第226話 憤りし悪夢(2)
『さいらいの』
『びしょうせし』
『しんえんなる』
『いきどおりし』
────内に秘めたのは果たして。
咄嗟に飛び出したはいいが、アイツと共闘するなんて正直言って不安しかない。今回ばかりは利害こそ一致しているが、オレらに対する敵意は無くなっていないし、ガーディアンに向けられている刃がいつこちらに向けられるか気が気じゃないのが本音だ。
だが、だからといってここで退くわけにはいかない。オレだって、ルージュの意識を卑劣極まりない方法で奪われたことに対しての怒りは収まりきっていないんだ。ルージュを呪術医がいる医院に運び込むために一旦ここを後にしようとしたが、できることならオーナーに同じくらいの……いや、それ以上の報復を与えたいと思っているくらいには。オスクやアイツがオレよりもさらに憤慨していてたじろいでしまったために、今まではっきりと出せなかっただけで。
……ガーディアンはこれまでにアイツの攻撃を2回食らっているが、まだ問題なく動けるようだった。凄まじい威力を孕むアイツの力を、真正面から受けていたにもかかわらず。いくら結晶のカケラを取り込んで回復したといっても、大して効果は無かった筈なのに。
単なる予想になってしまうが、ガーディアンは今までのような羽や分身での攻撃ができなくなった分、防御に注力しているのかもしれない。本来の役割すら放り出して、存在することだけにしがみついているくらいだ。単なる力づくではまともにダメージを与えることすらできないかもしれない。
「やめろ。真正面から馬鹿正直にやったところで、まともにダメージが通らない。お前も、さっきの攻撃でわかってる筈だろ?」
「……お前に指図される謂れはない。一度で消えないのなら何度も繰り返して押し潰せばいいだけのこと」
「馬鹿言え。『お前』の魔力の消耗はなくとも、肉体自体の疲労はそうじゃないだろ。『滅び』はどこまでも狡猾なんだ。がむしゃらにやればお前が先に膝をつくことになるぞ」
「……」
あれこれ考えている内に、今にも突っ込もうとしていたアイツを鎌と言葉でなんとか制した。口を出される筋合いはないとばかりに不愉快そうな表情を浮かべているが、オレの指摘は図星だったようで反論する素振りも見せなかった。
諦めの悪いオーナーと、しぶといガーディアンの抵抗で予想以上に長引いているこの戦い。直接的な傷は魔法で治せるにしても、積み重なった疲労はどうにもならなかった。身体的にも精神的にも消耗が激しく、仲間達の顔色にそれが色濃く出ていて、額にはじんわりと汗も滲んでいて。これ以上ズルズルと戦いの時間が伸びることになれば、こっちが先に限界を迎えることになるだろう。
それはコイツも例外じゃない。精神は別だとしても、肉体は共有のものだ。表の、『ルージュ』が戦っていた時の消耗された体力はそのまま引き継がれてしまっているのだから。
さっきからそのつもりだったんだ、すぐにでも決着をつけなければならない。そしてそのためにはガーディアンの防御を崩す必要がある。そこで有効打となるのはコイツの……『裏』の絶命の力だろう。どれだけ固い防御だろうが、コイツの絶つ力ならばその源となるものを無効化することだって不可能じゃない筈だ。
問題は、コイツが素直に力を貸してくれるかどうか。いくら今回ばかりは敵と定めている相手が同じとはいえ、仲間とは思っていないオレらを手助けしてくれるとは思えない。期待もあまりできないために、とりあえずは自分達で応戦するしかないか……。
「何が効果あるかもわからない。物理と魔法、分けて交互に攻めるぞ! アレウスは後ろで攻撃の準備をしてくれ!」
「え、ええ!」
「うん、わかった!」
怪鳥の形を保てなくなり、ヘドロのような姿となったことで有効な攻撃にも変化があるかもしれない。焦らず、最初は様子見だと周りに指示を飛ばす。
オレらが攻撃してガーディアンの動きを抑え込み、その間にアレウスには聖剣での攻撃を放ってもらうために意識を集中して力を溜めてもらう。ガーディアンが先に動き出すのを防ぐためにも、オレらはすぐさま行動に移った。
「沈めっ!」
「おっしゃ、食いやがれ!」
「そらよっ」
「はあっ‼︎」
まずはオレとイア、オスクとヘリオスとで前へ飛び出し、一気にガーディアンとの間合いを詰める。そしてガーディアンに防がれないよう、各々が別方向からガーディアンに斬りかかった。
……が、やはりその見た目通り手応えはあまり感じられない。斬った箇所に切り傷こそ生まれたのだが、まるで柔らかい粘土を切ったような感覚だった。しかも、その傷も凹みが直るかのように押し戻されるようにしてすぐ修復してしまう。これじゃあ、物理はほぼ効果が無いと見てよさそうだ。
「チッ。次、頼む!」
「うん、任せて!」
せめて立て直す隙を与えてたまるかと、合図を送ればドラクが迷うことなくうなずいてくれた。前に出ていたオレらが左右に身を引いたのを見てから、後ろで控えていた仲間達が攻撃へと移る。
「『エレクシュトローム』!」
「『ムーンライト』!」
「『ダイヤモンド・グレイス』!」
「『フロース・マーテル』!」
「『アクア・カタルシス』!」
ドラク、カーミラ、フリード、エメラ、ニニアンがそれぞれ魔法を放って一斉攻撃し、五種類の魔法が間髪入れずにガーディアンへ襲い掛かる。だが、まだこれで終わりじゃない。
「俺もいかせてもらうか。『絶氷針』!」
「オンラード、我らも続くぞ。管理者である我らが棒立ちのままでは、帝国の面汚しもいいとこだ」
「言われるまでもない‼︎ これ以上お客人を傷つけてなるものか!」
フユキも巨大なつららを撃ち込み、レクトとオンラードもそれに続いて、後ろに控えている兵士達も2人に促されるように次々と魔法で攻撃していく。
どんな魔法が有効なのか、後ろに下がりながら様子を確認してみると……電流や光線など、物質的なものではない魔法はそのままヘドロの中に飲み込まれてしまうかのように消失してしまっていた。逆に氷や草花、土などの魔法には多少仰け反るような反応を見せたが、身体が柔らかいせいなのか深手を負わせるまでには達してないようだった。
残るはアレウスと、アイツの攻撃だが……
「『カリバーン』‼︎」
「『苦』……!」
力を貯めきったらしい、アレウスが光の刃でガーディアンを脳天から切り裂き、それに続いてアイツが瘴気をガーディアンに纏わり付かせる。
アレウスの攻撃は流石聖剣から放たれたものといったところか。先の攻撃に大したリアクションを見せなかったガーディアンも、これにはひとたまりもないと言わんばかりにぐぐもったうめき声のような音を発しながら真っ二つに切り裂かれた。それもすぐに元の塊に戻ってしまうかのように見えたが、すかさずアイツが放った瘴気にその身を蝕まれたようで、もがき苦しむような素振りを見せる。
やはり、ガーディアンに有効なのはアレウスと聖剣の力か。アイツの絶命の力も、生命、繋がりを断ち切るものだけあって、ガーディアンの防御をものともせずに体力を削れるようだった。だが……
「はあ……はあ……」
「アレウス君、大丈夫ですか?」
「う、うん、平気。でもつかれてきちゃって……いっぱい走ったし、剣もこんなに使うの、初めてだから」
「仕方ないわ。あの敵に一番対抗できるからって、ずっと最前線を任せきりだもの」
「ガーディアンに対して効果があるといっても、これ以上無理をさせたらアレウス君の方が先に倒れちゃうだろうね……」
「ああ……」
オレらもかなり消耗している中で、幼いアレウスの体力が限界に近いのは当然のことだった。今まで結晶の羽を無効化できるからと散々本体を相手にしていたのだから無理もない。
ガーディアンがヘドロのような姿となっても、変わらず聖剣の攻撃が効果があるからとこのままアレウスを主体として戦うのは避けるべきだろう。かといってアイツを頼るのは……
「災厄を退ける力があっても、器が見合っていなければ所詮その程度。お荷物になる前に消えたらどうだ?」
「……っ」
「ちょ、ちょっとそんな言い方……!」
やはり、現実はそう上手くはいかないものだ。息切れするアレウスに対して、励ましている仲間達とは正反対にアイツはそこへさらに追い打ちをかけるような言葉をかける始末。
あんまりなその物言いに流石のエメラも咎めるような視線を向けるが、文句を言われる筋合いはないとばかりにアイツに冷たく睨みつけられ、逆にエメラが身をすくめてしまう結果で終わる。
「友好的とはとても言い難いな。アイツは放っておいてもガーディアンを攻撃するのはやめないだろうし、こっちはこっちでやるしかないだろ」
「そうだな……」
オスクも、敵が共通しているだけで協力は無理と判断したようだ。だが、さっき攻撃した時の反応を見る限り、物理はあまり効果が無いし、魔法でもそれほど効いているように思えなかった。単純な攻撃ではどうやっても倒しきれそうにない。
くそっ、ルージュがいたら有効な知恵を出してくれたかもしれないってのに……!
「ルーザさん、僕に一つ考えがあるんです。それなら普通の攻撃でも通るようになるかもしれません」
「……っ、そうか。任せてもいいか?」
「はい、もちろんです!」
考え込んでいる最中、フリードが何か思いついたようで声をかけてきた。他に策も思い付いてないし、試さない手はない。
オレもせめてすぐ動けるようにしておくべきだろう。弱気になっていた思考を頭を振ることで払い除け、静かに、それでも力強く鎌を握り締めた。




