第225話 目醒めしものは(3)
背後から飛んできた声に振り向いてみれば、その声の主は確認するまでもなくアレウスだった。アレウスは私達に声をかけてすぐ、それまで上に向けていた剣の切っ先を一瞬の内に地面へと向くように持ち替えて、
「『ルス・エスクード』!」
自分の足元に刃を力いっぱい突き立てた。途端に、剣身に集まっていた光と力が溢れ出して辺りを、私達を優しく包み込み……やがて私達の周囲に光のドームを作り上げる。
私達を今にも射抜こうとしていた羽は、その光に触れた瞬間にジュワッと羽に溶かすようにして消滅していった。間近でそれを目の当たりにしたことで、羽に込められているであろう『滅び』の力までもを全て無に還されたということがすぐにわかった。聖剣に宿る力が、こうして盾となって私達を守ってくれたんだ。
「すっげぇ……あれだけの羽、全部防いじまった」
「これが聖剣の力、なの?」
解き放たれた聖剣の真価を目の前で余すことなく発揮されて、私達は感嘆の息を漏らすばかりだった。アレウスと繋がる前も大精霊の加護や浄化した結晶の力も無しに『滅び』の打ち消すなど、計り知れないものは感じていたけれど……まさかここまでだなんて。
前代皇帝も、この力で国を……民や兵士達を守っていたのだろうか。そんな考えが浮かんだその時、レクトさんが「いや、」と声を上げる。
「ユリウス様は使われなかった術だ。ああでも、ユリウス様のことを思えば、使えなかったと言う方が正しいかもしれないな」
「それって……どういうことですか?」
「あれは生ける剣なのでね。剣と、それに宿る妖精と共にあることで双方の存在意義が成り立つ。互いの在り方が互いに影響し合う、文字通り一心同体というわけだ。力がどのようにして効果を発揮するのかも持ち主によって変化する。アレウスの心の有り様が、この防御の技という形で作用したのだろう」
「守り、守られる優しい皇帝になりたいという意思が形になったんですね……。守ってくれてありがとうございます、アレウス君」
レクトさんからの説明を受けてフリードはすぐさまお礼の言葉をかけ、それに影響されるように兵士達も次々と感謝を述べていく。そんなフリード達に、アレウスは微笑みながら首をふるふると横に振った。
「みなさんがすごくがんばってぼくのこと守ってくれたから、ぼくもみなさんのこと守りたかったの。みなさんのこと、助けたい、守りたいって思う気持ちはいっしょだから。敵をやっつける前に、みなさんがたおれちゃうのはダメだもん!」
「ほう。この短時間で一丁前な口をきくようになったじゃないか。しかし、我らを守ることばかりに捉われては意味がないが?」
「わかってる。だから、これをっ……」
羽が止んだ頃合いを見計らって、アレウスは地面から剣を引き抜いた。それから剣を両手で構え直し、頭上に高く掲げる。
それを合図に、私達の周囲を包み込んでいた光のドームが大きく揺らめいて、その形を崩し、光がアレウスが掲げている剣の剣身に集まっていく。やがて光を全て吸収しきって、その刃は太陽のような強く眩い輝きを蓄えた。
「みなさん、道を空けて!」
本体へ攻撃する準備が整ったのだろう。私達はアレウスの言葉にすぐさま従い、それぞれ左右にサッと下がって本体とアレウスの間に障害を無くす。そして、
「『カリバーン』────‼︎」
剣身に宿る光が大きく膨れ上がり、そこを起点として巨大な光の刃を成した。アレウスは掲げた剣を大きく振りかぶり、本体に向かって力いっぱい振り下ろす。
隔たりを無くしたといってもかなりの距離があったにもかかわらず、最初の言葉通りアレウスの剣は容易に本体へと届いた。聖なる光を集めて形成された刃に叩き潰されるようにしてガーディアン本体は一刀両断にされ、かつてない程の悲痛な叫び声を上げた。
頭に直接反響してくるような不愉快な音に、全員が揃って耳を抑えつつも肝心の本体の状態を確認するべく正面を注視する。
これなら流石のガーディアンも仕留められたんじゃないか、そう思ったものの……ガーディアンはまだそこに存在していた。ただしやはり大ダメージを負ったのは間違いないようで、飛ぶ力が弱まってさっきよりも高度が下がり、元々小型のガーディアンが融合したことで形成している身体を維持するのが難しくなったのか、全身がドロドロと崩れつつではあったけれど。
「うっそ、今ので倒し切れてないなんて……⁉︎」
「だがもう虫の息だ。あと一発でも叩き込めば!」
「魔法で仕留めよう。アレウス、後は任せて!」
「う、うん!」
消滅させるまではいかなかったけれど、瀕死寸前まで追い詰められて今は抵抗する余裕もないようだった。この隙を逃すわけにはいかない、かといってもう一度さっきの攻撃を行うために力を溜めている余裕もない。ならば私達が始末をつけようと、ガーディアンの耳障りな悲鳴に耳を塞ぎながらアレウスにそう指示を出す。
反対する声は無かった。みんなそれぞれ武器を構えて、詠唱を開始する。
「レクト様、応援が到着しました! カジノ内にいた利用客、関係者全員の避難が完了したとのことです! ここにいるのは我々と、騒動の首謀者のみです!」
その最中、一人の兵士の声が辺りに響き渡る。
これまでこの場にいない兵士達は闘技場の外にいる利用客と従業員の避難誘導を行っていたようなのだけど、それが今やっと終わって援護に駆けつけてくれたようだ。
「ご苦労。ならばこれより、首謀者の拘束を最優先で行う。これ以上、あの豚の好きにはさせん」
「はっ!」
そう命じられて、兵士は敬礼と共に返事をした。それから間もなくして、闘技場正面にある大門から応援に来たであろう兵士がぞろぞろとやってくる。
もうすぐでガーディアンにトドメも刺さる。障害が取り払われ、オーナーを遮るものも無くなる。長い戦いに、ようやく決着をつけられる。
……そう、安心してしまったのがいけなかった。
────パンッ。
「えっ────」
それは、唐突だった。他の音を押し退けて、乾いた破裂音のようなものがやけに大きく耳に届いた。
それと同時にうなじに何か突き刺さったような違和感を感じて。全身から力が抜けて、剣がポロリと手から離れて、カランと音を立てて落下して。集めていた魔力が四散し、ガクリと視線の高度が下がる。
ああ、立っていられない……それさえも、直前になるまで気付かなかった。気付けなかった。指先から冷えていくような感覚に陥り、視界が暗く染まり始める。
「……ルージュ?」
私の異常に、ルーザが察知してくれたけど、間に合わない。手を伸ばそうにも、腕が動かない。たすけてと、声が、ことばが、出てこない。からだが、いうことをきいてくれない。
────あおいめが、おどろきでみひらかれているけしきをさいごに。すべてが、ぱたりととじられた。




