第224話 追い求めた果てに(1)
「ぎむとしてとらえてる、って……?」
氷を用いてでの移動を継続しながらフリードから告げられた言葉を、呆然としながら復唱するアレウス。突然のことに理解が追いつかないのと、言葉の意味がわからないために首を傾げながら。
「ずっと考えていました。アレウス君が剣と力を繋げるのに何が足りていないのかと。民や帝国を背負い、守る気持ちなのか、それとも身体的なものなのか……その2つは可能性としては低いように思えました」
「ど、どうして? どっちも足りないからダメなんじゃ」
「いいえ。アレウス君がこの危機から民を守ろうとする心は確かなものですし、今も勇気を振り絞って強大な敵に立ち向かう覚悟を決めています。身体の方も成長途中ではありますが、妖精という種族はそもそも、宿るものの力を存分に引き出すための存在です。もちろん、成長するにつれて能力も強まっていきますが、幼くても自分が何を護るのかはっきり理解して力を行使できるものですから」
「だったら、やっぱりまだできないのはぼくが未熟だから……」
「僕はそうは思えません。アレウス君のお父上が生前継承しようとしていたのは剣との力の繋ぎ方、その方法です。剣そのものは皇位と同時に譲り渡すにしても、やり方だけでも先に伝えようとしていたのはそのための力が既にアレウス君にはあるからだったんじゃないでしょうか」
今は攻撃に集中できそうにないと判断したのだろう。フリードは氷のレールを下へと伸ばしていき、それに乗って分身をかわし、そのままアレウスと共に地上に降り立つ。私達の元へと戻ってきたフリードは「しばらくガーディアンの相手をお願いします」と頼んできて、私達は迷うことなくうなずいた。
きっと、今までアレウスの言動を受けて、言っておきたいことがあるんだろう。今まで繋いでいた手を放し、向かい合う体勢となった2人を背に庇いながら向かってくる分身の迎撃に集中する。
「アレウス君は剣と力を繋ぐことが立派な皇帝になるための条件だと思っているんですよね? それは、あの剣が皇帝である何よりの証だから。あの剣を使いこなして帝国の危機を救うべきだから」
「そうだけど……」
「話が変わってしまいますが、こういう場合はどうでしょう。どこかの国の王様が民の暮らしぶりを自分の目で直接確認するために、今のアレウス君のように王冠を取って変装していて……その最中に、街中に魔物が迷い込んで住民達に襲いかかってきたとします」
「う、うん」
「そこで王様は民を守るために安全な場所へ向かうよう促し、後から駆け付けた兵士達を二手に分かれさせ、一方には魔物退治を、もう一方には民の誘導と安全確保を命じました。民の混乱を招かないよう自分は変装したままで。……ここまで、王様自身は一切戦っていません。アレウス君は、この王様が立派な王様じゃないと思いますか?」
「そんなことない! だって戦ってなくても王様、ちゃんとみんなのこと守ろうとしてる。自分のやるべきこと、しっかり果たしてる!」
「そうですね。それで、気が付きましたか?」
「え、なにを?」
「命令まではしていませんけどね。これ、さっきアレウス君がしていたことそのままなんですよ?」
フリードのその言葉に、アレウスはハッと息を呑んだ。ただの例え話だと思っていただけに、衝撃も余計に大きくなっているようだ。
剣に宿る妖精という身であるために、アレウスは無意識の内に自分が常に前線で戦うべきだという考えに囚われていたのだろう。自分の父親がそうだったのなら尚更。だからこそ、早く剣と力を繋げられるようにならなくてはと焦っていたのかもしれない。でも、戦って敵を退けることだけが王様の、皇帝の役目じゃない。フリードはそう言っているのだろう。
「クリスタ女王もそうでした。つい先日、ちょっとした騒動があってその場にいた僕達も巻き込まれたんですが、クリスタ女王は素早く危険を察知し、まず護衛につかせていた衛兵に民の避難誘導をするよう指示していました。自らが武器を取ることはしてなくても、そんなクリスタ女王の的確な動きに多くの方が助けられ、感謝していたと思います」
「そう、なんだ」
「昨日、ニニアンさんが言っていたように戦う力だけが強さじゃないんです。アレウス君は自分が目標とする理想像が、お父上だったことで求める強さが力になったんでしょうけど……」
フリードはそこで、一度言葉を切った。そして、真剣な表情でアレウスを真っ直ぐ見据える。
たちまち2人を包み込む、さっきまでとは打って変わってピリッとした緊張感が漂う空気。そんなただならぬ様子に、アレウスはゴクリと喉を鳴らす。
「敢えて、厳しいことを言います。……アレウス君はお父上のようにはなれません。これからいくら成長しようとも、絶対に」
「え────」
突然告げられた残酷とも言える言葉に、アレウスは絶句する。
「ど、どうして! なんでっ」
当然、アレウスは納得できずに戸惑いと怒りのままに疑問をぶつける。フリードらしからぬその物言いに、余所見している場合じゃないとわかっているのに、思わず私達も振り向いてフリードの顔を凝視してしまう。
「かんたんじゃないって、わかってるよ! でもそうなりたいって思ってがんばってるのに!」
「……」
「ぼくが、弱いから? 才能無いから? だから、なんとかしなきゃいけないって、努力してるんだよ⁉︎ フリードさんだって、ムダにはならないって言ってたじゃないか!」
抑えきれない感情が込み上げてきて、反抗の言葉は嗚咽で所々詰まり。その黄金色の瞳は涙の膜がうっすら張っていて、今にも零れ落ちそうになっている。
その間、フリードは何も言わなかった。感情が読み取れない表情で、じっとアレウスを見下ろすのみ。そんなフリードの態度に、アレウスも流石に我慢ならなくなってさらに当たり散らす。
「目標にしちゃ、いけないの? 難しくても手をのばすこともダメなの? 全部はムリでも、少しでも、もしかしたらって、思うのもいけないって言うの……⁉︎ 夢ばっかりじゃなくて現実を見ろ、なんてふだんからレクトからしょっちゅう言われてるよ! ぼくだって、まだまだやらなきゃいけないこといっぱいあるって、よくわかってる。なのに!」
「……」
「なんで、全部やるまえに絶対なんて言うの……? なんで、なんでぇ……!」
我慢の限界に達し、感情の波が一気に押し寄せたことで目から雫がポロポロと流れ始める。希望を打ち砕かれたのみならず、否定の言葉の一つもかけてくれないことに、真っ赤に染まった顔を酷く歪めながら。
そんなアレウスに、フリードはようやくゆっくりと口を開いた。




