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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第16章 追い求めた果てに─ Spirit Collapse ─
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第224話 追い求めた果てに(3)

 

「始めは然程苦戦する敵ではなかったんだ。ユリウス様の強さは本物であった。賊は数こそ多かったが、ユリウス様お一人で九割ほど剣で斬り伏せられたのでね。我らも、誰一人として我らの勝利を疑わなかった。……その時まではね」


「……」


「問題は、その残りの一割だった。奴らは突如、我々の前から背を向けて走り出した。そのまま逃げ出したかと思いきや、岩陰に身を潜めて弓矢で我らを狙った。その矢に、先の呪毒が仕込んであった」


 その残った賊達は、矢を容赦なく次々と撃ち込んできたらしい。隙間なく、間隔も空けずに放たれていくそれはもう雨のようだったと。

 けれど、流石はレクトさんがあれほどまでに強いと讃える前代皇帝と言うべきか。そんな大量の毒矢を、剣一本でほとんど切り落としてしまったらしい。たった一人で、レクトさんを始めとする配下達を背に庇いつつ、毒矢に立ち向かっていたようで。逃げろ、ここは自分が切り拓くと命じる前代皇帝に、配下達が自分達だけ逃げられるわけがない、陛下こそ逃げるべきだと訴える、そんな応酬がありながら。


「それでもユリウス様は一歩も退かれなかった。ユリウス様は帝国の敵を斬る剣であって、その鎧と盾になるべきは我々だったというのに、ユリウス様はその全てをお一人で背負われた」


「お父さんが……全部」


「常であれば勇ましいと讃えるべきことだが、その時は状況は真逆だった。我らが強引にでも腕を引いて連れ帰るべきだったのに、できなかった。ユリウス様は自分が後方に下がることで我らが傷付き、倒れることを酷く恐れているのと同時に、皇帝である自分が果たすべしという強迫観念のようなものに縛られているように思えた」


 けれどいくら前代皇帝が強くとも、一人で凌ぎきるのにはやはり限界があった。休む間もなく、さらには広範囲に撃たれる矢を剣一本で全てを防ぐことはできなかった。盾を持つ兵士達全員で前に出て壁になれば前代皇帝を逃す程度の隙を作ることもできただろうに、前代皇帝は断固としてそれを許さなかったとのこと。

 やがて、防げなかった一本の矢が兵士の目の前に迫った時────前代皇帝は身を(てい)して兵士を庇ったらしい。その代償として、左腕に矢尻がかすめてしまうという結果をもたらして。


「その後はもうヤケだったのだろう。剣の力を解放し、ユリウス様は賊が身を潜める岩ごと奴らを叩き斬った。後には塵一つ残らなかったさ。完膚なきまでに、賊には天誅が下された」


「……」


「呪術が込められたもの故か知らないが、身体に毒が回る速度は遅かったようでね。ユリウス様は自分の足で宮殿に戻られた。しかし、その場で処置をするべきだったのだ。かすめただけだとしても、元々は瞬く間に命を奪う毒だ。呪いが動き出す前に、身体から切り離すべきだった」


「……っ!」


 ……身体から切り離す。それが比喩ではなく文字通りの意味だということはアレウスも、私達もすぐにわかって息を呑んだ。今になって、残酷な手段でしか対処法がない呪毒の恐ろしさを、そんなものを持ち込んでまで帝国を打ち倒そうとする賊の執念深さを、私達はようやく思い知る。

 前例のないこともあって、解呪は無理だったのだろう。いずれできていたにしても、その時に至るまでにはもうとっくに手遅れになっていたに違いない。決着がついたその瞬間に全てを終わらせる必要があったのに、前代皇帝はそれをしなかった……。


「時間がそこまで経っていない状況なら、まだ間に合うかもしれない。倦怠感(けんたいかん)に苛まれる日々と一生付き合っていくことになるとしても、御命までは奪われずに済むかもしれない。宮殿に戻ってから我らはそう何度もユリウス様を説得したが、聞く耳を持たれなかったよ。何故だと、何回も問いただした。呪いに蝕まれ、御身体を起こせなくなってからようやくその理由を聞けた。果たしてそれはなんだったのか……君にはわかるかな?」


「え。わ、わかんない。わから、ないよ。どうしてっ」


「その答えは────君だよ。アレウス」


 ……告げられた言葉に理解が追いつかず、アレウスは口を開けたまま硬直する。さっきまで膜を張ったままだった涙も、すっかり引っ込んでしまって。

 自分が、アレウスが理由というのはどういう意味なのか。真実を知る者以外、この場にいる誰もがそう思った時、レクトさんはすかさず話を続けた。


「自分の息子に、アレウスに自分の情けない姿を見せたくなかったのだと。己の失態で自分が傷付いた姿を見て、息子に悲しい顔をしてほしくない。そしてまた、自分も息子のそんな顔を見たくないからだと、白状された」


「そんなのっ、いなくなっちゃったら! なんにも、なんにも意味ないのに……!」


「ああ、私もそう申したよ。が、自分の選択が正しいとは思ってはいないが、後悔はしていない。その後にそう断言されたよ。この時初めて、私はあの方を馬鹿だと思った。ああ、大馬鹿者だ。ご自分が見ずとも、近い未来アレウスにそのような顔をさせてしまうのは、その時にはもう確定されてしまっていたというのに」


 今まで知り得なかった、偉大だと思っていた前代皇帝……自分の父親の弱さを知って、アレウスはすっかり言葉を失っていた。


 毒矢から兵士を守った時点で、皇帝の在り方としては正しいと言えるものではなかっただろう。主従とは確かにお互いが支え合う関係ではあるけれど、命の危機が迫った時はトップが何よりも生き延びることを優先しなければならない。それがどんなに無様で、みっともなくとも。皇帝が倒れることになれば、守られた兵士だって溢れ出る疑問に頭を抱え、深い後悔に苛まれていた筈だ。

 自分を支援してくれている兵士のために、残されている一般市民のために、そしてなにより国のために。命を第一に考えて、プライドなんて二の次だというのに。前代皇帝は息子に、アレウスに、自分の万全ではない姿を見せたくないがために、決別という選択をしなかったなんて。


「私はそこでやっとユリウス様の『強さ』を疑った。戦う力はあったさ。それはもう確認するまでもなくね。けれど、肝心な時に仲間を頼らず、全てお一人で抱え込んで終わりを待つことを受け入れてしまうのは、本当に『強い』と言えるのだろうか、と。残された我らには疑問と悲しみしか残らないのにね」


「……っ」


「助けてほしいと、たった一言あればよかった。片腕が無くとも、皇帝であることは変わらないんだ。欠けた部分は、手が届かなくなった箇所は、我らがいくらでも支える所存だった。何故差し伸べた手を取ってくださらなかったのか……今でもその疑念と後悔は(くさび)となって我らの心に突き刺さったままだ」


 大きなため息と共に吐き出された、より一層重みが増した声色で紡がれたその言葉で話が一旦途切れる。

 強いと信じて疑わなかった自分の父親を襲った悲運と、自分には見せようとしなかった弱さ。立派で誰もが偉大だと讃える前代皇帝の姿勢が招いた最期は、とても褒められるものではなくて。なら自分はどんな道を歩いていけばいいのか、明確な答えがまだはっきりわからずにアレウスはうつむいた。

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