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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第16章 追い求めた果てに─ Spirit Collapse ─
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第223話 導きの剣(1)

 

 小刻みに震える足で、アレウスは一歩前に出る。高まる緊張からごくりと喉を鳴らして、それからおもむろに剣を構え直した。

 いきなり攻撃に走っては駄目だ。いくらアレウスの剣が折られることがないとはいえ、衝撃などのダメージまでは打ち消せないし、防ぎ切れず身体に被弾すればどんな影響があるかわかったものじゃない。まずは敵の動きを把握することからだ。焦らずに、反撃の機会を伺う。勝利への道を確実に切り拓くために。


「オスクの姿勢、覚えてる?」


「う、うん。えっと……こう、だよね」


 私の言葉にうなずきながらアレウスは右足を前に出してから足を開き、腰を少し落とす。試合中、しっかり観察していたのが良かったのだろう。アレウスは姿勢を正すまでに、一切迷う素振りを見せなかった。


「重心は中央。横に振るう時は自分の身体を軸にして回すことを意識しなよ。振り下ろす時は余計な力をかけないで脳天から剣の重みで叩きつけるように真っ直ぐに。迷いは見せるな」


「は、はい!」


 ここは少しでも勝率を上げるようにするべきだと思ったらしい、オスクも両手剣の振り方についてアドバイスをくれた。ぶっつけ本番になってしまうけれど……あとはもう、それを実践するのみだ。


「……っ、いく!」


 意を決して、アレウスは敵の下に走って向かっていく。それに反応したのかガーディアンはより一層激しく羽ばたいて、耳にキーンと響く不快な鳴き声を上げた。でもアレウスはちっとも臆することなく、ガーディアンとの距離を詰めていった。


「ガハハハハ! こんなチビなガキを寄越してくるとは、最早抵抗する気も失せたか! そのままやってしまえぃ!」


 どうやら、フードを被っていれば認識阻害の魔法は使用者の持ち物にも作用するようだ。皇帝の証である剣を抜いているというのに、オーナーは立ち向かっているのが皇帝本人だということに全く気が付いていない様子だ。

 でも、今はその方が都合が良い。オーナーはアレウスをただの子供だと思って油断している。その隙を、上手く突ければ。


「飛び道具は軌道をよく見て、着弾地点を予測して! 真っ直ぐ向かってくるから、どこから飛んできたかさえわかっていれば見えてくる!」


「うん!」


 私の指示にアレウスは大きくうなずいて、飛んできた結晶の羽を避けていく。

 ぴょんぴょんと跳ね回るように動いたり、身体を捻ってかわしたり。避けきれなかったものは剣を駆使して防御したり、撃ち落として無効化したりなどして対応する。

 妖精で、かつ成長途中で体格が決して大きいとは言えないけれど、それは逆に言えば的が小さく攻撃が当てづらいということだ。小回りが利きやすいことを大いに活かして、アレウスは素早い動きでガーディアンを翻弄していた。


 まだ幼いとはいえ、これまでオンラードさんを始めとする近衛騎士や兵士達を相手に訓練していただけはある。粗削りなところはあるものの、アレウスの身のこなしは年齢以上のものだった。

 これなら充分可能性はある。攻撃を見切れれば、懐に潜り込めるチャンスは必ず来る……!


「お、おのれ、ちょこまか逃げよって! こら、こんなガキくらいさっさと沈めてやらんかぁ!」


 なかなか攻撃が当たらないことに、オーナーもイライラしてきているようだ。声を荒げて、ガーディアンに対してアレウスを始末するよう喚き散らしている。

 ガーディアンがオーナーの命令を聞いているとは思えないけれど、ガーディアンはそれに同調するかのようにけたたましく鳴き声を上げる。すると再び結晶の羽をアレウスに向かって雨のように浴びせようとしてきた上に、今度の攻撃はさらに隙間なくより一層執拗なものと化していた。


「わ、わわわっ⁉︎」


 たちまちアレウス目掛けて張り巡らされる、羽の弾幕。凄まじい密度に加えて、アレウス一人に狙いが絞られているために退路が狭まっている。

 一つの羽の軌道を掴んでも、別方向から攻撃が次々と迫ってくる。最初こそ両手剣を駆使してなんとか相殺していくけれど、間に合わない。相殺した直後を突かれ、防御が追いつかないところに一つの羽が今目前に迫り、アレウスは反射的に目をぎゅっとつぶってしまう。避けることもできないまま、攻撃が当たりそうになる────


「『イグニートフレア』ッ!」


「『エレクシュトローム』!」


 ……けれど、その羽は結局アレウスに当たることは無かった。それは今まさにアレウスに直撃しそうになったところで、後ろから飛んできた火炎と電流によって焼失させられたために。


「な、何っ⁉︎」


「へっ! 前に出れねぇってだけで、援護できねぇなんて一言も言ってないぜ!」


「戦っているのはアレ……じゃなくて、君だけというわけじゃないんだ。手が届かないところは、僕達で補うよ!」


「……っ、うん。みなさん、ありがとう!」


 ドラクがかけてくれた言葉に、アレウスは大きくうなずいた。

 敵が強大なことは間違いないけれど、決して一人で立ち向かっているわけじゃない。それを2人の行動で理解したのだろう、最初は緊張で強張っていた頬が僅かに緩み、足の震えもほんの少しだけ収まっていた。


「……っと、これで人数分か。兵士のみなさん、お受け取りください!」


 その最中、回復のために私達からさらに後方に下がっていたフユキが、周囲の兵士達とオンラードさんとレクトさんに向かって何かを投げて寄越す。

 透き通った氷でできた、細長いもの。よく見てみれば、それらは先端が鋭く尖っていたり、鋭利な刃になっていたりと……それぞれ槍や剣などの武器の形を成していた。どうやら今まで回復と同時進行で妖術を駆使して、兵士達のために氷の武器を量産していたらしい。


「フユキ! もう大丈夫なの?」


「平気平気。種族の特性上、物理的な強い衝撃に慣れてないってだけさ。あの怪物相手じゃ強度は保証できないけど、生成はそこまで苦じゃないんで。遠慮なく使い捨ててこの場を凌いでくださいね」


「うむ! 感謝致す、フユキ殿‼︎」


「総員、聞いての通りだ。応援が到着するまで、この武器で応戦せよ。帝国の兵士の誇りにかけて、被害を最小限に抑えるんだ。外には一切の危害を加えさせるな!」


「はっ!」


 フユキから氷の武器を受け取った兵士達はレクトさんの命令に大きな返事をすると同時に、素早く身構えた。武器が折られていたことには動揺していたけれど、やはりそこは訓練された兵士と言ったところか。すぐさま切り替えて、アレウスの援護に回ろうと準備を整えた。

 さっきの攻撃で減っていたこちらの戦力が元に戻ったことが気に障ったのか、ガーディアンはバサバサと大きく翼を羽ばたかせてさらに激しく喚き始めた。頭を直接揺さぶるかのようなその鳴き声に、思わず耳を塞ぎたくなる。


 ガーディアンの羽ばたく度に、真っ黒な影のような翼からひらひらと羽毛が一つ、また一つと抜け落ちていく。普通なら地面に落ちていくだけだと思われたそれはぼこぼこと膨らみ、膨張していき……やがて小さなガーディアンの形を取っていった。


「チッ、アイツ分裂もできんのかよ」


「元々複数達のガーディアン溶かして作り出してるヤツじゃん。的が増えたから一部切り離して、こっちをまとめて転がしてやろうってことなんだろうさ」


「アレウス君……これを、突破できるでしょうか」


「できるよ、絶対に。その道を切り拓くために、私達がいるんだもの」


 不安がるフリードにそう言ってみせると、フリードはハッとして顔を上げるとそれもそうだとばかりにうなずいた。

 武器が折られてしまうリスクが解消していない今、並んで戦うことはできないけれど、さっきのように後方支援ならいくらでも可能だ。戦力は充分すぎるくらいに揃っている。ガーディアンの注意を分散させて、渾身の一撃を叩き込める隙をつくることだって決して不可能じゃない。


 ……アレウスと剣の力が繋がる気配は、まだ見えてこない。でもあともう一歩、ほんの少しのきっかけが掴めていないだけなんだ。帝国を、ここにいる皆を護るという想いは、揺るぎない強固なものなのだから。

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