第225話 目醒めしものは(1)
「剣、が……」
自分の手元から溢れていく虹色の光に、アレウス自身も気が付いたようだ。
待ち望んでいた瞬間は、あまりにも静かに訪れた。純白の刃を包み込むその光は鍔から柄へと広がって、柄を通じてアレウスの身体まで行き渡っていく。握り締めた剣ごと全身が光に包まれ……やがて吸い込まれるようにして輝きが収まった。けれど、力は全く失われていないことを未だ眩く煌めいている刃が確かに物語っていた。
それは、自分の進むべき道をはっきりと定められたアレウスに、剣が応えてくれた何よりの証だった。アレウスがおもむろに剣を構えると、今まで内に秘めるばかりだった力をようやく解放できることを歓喜するかのように刃がキラリと一瞬強く輝いた。
「んん? なんだぁ、今の光はぁ……。いや、待てよ。あの剣、どこかで……」
剣から溢れ出る光は離れた場所にいるオーナーの目にも入ったようだ。封じられていた剣の力が解き放たれたことで、その力に押されてフードにかけられている認識阻害の魔法の効果が薄まってきているらしい。その光の出処である皇帝の証である剣を目にして、オーナーも何かに気付きかけている。
でも、もうここまで来たら身分を隠すのも今更だ。自分が理想とする皇帝への一歩を大きく踏み出した今のアレウスには、もうコソコソ隠れる必要なんて無いだろう。
「……この光、あったかい。お父さんにがんばれって、ぎゅってしてもらった時みたい。お父さんが使ってた時はもっとピカピカッて、まぶしかったけど」
「君にはそれが丁度いいだろう。敵を退ける点に特化していたユリウス様と比べて確かに生温くはあるが、配下に寄り添うものであるならば目に痛くない程度に収まるべきだ」
「うん、ぼくにはそっちの方がいい。お父さんみたいに強くなりたいって気持ちは変わんないけど、ぼくはぼくだから。そうだよね?」
レクトさんの言葉にうなずきながら、アレウスはフリードにそう問いかけた。自分以外の何者にもなれない……その言葉をちゃんと受け入れて、理解しようとしていることに、フリードは微笑んで見せる。
「道案内、必要ですか?」
そんなアレウスに、さっきと同じく手を差し伸べながらそう尋ねるフリード。今までのように、氷の足場でガーディアン本体の前まで先導するべきかと。
けれど、アレウスは大丈夫だと言葉にする代わりに首を横に振った。
「たぶん、ここからでも届くと思う。できるって、やり方も教えるって、剣が言ってる。ぼくだけが前に飛び出ちゃダメだってこと、剣もわかってくれてるみたい」
そこまで言ってから、「でも」とアレウスは続ける。
「今のままだと、あのおっきいのに届く前に小さいのにジャマされちゃう。あと、今のぼくだとしばらく集中して力ためなきゃダメだって。だから、小さいのを先にやっつけてほしいのと、ぼくが集中している間、周りを守ってほしいの。お願い、していい?」
「もちろんよ! 断る理由なんて無いわ!」
「おう。準備が整うまでキッチリ守るから、渾身の一撃叩き込んでくれな!」
アレウスの頼みに、みんなはもちろん迷う素振りを見せることなくうなずいた。
ようやくアレウスも自分の理想とする姿を定められたんだ。それを掴むべく覚悟を決めて、大きな一歩を踏み出したその背中を支えない理由なんて無い。もちろんそれは私達だけでなく、配下であるオンラードさんや兵士達も。この危機を乗り越えるために、この場にいる全員の心は一致していた。
アレウスがみんななら自分を守ってくれると信頼しているように、今のアレウスならガーディアンを倒せると信じている。その事実が改めて証明されたことに、アレウスも笑みを見せる。剣の光に負けないくらいの、屈託のない眩しい笑顔を。
「みなさん、ありがとう。ぼく、絶対にあのおっきいのやっつけるから……!」
「……まったく、これだからお子様は。そんな甘っちょろい言葉で我らの士気が上がるとでも思うのか。上に立つならば虚勢であろうとも配下を鼓舞する言葉をかけろと、今まで散々教えてきただろうに」
「あっ! え、えっと……」
それでは気合いが入らないとレクトさんから苦言を呈されて、それもそうだと言わんばかりにアレウスはハッとする。
それから少し考えて……その途中でふと思い付いたように今まで被っていたままだったフードに手を掛け、カバリと勢いよくそれを取り払った。
「ああっ⁉︎ き、貴様はぁ……!」
露わになったアレウスの顔を見て、オーナーは指を指しながら狼狽える。流石のオーナーでも、この国を統べる者の顔は知っていたようだ。この取り締まりに皇帝自ら乗り出していたことにやっと気が付いて、動揺を隠せない様子だ。
そんなオーナーに構わず、決意に満ちた表情でキッと鋭く睨みつけながらアレウスは口を開く。
「────我こそは、アレウス。アルマドゥラ帝国皇帝、アレウス。偉大なる前代皇帝・ユリウスの息子にして、帝国を護る聖剣を受け継ぎし者なり」
静かに、それでもよく通る声でアレウスは名乗る。バルコニーに居座るカジノの傲慢な独裁者に。目の前にいる帝国を、世界を脅かす敵に向けて、突きつけるように。
「帝国の平和を脅かす不届者よ、これ以上の狼藉は断固として許さない。民を弄んだその罪、その身を持って償ってもらう」
オーナーに、ガーディアンに剣の切先を向けながらアレウスは言葉を紡いでいく。いつか来たる日のために、レクトさんに仕込まれたであろう言葉遣いを意識しながら、力強く。
「この剣と、帝国の誇りにかけて我らが必ずや成敗してくれる。皆の者────我に続けッ‼︎」
「おおーーーっ‼︎」
真っ直ぐ突っ込んできた分身を斬り伏せながら行われた宣言に、オンラードさんと兵士達も氷の武器を掲げて応える。私達もそれに続いて武器を構え直した。
アレウスはそのまま一歩下がって、剣を両手で握り締めながら祈るように目を閉じる。恐らくさっき言っていた、ガーディアン本体への攻撃のために力を溜め始めたのだろう。集中しなければ行えないらしいそれは、かすり傷一つでも受ければ途切れてしまうに違いない。アレウスの準備が整うまで、私達が壁になってしっかり守らないと……!
「雑魚どもは武器で応戦せよ。折られた際は後方の者と入れ替わり、フユキ殿から代わりを受け取り次に備えろ。デカブツの羽は武器を投擲するか魔法で対応するんだ」
「了解しました!」
「……しかし、それが同時に来るのと、数で押し切られた時は流石にキツいな。攻撃が広範囲に及んだり補充が追いつかなかったりした場合は……」
「大丈夫です。考えは、防ぐ手はあります」
「ならば任せましょう、ルジェリア王女」
兵士に指示を出している最中、私に向かって思わせぶりに目配せしてきたレクトさん。そこに「対抗策はないか」という意図を読み取ったことでそう返せば、どうやらその返事は望み通りのものだったようでレクトさんも口角を持ち上げて不敵に笑って見せる。
帝国の名参謀だとも称されるレクトさんから頼られるのは少し緊張してしまうけれど、今までの立ち回りからそれだけの信頼を得られたのだという嬉しさもあった。
次のアレウスの攻撃でガーディアンを必ず仕留める。そして、オーナーを絶対に捕まえる。気合いを入れ直し、私は目の前に迫ってきていた分身を剣で叩き落とした。




