第222話 揺らぐ切先(5)
「く、くそっ! まだ手はあるんだ、このまま捕まってたまるものかぁ……!」
追い詰められて尚、オーナーは全くと言っていいほど懲りていなかった。
自分に触れるな、近づくなと言わんばかりにバタバタとタキシードの上着を振り乱し、それによって懐に忍ばせていたであろう大量の結晶のカケラがぼとぼとと床に落ちていく。その一つ一つから禍々しい力が放たれ、またしても大量に生み出されたガーディアン達が兵士の行手を阻んだ。
「くっ、無駄な抵抗はやめろ! どのみち逃げ場は無いぞ!」
「ガハハハ! 身代わりなどいくらでもおる! 最後に逃げおおせられればそれでいいのだ!」
兵士達はガーディアンの圧倒的な物量と、『滅び』の悍ましい気に当てられてそのまま突き放されてしまう。先の忠告もあってか、兵士達はなんとか正気こそ保っているようだけど、せっかくのチャンスが失われてしまった。
しかも、それだけでは終わらなかった。カケラを一度に複数使ったことの影響なのか……ガーディアンは辺りに散らばらず、一箇所に集まって融合し、一つの塊と化していく。一羽、また一羽と塊の中に取り込まれていき、どろどろに溶け合って……全てのガーディアンを呑み込んで限界に達したその瞬間、突如それは膨れ上がってその中に閉じ込められていたものが開放された。
「ちょっ、何あれ⁉︎」
「ハンッ。雑魚じゃ駄目だから、巨大なのぶつけて本気で叩き潰しに来ようってのか……!」
そう。塊の中から姿を現したのは、ルーザの言う通り今までのガーディアンをそのまま巨大化したかのような怪鳥だった。闘技場の出場者や観客達には数の暴力で押し切っていたけれど、私達相手にそれが通用しないとわかって攻め方を切り替えたのだろう。
巨大なガーディアンは耳障りな鳴き声を響かせたかと思うと、翼を大きくはためかせる。そして結晶となっている風切羽を、生み出した風に乗せて飛ばしてくる!
「……っ、防げ!」
『滅び』の、ましてやその大元である結晶を含んだその攻撃は、食らえばただでは済まないことは明白だった。オスクの指示を受けて、私達は咄嗟に武器で防御を試みる。
「ぐぅっ……⁉︎」
攻撃を相殺した途端、武器を通じて凄まじい衝撃が腕に響く。なんとか攻撃は相殺できたようだけど……
「れ、レクト様っ! 武器が、折られました……!」
「えっ⁉︎」
兵士の動揺を隠し切れない言葉が聞こえてきて、私達は反射的に声が飛んできた方向へ目をやった。
その言葉通り、兵士達の手にしていた武器……剣は刃が、槍は穂先がそれぞれ根本から溶けるようにその形を失っていた。こうなってしまえばもう武器としての意味を成さず、使い物にならない。
ただ衝撃が強かっただけでこんなことにはならないだろう。そう思って折られた箇所と、兵士達の足元に落ちるその破片をよく見てみれば、そこには金属を侵食するかのように黒い膿が存在していた。そこから感じられる、『滅び』の気配……恐らくさっきの羽が当たった箇所から力を流し込まれ、それが武器を侵して壊したのだろう。
対抗手段を失くして、徹底的に叩き潰す。それが狙いか……!
「うぬぅ、自分の槍もやられてしまうとは! なんたる不覚‼︎」
「……これほどまでとは。狡猾で、最も確実性がある。皆様が危惧されていた意味が、今更ながら理解できた。取るに足らない雑魚だとタカを括っていた私が愚かだったな」
武器を失ってしまったのはオンラードさんもレクトさんも同じだった。オンラードさんの両手槍は穂先の形が完全に失われ、レクトさんの魔導書は表紙ごと貫いたかのような焼け焦げた跡が残るばかりで。敵をどこかで舐めていたせいでこの事態を防げなかったことに、レクトさんは悔しげに表情を歪めている。
「僕らのは今のところ大丈夫のようだけど、前にフランさんに浄化した結晶の力を混ぜてもらったからかな……?」
「あ、あれ? でもわたし達の武器、今光ってないよ! さっきまで白い光に包まれていた筈だよね⁉︎」
「……今のでその効果も消し飛ばされたみたいだな。侵す力と、それを退ける力。ぶつかり合って相殺されたか」
「そ、そんな!」
私達の武器は、以前カルディアに向かう前にフランさんの能力で浄化した結晶の力を宿してもらっていた。理由はまだ不明なのだけど、それによって私達の武器は『滅び』を退ける効果を得たことで、ガーディアンや『滅び』の影響を受けている敵と対峙した時、刀身は浄化された結晶のような白い光を帯びるんだ。
でも、それが今失われてしまった……宿っていた力が相殺してくれたおかげで折られるのは回避できたけど、二度目はないことは確実だった。大精霊の力故か、ヘリオスさんとニニアンさんのも無事だけど、それもあと何回持つかはわからない。フユキは妖術で生成した使い捨てだから被害は小さいけれど、その代わりに衝撃でのダメージが大きかったようで、笑顔が消え失せて痛みを必死で堪えていた。
迂闊に手が出せないこの状況。一体どうすれば……!
「ぼ、ぼくの剣も無事だよ! まだ戦える!」
「……っ、アレウス……!」
そんな時、私達の前に飛び出してきた影が一つ。両手剣を握り締めながら、アレウスは巨大なガーディアンと対峙する。
得体の知れない、それもさっきよりもさらに増した脅威に立ち向かうことに、怖くない筈がないのに。長いとは言えない足も、両手剣を持つ手も、その手に握られた両手剣の切先も、恐怖からカタカタと小刻みに震えていた。だけど、それでも決して逃げ出すまいと目だけは強い意志の光を宿して、目の前の敵を鋭く睨みつけていた。
「……やれやれ。真価を発揮できていないにしても、やはり聖剣か。先の攻撃を全くものともしていないとは」
「……」
「このような外見も中身も矮小な器に任せるのは不安の方が大きいが、今は贅沢も言ってられまい。ルジェリア王女、この状況を打破するにはこの剣が鍵となるだろう」
「そうですね……」
今のままでは私達の武器だと、まともにやりあっては返り討ちに遭うだけ。レクトさん達も、他の兵士に代わりを持って来させるにしてもしばらく攻撃に参加できない。現在、問題なく武器を振るって戦えるのはアレウスだけだ。
私は自分の剣をじっと見つめて……それから鞘に収めた。今私がやるべきことは、正面切って斬りかかることじゃない。
「────アレウス」
「な、なに?」
「真っ向からぶつかる覚悟はある?」
そう問いかけると、アレウスはビクッと肩を跳ね上げる。
酷な選択を迫ってしまっているのはわかってる。それでも、本人にその勇気が少しでもあるならば。
アレウスは不安そうに私とガーディアンを交互に見やり……こくりとうなずいた。目は滲んだ涙で潤んで、顔も身体も強張らせていたけれど、はっきりとその道を進むことを選んでくれた。
「よし」
それを受け取り、私はそう一言だけ返した。そして、こちらを挑発するかのように耳障りな鳴き声を上げるガーディアンと改めて向き直る。
アレウスの刃を届かせるために。私達がするべきは、そこまでの道を切り拓く────ただそれだけのことだ。




