第223話 導きの剣(3)
「後ろから聞こえていた。分身を出す瞬間に、アレウスをガーディアン突っ込ませればいいんだな? そのための余裕を、後ろにいるオレらで作る必要があると」
「うん。でも、ガーディアンも私達の狙いに気付けば残ってる分身をけしかけて妨害してくると思う。だから……」
「その前に分身を片付けちまえ、ってことだな!」
私の言いたいことを先回りしてくれたイアに、コクリとうなずく。
分身を倒すのは妨害を防ぐためでもあると同時に、ガーディアンが分身を補充しようとするのを誘い出すためでもある。分身を倒した数だけ、ガーディアンはその穴埋めをしようとしてくる筈。それこそ、一掃してしまえば隙もさらに大きくなることだろう。
そうと決まれば実行あるのみ。私達は再び突っ込もうとしてきている分身を睨みつけ、武器を構え直す。
「よーし。あたしが先に魔法で足止めするから、エメラはその後に続いて!」
「オッケー! わたしの魔法が行き渡ったら、イアとヘリオスさんとでそれ思い切り燃やしちゃってよね!」
「うむ、心得た! では君、全力でかかるぞ!」
「言われるまでもねーッスよ!」
「ドラク、レクトさん、ニニアンさん。僕がつららで分身を囲いますから、さっきの要領でお願いします!」
「わかった、頼んだよ!」
「ふむ。こう何度も目の前でうろちょろされるのは目障りだからね。まとめて掃き捨てるに限る」
「は、はい! 仕上げは任せてください!」
今度は私が指示を出さずとも、みんなは素早く動いてくれた。さっきやった連携と同じく、最初にカーミラさんとフリードがそれぞれの魔法で分身の群れの動きを抑え込む。次にエメラが光線の周りに草花を散らし、ドラクとレクトさんがつららに電流を纏わせる。最後にイアとヘリオスさんが炎で草花を燃やし尽くし、ニニアンさんが流水でつららを包み込む。業火と流水に乗せられた電流は、大量の分身を瞬く間に消し去っていく。
分身が一気にいなくなったことに、ガーディアンは腹を立てたようにけたたましい鳴き声を上げる。そうして、いなくなった分の穴埋めをしようと、翼をバサバサと激しく上下させて羽を落とそうとして攻撃の手が止まった。
……狙い通りだ。今なら!
「真っ直ぐ走って! 本体に突っ込んで!」
「うん!」
それを見たアレウスも、チャンスは今しかないと理解してくれたようだ。隙だらけのガーディアンに向かって、全速力で駆けていく。
正面から突撃してくるアレウスに対して、ガーディアンはそれを阻止しようと分身を生み出そうとするのを一旦やめて、結晶の羽での攻撃に切り替えてくる。けれど、すぐさま行動を変えるのはガーディアンといえど無理があったようで、羽は飛んできたもののたった数本という僅かなものだった。
これなら剣で弾くよりは走ったまま防御する方がいいと判断したのだろう。オスクが準々決勝でやっていた方法に倣って、アレウスは剣身で結晶の羽を受け止めて身を守る。けれど、その間に左右からさっき生み出されていた分身がアレウスに迫ってきていた。
「雑魚が余計な横槍入れるんじゃないっての」
「手出しはさせん! 我が主君の征く道は何者にも阻ませんぞ‼︎」
でも、こっちだってアレウスがやられるのを黙って見過ごすわけがない。オスクがすかさず分身達を鎖で縛り上げたところに、オンラードさんが突き立てた槍から流し込んだ魔力で土の塊を生成し、身動きが取れない分身をまとめて吹っ飛ばした。残りの分身達も、土の壁によって行く手が遮られて、ガーディアン本体の前はガラ空きとなる。
今が絶好のチャンス。とうとうガーディアンの真正面へと辿り着いたアレウスは地面を蹴ってジャンプし、思い切り剣を振り下ろす────!
「……っ、ダメだ!」
……が、その攻撃は後一歩のところで届かなかった。攻撃が今まさに当たろうとしたところで、ガーディアンが急に羽ばたいて高度を上げたために。
ガーディアンの身体を斬り伏せる筈だった純白の刃は虚空を裂くだけに終わり、ヒュッと空気を切る音だけが虚しく響いた。
「ガハハハ、すばしっこいだけでやっぱりガキだな! このまま仕留めてやれぃ!」
「うっ……!」
「させるか!」
「ごめん、悔しいだろうけど今は退いて!」
アレウスが攻撃を外して体勢が崩れていたところをガーディアンは狙い撃ちしようとしてきたけれど、咄嗟にルーザが衝撃波を、私が光の手槍を放つことで相殺する。その隙になんとかアレウスはガーディアンから距離を取ることができたけど……これから一体どうするべきか。隙は見つけたけれど、肝心の攻撃が届かないんじゃガーディアンを撃退することは叶わない。
羽で飛ぶ……にしても、それだと飛び立つまでにある程度時間を有するためにアレウスの隙が大きくなるし、成長途中のアレウスではそんなに速度も出ない筈。分身の攻撃を掻い潜りながらガーディアンの元まで辿り着くのは至難の業だ。
「さて、どうするよ。後ろから魔法撃ち込むにしても、分身を盾に使われるのが目に見えてるし、効果は期待できない。やっぱ直接本体を叩くしかないわけだけど」
「わかってる。でも、この場にあるもので利用できそうなものなんて……」
オスクにそう言われて考えを巡らせるけど、いいアイデアが浮かばない。かなりの広さがある闘技場だけど、フィールドは障害物も何もない真っ平らな地面でしかない。空中も、巨大なガーディアン本体がほとんどを占領して、その隙間も周囲に散らばる分身のせいで全くと言っていいほど余裕がない。オスクがヘリオスさんとの試合で回避に利用していた旗飾りも照明も、分身が付近を陣取っているせいで近づけない。
使えそうなものは……今現在、ここには無いも同然だ。こんな状況で、ガーディアンの懐まで辿り着く方法なんて。
「そうだな、使えそうな道具はない。けど、お前がいつもそうしてきたように無いなら作り出すまでじゃん。お前はそれこそ場合によっちゃ何もない空気すら仕掛け施して武器にするんだから」
「空気……」
私はふと、みんなの顔を見回した。
アレウスの強みは小柄な身体からくる俊敏さ。それを活かすには空中に走り回れるよう足場を作ること。みんなが使える魔法で何か足場にできるようなもの……固形物を生み出せるものとなると、フリードの氷かオンラードさんの土の塊の二択に絞られる。でも空中につくるとなると、大地属性らしく地面を起点とする必要がある土では高度に限界が出てくる。そうなると、氷だけが最後に残るわけだけど。
氷は、水が結晶化したもの。それを空中でも容易に生み出すには、空気が水で満ちている環境が要るだろう。水そのもので満たすのではなくて、氷の種となれる程度でいい。そんな状況を作り出すには……
「うん……うん、それならなんとかできる。アレウスの剣を届かせられるかもしれない!」
「なんか思いついたってわけ。いつも通り突拍子もないことなんだろうけど」
「まあ、ね。正攻法が通じる相手じゃないんだもの。デタラメが過ぎるってわかってても、ぶつかってみなきゃ」
「今更っしょ。死に誘うためにわざと成長を早めるとか、魔法をそのまま武器に転用するばかりか、他人の武器まで交えて取っ替え引っ替えする、なんてことやってのけたのはどこのどいつだよ」
「……っ、それもそうだ」
ニヤッと挑発的に笑って見せるオスクに、私も笑みを返す。常識外れの戦略なんて、今まで散々やってきたんだ。今になって怯える理由なんて一切ない。
必ず切り拓いて見せる。アレウスの剣をガーディアンに届かせるまでの道を────!




