額にもあちこち大粒の汗が浮かんでいるし、今のでアレウスの体力が底をついたことは明白だった。


「……これ以上は無理か。仕方ない、アレウスはここで下がらせようと思うが、よろしいか?」


「ああ。こんな状態で戦わせられねぇよ。後は自力でなんとかする」


 聖剣の攻撃がガーディアンに有効だからといって、アレウス自身の身体が壊れるようなことになってしまえば意味がない。スパルタなレクトも流石にここで無茶を課そうとはせず、一人の兵士に命じてアレウスを闘技場の外まで連れ出していった。


「……フン、軟弱者が。未熟なことを承知しているなら先に引き下がっておけばいいものを」


「憎まれ口ばっか叩きやがって。素直に心配したって言えばいいだろ」


「……何を」


 アイツの相変わらずな様子に思わずオレがそうこぼせば、途端にどういう意味だとばかりに睨みつけてくる。それに構わず、オレは続けた。


「お前だって『ルジェリア』には変わらない。表がお前に少なからず影響を受けてるってことは、その逆も然りだろ。どれだけ口で否定しようが、奥底にはそういった感情もあるんじゃないのか?」


「戯言を……他者など、(かせ)にしかならない。自らの利益と目的が果たされればすぐ捨てる者ばかり……」


「それは『お前』が見てきた世界がそうだったってだけだ。世界はそれで全部じゃない。上辺だけ見て判断するな」


 それだけ言い切ってから、アイツをその場に残してオレは再びガーディアンに走って向かっていった。アイツの凍りついた心に、この言葉が少しでも響くことを願いながら。


「……そう言って、全て裏切られた。全てを否定された。『私』が閉じ込められたのはそういう世界……繋がり、絆など、ありはしない。認めない。わからない。信じない、信じない、信じない……‼︎」


 ……ガーディアンに集中しきっていたオレは、アイツの口から紡がれた悲痛な叫びに気付いてやれなかった。

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