第23話 交錯する世界(1)
「あ、あなたは……誰、ですか?」
……数秒の沈黙の後、先に口を開いたのは相手が先だった。震える声で、明らかに戸惑っている様子でその女精霊はそう尋ねてきた。
……オレは改めてその精霊の姿を見据える。外見はオレとあまり歳が離れていないような少女のようだった。薄い桃色がかった長い髪を持ち、その大きな瞳はルビーのような紅い色をしていて。そしてその身には所々金で装飾された白いドレスを纏っていた。
……どことなく、ルージュに似ている。それがその精霊の第一印象だった。ルージュは妖精で目の前の女は精霊と種族は違うのだが、雰囲気に既視感を覚えた。
「オレは……見ての通り、妖精だ」
「は、はい……。えと、お名前を教えてもらえませんか?」
「……ルーザ」
そいつが何者かがまだ警戒していたオレは、とりあえず呼び名を名乗った。初対面で、しかも他には誰もいないこの場所でたった一人いるのも少し怪しく思えたから。
だがその精霊はそんなことは気にせず、恐る恐る口を開いた。
「私は……ライヤというんです。えと、よろしくお願いします、でしょうか」
「……ああ。お前は、前からここにいたのか?」
「そうですね……。はい、割と前から」
ライヤと名乗った精霊は、少し戸惑いつつもオレに微笑みかけてくれた。
ライヤは前からここにいるのなら丁度良かった。ここが何の世界かだけは聞けるはずだ。
「この世界は何なんだ? どう思っても現実じゃなさそうなんだが」
「ここは『夢の世界』です。確かに主要世界である光の世界と影の世界とは異なってますが」
「は? これが『夢』?」
別にそんな世界があったことには驚かない。前に影の世界へ帰るために手当たり次第に異世界のことについて調べていた時に、夢で行ける世界も存在すると本に記載があったからだ。
驚いた理由はこの殺風景な風景だ。『夢』名に相応しいような、先入観からもっとこう……ふわふわしたような場所を想像していたんだが。
「数年前まではこうじゃなかったんです。もっと豊かで、夢の名の通り多くの妖精や精霊達の理想が溢れたそれは素敵な世界だったんです」
「そう、か」
ライヤが言うにはつい最近からその理想像や自然が失われ、今の状態になってしまったとのことだ。
……その説明でようやくこの殺風景の原因がわかった。オレの単なる予想だが、おそらくこれも『滅び』の影響だと思う。ただ、ライヤがそのことを知っているとは限らないし……出会ったばかりの、関係のないやつを巻き込みたくはない。そんな気持ちもあり、オレは口から出かかった言葉を飲み込んだ。
だが、気になることはまだあった。
「お前、ここでずっと一人でいたのか?」
「……はい。訳あって、私はこの世界から出られないんです。私はここに、夢を通じて来ているのではなくて直接ここに住んでいるんです」
……こんな何もない場所で、たった一人でか?
オレは辺りを見回す。何もない、あったとしても草木がちらちら生えている程度のこの地はたった一人で留まる環境には過酷すぎる。
そんな中でずっと留まるなんて……数日ならまだ耐えられても、年単位となれば生き地獄だ。
「寂しくないのか? こんな場所で」
「それは……寂しいです。でも、私は待っているんです。ある精霊を……。だから私は一人でも待ち続けられたんです」
ライヤはそう言って微笑んだ。
ここに来る前に、その精霊とこの夢の世界で絶対に会うと約束を交わしたらしい。その約束があるから、ずっと待っていたんだと。
「その精霊は約束は絶対に守る人です。絶対に来てくれるって……信じているんです」
「ふん……そうか」
事情は色々あるようだが、出会ったばかりのやつに根掘り葉掘り聞くのは失礼だ。それ以上、このことを聞くのは止めることにした。
「でも、やっぱり二人だといいですね。こうして相手とお話ししたのは久しぶりです」
「ま、オレがきたのはたまたまだがな」
「ルーザさんは、夢を通じてここに来たんですよね。だとしたら、『悪夢』が反応しそうですが……」
「『悪夢』?」
「ここの世界にいる、魔物のようなものです。ですが『悪夢』達は妖精や精霊に悪夢を見せて世界のエネルギーの調整を図ったり、こうして夢を通じて迷い込んでしまった者達を送り返す役目を請け負っているんです」
「は? おい、まさかそれって……」
オレには覚えがあった。ライヤを見つける前にその『悪夢』らしき影とついさっき戦っていた。
オレを現実に送り返すために近づいて来たんなら、飛びかかって来た理由も説明がつく。
「オレ……その『悪夢』、倒しちまったんだが……」
「ええ⁉︎ あの『悪夢』をどうやって?」
「普通に魔法で吹っ飛ばしたんだ。まさかそんな役割があるとは思わずな……」
自分の役目を果たすためにオレに近づいただけで悪意は一切なかったというのに、オレはそれを容赦なくぶっ飛ばしてしまったという訳か。あの『悪夢』達には悪いことをしたな。今更だが……。
だが戻り方もわかった。そいつらに接触すれば現実に帰ることだって出来るはずだ。
「この辺りには悪夢は見当たりませんね。出て来るまで待つしかなさそうです」
「チッ、明日は寝坊確定だな……」
「あはは……。じゃあそれまで……おしゃべり、しませんか?」
「……ああ」
特にやることもないからライヤの意見に乗った。
それから二人で時間を潰すために他愛もない話をした。今まで自分がしていたこと、普段は何をしているのかということ、そして……悩んでいることを。




