第223話 導きの剣(5)
迫り来る分身を出現させた氷の足場で上手くかわしながら、攻撃のチャンスを窺うフリードとアレウス。分身の密度の高さは相変わらずだけど、2人は間を縫うようにしてひらりひらりと攻撃を避けていく。さらに、敵が多いことを逆手にとって分身が突っ込んできた瞬間に別の分身の後ろに回り込んで同士討ちを起こすなどして、攻撃はできないながらもフリードは上手く立ち回っていた。
最初はこの常識外れな移動方法に戸惑い、苦戦していたアレウスだったけれど、何回か繰り返す内にバランスの取り方などコツが掴めてきたようで、だんだんフリードと歩調を合わせられるようになってきていた。徐々に高度を上げながら本体との距離を詰めていく2人に、そうはさせまいとばかりに大量の分身が向かってくる。
「邪魔はさせないわよ! 『ムーンライト』!」
「『千氷針』!」
「『ランス・ルミナスレイ』!」
だけど、私達だってそれを黙ったまま見過ごすわけがない。すかさずカーミラさんが光線で、フユキがつららで、私が光の手槍を放って2人に迫っていた分身を撃ち落とす。それに続いて、他のみんなも魔法を放って次々に分身を撃退していく。
この攻撃によって、本体の周りに密集していた分身が一気に消え去った。これを受けて本体はすぐさま補充しようと翼を激しく羽ばたかせて、結晶の羽での攻撃がピタリと止んだ。
「フリード、今!」
「はい!」
この隙を逃すまいと、フリードは一際大きな氷を生み出してアレウスと共に駆け出し、本体へと真っ直ぐ突っ込んでいく。そうして本体の懐に辿り着くとフリードはアレウスと顔を見合わせてからうなずき、腕を引いてからその身体を抱えて持ち上げると、
「いっ、けぇっ!」
力いっぱいアレウスを上へと放り投げる。空中へと投げ出されたアレウスは羽でバランスを取るとそのままガーディアンの頭上まで飛んでいき、すぐさま剣を思い切り振りかぶって。
「や────‼︎」
叫ぶような声と共に、アレウスはガーディアンの脳天目掛けて剣を振り下ろす。
分身を生み出している最中で、しかもあっという間に自分の頭上まで飛び上がったために流石のガーディアンも対応が追いつかず、この攻撃は避けられなかったようだ。『滅び』の大本である結晶すらも跳ね返す聖なる刃はガーディアンの身体をいとも簡単に引き裂き、大ダメージを負ったガーディアンは大きな悲鳴を上げた。
「な、なっ! こんな、たった一撃で……⁉︎」
「や、やった! みなさん、上手くいったよ!」
「うんうん、ホントすごいよ! いきなりだったのに、一発目で成功させちゃうなんて」
「とにかく、悶えてる今がチャンスなんだ。ここで追撃かけないわけにはいかないよなぁ?」
「言われるまでも無い。少年達に任せきりでは大精霊の名折れだ、ここでさらに追い詰めてくれよう!」
攻撃を当ててからフリードに受け止めてもらったアレウスは、その腕の中で喜びを露わにしている。
今のでオーナーもかなり動揺しているようだ。2人がこうして良い流れを作ってくれたんだ。オスクの言う通り私達もそれに続こうと、まだ体勢を立て直しきれずにいるガーディアンに向かって、全員で魔法を撃ち込んで体力をさらに削っていった。この間にフリードとアレウスは氷の足場を駆使して再び上へと登っていき、次の攻撃の準備に移る。
「う、ぐぐ。たかが一度成功した程度で調子にのるなぁ……! 貴様らを倒す手段はまだあるんだ!」
劣勢になりかけてもへこたれないのは向こうも同じだった。まだ負けてないとばかりに、オーナーはそう喚きながら足元に転がっていた結晶を腕に抱え込んで、それをガーディアンに向かって突き出す。
そこから放たれている禍々しい力をガーディアンが吸収したのだろうか……今までアレウスの攻撃にのたうち回っていたというのにあっという間にそれがピタリと止まり、けたたましく鳴いたかと思えば次の瞬間にはまたしても大量の分身を生み出していた。
さっきの攻撃でアレウスが一番自分達の脅威になると判断したのだろう。分身は地上にいる私達には目もくれず、生み出されてすぐに上を目指して急上昇していった。氷の足場での移動を繰り返し、天井付近にまで到達していた2人を瞬く間にその周囲を取り囲んで。
「げっ、あんな高いとこ魔法でも届かねぇよ!」
「フリード……!」
敵も学習したのか、攻撃が効いて焦ったのか。余程手を出させたくないらしい、援護しようにも分身はイアの言葉通り魔法でも攻撃が届きそうにないくらいの高度に移動していた。
ドラクが悲鳴のような声を上げるけれど、間に合わない。2人の力ではとても裁ききれそうにない、おびただしい数の分身が2人に狙いを定めて迫ってきている。
「ど、どうしよう、フリードさん。このままじゃ……!」
「……倒せそうにないのなら、ここは無視するしかありません。このまま突っ切ります」
「えっ⁉︎」
敵との距離がじわじわと縮まっていく中で、フリードが口にしたまさかの方法にアレウスは絶句する。強引なやり方で大丈夫なのかという不安と、そんな手段があるのかという疑問が隠しきれずに。
「敵の間を縫います。アレウス君はバランスを崩さないことだけを考えてください」
「う、うん……」
振り向きながらアレウスにそう告げるフリードの表情は真剣そのものだった。その気迫に押されて、アレウスは心配そうに表情を歪めつつもうなずいた。この場を切り抜けるため、フリードには何か考えがあるんだと……そう信じて。
「『ダイヤモンド・グレイス』!」
再び槍を振るって冷気を放つフリード。けれど今回作り出されたのは板状の足場ではなく、細く長いレールのような氷だった。それを分身の隙間を縫って、群れの外側まで伸ばしていく。
「足場に乗ったら思いっきり後ろを蹴り上げて、そのまま滑ってください!」
「は、はい!」
言われるがままにうなずいて、それでも意を決したように表情が同じく真剣なものに塗り変わって。真っ先に2人に突っ込んできた分身を今いる足場を大きく踏み込んで大きく飛び上がることで避けつつ、氷のレールに飛び移る。そして……2人は打ち合わせ通りレールを後ろに強く蹴ってそのままレールの上を滑っていく。
蹴ったことで勢いがつき、そこへさらに羽で風を切ることで空気の抵抗が無くなり、滑らかな氷の上に乗った2人はどんどん加速していく。やがてそのスピードは分身の飛行速度をも上回り、分身の攻撃を鮮やかに掻い潜っていった。
「な、なんだとっ⁉︎」
「わ、わわっ、敵が追いつけないくらい速いよ! すごいや、フリードさん。こんな方法で切り抜けちゃうなんて……!」
「動ける内なら、まだできることがありますから」
顔を輝かせるアレウスに、フリードも笑顔でそう返す。
「もう駄目かもと思っても、周りを見渡せば抜け道がある……そうして何度も危機を乗り越えてきた方を、僕も近くで見ていたのでそれに倣っただけです。さっきもそうですが、その振り絞って出された知恵にいつも助けられてきました」
そうして、下にいる私に微笑んで見せるフリード。私もそれに釣られてうなずいた。
咄嗟に思い付いた無茶苦茶な作戦に当然ながら最初は不安そうにしていたけれど、思い切って踏み出してくれたことがフリードの自信にも繋がったようだ。アレウスを鼓舞しつつ、腕を引いて先導する今のその姿に頼もしさも感じられるほどだ。
「このまま本体の正面まで突っ込みますよ!」
「うん!」
今度はアレウスも迷うことなくうなずいた。2人は氷のレールで分身を翻弄し、突き放しながら本体との間合いをどんどん詰めていく。
私達も負けていられない。全ては無理だとしてもせめて手が届く範囲まではと、射程圏内にいる分身を撃ち落として2人を援護する。そしてとうとう本体の頭上へと辿り着き、間を置かずに2人でレールを蹴って空中へと飛び出し。
「はああっ‼︎」
「『ヘイルザッシュ』!」
アレウスが全力の斬撃を繰り出し、追い打ちとばかりにフリードが本体の腹部に何本ものつららを放つ。聖なる刃に大きく切り裂かれ、つららに貫かれたガーディアンはガクリと大きく体勢を崩した。
「く、くそおっ……こんな筈ではっ……! あの小娘だ、あの小娘さえいなければ今頃こんなことにぃっ……!」
明らかに劣勢に傾いてきている事実に、オーナーはこの状況を作り出したきっかけである私を指差しながらやかましく喚き散らし、ドスドスと荒々しく地団駄を踏んでいる。これまで多くの利用客から大金を巻き上げるばかりか、思い通りにならないと結晶の力でいいように操るなど散々好き勝手してきたんだ。当然の報いだと、私も負けじとオーナーを鋭く睨み返す。
今のでかなり体力を削れた筈だけど……ガーディアンはまだ消滅する気配はない。今の攻撃だけでは決定打に欠けるんだ。あともう一歩、深手を負わせられるにはまだ届いていない。
「ふむ、少しは期待したが……やはり未熟な身。今のアレウスが背負うには重すぎたか」
「……っ」
あくまで冷静にそう切り捨てるレクトさん。その言葉は離れた場所にいるアレウスの耳にも届いたらしい、攻撃が当たったことに喜んでいたのが一変、悔しさに満ちたものに塗り替わる。良い線はいっていたと思うのだけど……これだけでは足りないことを、今の自分では託しきれないと言い切られてしまったことを目の前に突きつけられてアレウスは俯いてしまう。
「やっぱり、ぼくが剣と力をつなげられてないから……」
自分では駄目なのかと、やっと掴みかけていた自信がまたしてもその手から離れてしまってきている。そんなアレウスを腕を引いて先導し続けているフリードはじっと見下ろし、
「────アレウス君。アレウス君はもしかして……剣と力を繋げることを、義務として捉えてしまっていませんか?」
ふと、そう零した。




