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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第16章 追い求めた果てに─ Spirit Collapse ─
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第223話 導きの剣(4)

 

 作戦を思い付いてから、私はすぐさま行動を開始した。時間は有限だ、一分一秒でも惜しい。まずはこの作戦が実行できるかどうかの確認を取る必要がある。

 この作戦の要となる、フリードに対して。


「ねえ、フリード。お願いがあるんだけど」


「えっ。な、なんですか?」


 急に話しかけられたことに、戸惑うフリード。私はそれに構わず、歩み寄ってこそっと耳打ちする。


「……え、ええっ⁉︎ そ、そんな方法で、ですか?」


「どう、やれそう?」


「え、えっと……」


「できる? できない?」


「で、でき……ます。試したことはないですけど、ルージュさんの言う環境さえ整えられれば、恐らくは」


 自信が無さそうにうつむくフリードに対して二択に絞って答えをせがめば、ゆっくりと……それでもはっきりとフリードはうなずいてくれた。やれると、少しでも可能性があるのなら試してみると、意志を示してくれた。

 やったことのない、それも普通ではあり得ない魔法の使い方をさせることに申し訳なさもあるけれど、『滅び』を打ち倒すためならやれることならなんでもやってみたい。そんなフリードに「ありがとう」とお礼を言いつつ、私は次の行動に移る。


「ニニアンさん。頼みたいことがあるんです」


「は、はい。なんでしょう?」


「この空間の湿度を高めてほしいんです。地上は私達の魔法でもなんとかなりますけど、高い場所までは届かないので。ニニアンさんの力で天井付近の空気中の水分量を増やしてくれませんか?」


「し、湿度をですか? どうして」


「作戦に必要なんです。アレウスの剣を敵に届かせるために、どうかお願いします」


「わ、わかりました。意図まではわかりませんけど、『滅び』を退けるためなんですよね。私にできることならなんでもします!」


 私の奇妙な頼み事にニニアンさんは不思議そうに首を傾げるものの、それも一瞬。それに何の意味があるのか疑問に思いながらも、それが突破口に繋がるのならと快くうなずいてくれた。

 それからすぐにニニアンさんは飛び上がり、迫る分身をかわし、撃ち落としながら天井近くへと昇っていった。そして分身から身を守るために全身を水の球で覆い、その中で槍を掲げる。すると槍から青い光が放たれ、周囲を涼しげに照らし、包み込む。

 これでもう間も無く天井付近の空気は潤っていくことだろう。さて次は……


「フユキ、大きな氷の塊を作ってくれる? とにかく大きいものを一つ、地面に向かって!」


「了解。あなたがそう言うからには何か意味があるんだろうね。では、とびきりでかいの作るんで、ちょっと場所空けてもらえますかね」


 唐突な指示にもかかわらず、フユキは特に疑問に思うこともなくすぐに承諾してくれた。その言葉と共にフユキは腕を開くような仕草をして見せ、私達はそれに従って後ろに下がりスペースを作る。その直後にフユキは一歩大きく踏み込んで、


「『銀晶ノ風』!」


 それによって生み出された凄まじい冷気が風を成して地面を伝い、空けた場所へと目掛けて集まっていく。程なくして一点に収束していった冷気はあっという間に結晶となり、見上げるほど巨大な氷の塊を作り上げた。

 よし、材料は出揃った。あとはこれを使って……!


「イア、ヘリオスさん、ルーザに、兵士の方々も! 火を使える方全員で、この氷を溶かして蒸発させてください!」


「え、水作るんじゃなくてか?」


「うん、液体に留めるんじゃ駄目なの。水蒸気で辺りを満たさないと」


「そ、そうか。意味はさっぱりだけど、とにかく氷消し飛ばす勢いで思いっきり燃やせばいいんだな⁉︎」


「俺もここで手加減するほど無粋ではないんでね、その氷にはかなり力を注ぎ込んだよ。生半可な火では打ち消してしまうだろうから、やりすぎだと思うくらいの業火でなければ話にならないと思いますよ?」


「ははははは! ならばより一層腕が鳴るというものだ。火の大精霊の名にかけて、この氷塊すぐさま消し去ってくれよう!」


「火を使える者は前へ、この氷塊を指示通り溶かせ。ルジェリア王女たってのご希望だ、出し惜しみは許さん!」


「はっ!」


 フユキのそんな煽るようなセリフに、ヘリオスさんは望むところだと言わんばかりに意気込む。その間にレクトさんも兵士達に指示を出してくれて、すぐさま駆けつけてくれた火属性の使い手らしき兵士達はイア達3人と一緒になって氷塊の周りを取り囲んだ。

 当然、私もその中に加わっている。イアほど扱いは上手くないけれど、無駄にはならない筈だ。私が言い出したことなんだもの、微力だとしてもやれることはやらないと……!


「いよっしゃあ! 『バーンインフェルノ』!」


「『ヘルフィアンマ』!」


「『メテオリティス』!」


「地の底に眠りし煉獄の火炎よ、我が意志に従い標的を燼滅(じんめつ)せよ……『ラデン・フォルテ』!」


 イアとルーザ、ヘリオスさんが次々と氷塊に向けて業火を放ち、私もそれに続く。カバンから引っ張り出しておいた魔導書の力を解放し、持てる限りの力を火炎へと変換してぶつける。それからすぐに兵士達の力も加わって、全てを焼き尽くさんばかりの凄まじい炎があっという間に氷塊を包み込んだ。

 途端に、ジュウッ……と音を立てながら蒸気を上げて氷が溶け始める。計り知れない熱に当てられた氷は一度水にはなるものの、数秒と液体の形を保てずに気化していく。空気に漂う微細な粒となった水分は、火照った身体を冷やすかのように舞い散る火の粉と共に辺りに降り注いでいった。

 これで環境は整えられた。これでいける筈!


「フリード!」


「はい、後は任せてください!」


 私の合図に、フリードはさっきとは異なり迷う素振りを見せずに力強くうなずいた。そして今まで前線で一人、成り行きを見守りながらも飛んでくる結晶の羽を弾き続けていたアレウスに駆け寄る。


「アレウス君」


「うん、なあに?」


「ここは2人で力を合わせましょう。ルージュさんが考えてくれた方法でなら、あの怪物に剣が当たる可能性があるんです。僕がそこまでの道を作って、アレウス君を敵の前まで導きます」


「えっ。そんなこと、できるの?」


 急にそんなことを言われても、アレウスはすぐには信じられない様子だった。本当に敵まで辿り着ける手段があるのかと疑問に思っているのもそうだけど、大量の分身が密集する中で結晶の羽も迫ってくるのに危なくないのかという心配もあって。

 そんな不安がるアレウスを安心させるために、フリードは微笑みながら手を差し伸べる。


「大丈夫。僕を信じてください!」


「……っ、うん!」


 その言葉に背中を押されて、アレウスはフリードの手を取った。そうして間髪入れずに2人は本体に向かって走り出し、迫ってきていた分身をかわす。


「アレウス君、羽を!」


「わかった!」


 走りながら、その背から羽を出現させる2人。そのまま真っ直ぐ突っ込んでいく光景を、ガーディアンは自分を攻撃するためだと思ったのだろう。翼をバサバサと大きく上下させ、2人の前におびただしい数の分身を出現させる。

 その分身が、一斉になって2人へ襲いかかるのと同時にフリードは槍を構えて杖の如く大きく振るい、


「『ダイヤモンド・グレイス』!」


 冷気を放って自分達の目の前に氷の坂を出現させる。それを踏み台にして2人は飛び上がり、本体と同じ高度まで昇っていった。そこへ分身がそうはさせまいとばかりに2人を取り囲み、串刺しにしようと迫ってくるものの……


「アレウス君、走りますよ!」


「えっ。う、うん!」


 それよりもフリードが動く方が早かった。フリードはアレウスにそう合図すると、再び槍を構える。アレウスは空中で一体どうやって走るのかと戸惑いを露わにするけれど、勢いに押されて反射的にうなずいた。

 迫り来る分身を前に、またしても冷気を放つフリード。空中で放っても空気を冷やす程度で大して効果が無いように思われたそれは、辺りを満たしていた水分を起点としてパキパキと凍り始め、


「やっ!」


「な、なにぃっ⁉︎」


 空中に氷の板が出現し、フリードはアレウスの手を引きながらそれを足場に大きく踏み込んで駆け出した。足場にした氷は踏み込んだ瞬間に砕け散り、その衝撃で2人の身体を持ち上げる。それを繰り返すことにより、大量の分身と飛んでくる結晶を空中でも難なく避けることができた。

 分身の攻撃をかわしきれずに、蜂の巣にされるものとばかり思っていたらしいオーナーはこれには意表を突かれ、ついさっきまで愉快そうに笑っていたのが一変、ぽかんと呆気に取られていた。


「す、すごい。ぼく達、空を走ってる……!」


「や、やりました……! 上手くいきましたよ、ルージュさん!」


「うん。そのまま攻撃のチャンスを窺って!」


「わかりました!」


 私の言葉に、フリードは当然のように大きくうなずいた。そのまま、空中で氷を作り出してはその上を走ってという動作を連続して行うことで、ただ羽で飛行するよりもずっと速く、かつ急な方向転換でも大回りする必要もなくジグザグと複雑に移動することも、小さな隙間でもスムーズに抜けることを可能にした。


「あっ! 水蒸気じゃなきゃダメってこういうこと⁉︎」


「空気に漂ってる水分が氷の種になってるのか。それで空気中の湿度を上げる必要があったんだな……」


「はは、こんなとんでもない方法を土壇場で思い付いて、しかもそれを実行するなんてな……! 本当、あなたには敵わないや」


「全くだ。いつもながら滅茶苦茶なこと考えてくれちゃってさ」


 フリード達が足場にした氷の欠けらが降り注いで周囲を煌めかせる中で、みんなもさっきまでの行動の意味がようやくわかって驚いている。これは流石に予想だにしなかったらしいフユキが感心しきっている横で、オスクもやれやれと肩をすくめつつもその口角は持ち上がっていた。

 でもまだだ。これはあくまでアレウスの攻撃を届かせるための手段に過ぎない。直接的な援護はフリードに任せることになるけれど、下にいる私達にもやることはあるのだから。


「オレらは分身の数を減らして、必要があれば羽も落とさないとな。あれ続けるならフリードの負担をなるべく減らすに越したことはない」


「それなら今までと変わらないわね。お安い御用よ!」


「うん。アレウス君の攻撃が届くまで、僕達も全力で援護しよう!」


 そのドラクの言葉に賛同するように、目的を果たして地面に降り立ったニニアンさんと共にみんなそれぞれ武器を握りしめる。私も光の手槍を出現させて、いつでも放てるように構えた。

 さあ、ここからが本番だ……!

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