第222話 揺らぐ切先(4)
「オンラードさん、私達の前に壁を作ってもらえますか? なるべく横に広く、行手を遮断するように!」
「承知‼︎」
私の頼みにオンラードさんはすぐさまうなずいてくれて、手にした両手槍を地面に思い切り突き立てる。次の瞬間、地面が盛り上がってその勢いで飛び出した無数の土の塊がたちまち壁を成した。
「壁で隔てるのはいいが、相手は鳥型。飛び越えられてしまえば意味を成さないのでは?」
「わかってます。だからオスク、壁全体を鎖で縛り付けて!」
「……ふーん、成る程ね。『ワールド・バインド』!」
レクトさんにそう返しつつ、次はオスクに指示を出す。オスクは私の意図をすぐに理解してくれたようで、すぐさま魔法を使ってくれた。
オスクが使うこの魔法は対象が標的そのものというよりは、標的がいる周囲の空間だ。魔力で生成された鎖を張り巡らせることで、標的をその場に空間ごと縛り付けて動きを封じ込める。
壁を形成している土はフィールドにあるものを巻き上げたのではなく、オンラードさんの魔法によって生み出された魔力の塊だ。その形を維持するために魔力が注ぎ込まれているのと同時に、壁の表面から魔力が流れ出続けている。それをオスクの鎖で壁と、その周りの空間を縛ってもらうことで溢れる魔力をその場で固定化し、安定を図る。
これでオンラードさんが消費する魔力を抑えつつ、二重で支えることで壁はより強固に、周囲に漏れ出た魔力も壁の一部となるからより範囲を拡大させられるわけだ。オスクは天井まで鎖を伸ばしてくれているから、飛び越えられる心配も無くなった。
「次、フリードとフユキは左側につららを、カーミラさんは右側に光線を、上から降らせて敵を囲って!」
「はい!」
「まずは足止めということか。きっちり囲い込まないとね」
「わかったわ! もう好き勝手させないんだから!」
3人は私の頼みに迷うことなくうなずき、それぞれ詠唱を始める。
「『ヘイルザッシュ』!」
「『千氷針』!」
「『ムーンライト』!」
そうして降り注ぐ、2つの魔法と妖術。フリードとフユキ、2人の力が合わさったことで降り注ぐつららは一切の隙間を作らず、それで囲うことによってガーディアン達の動きを完全に封じ込める。カーミラさんが放った眩い光線はガーディアン達の安全地帯を絞る他に、目を眩ませることで二重に動きに制限をかけた。
これで的は絞れた。今度は攻撃を広範囲に行き渡らせる下準備だ。
「ドラクとレクトさんはつららに電流を纏わせて、エメラは光線をなぞって草花を散らして!」
「了解! 『アイレトルエノ』!」
「オッケー、まっかせて! 『リーフィジア』!」
「ふむ、王女のご指名とあらば手は抜けないな。では仰せのままに」
ドラクとエメラは指示してすぐに魔法を放ち、レクトさんも快くそれに続いてくれた。
水晶のように透き通った氷の周囲に電流が走り、その内側で光が乱反射してより強い輝きを生み出す。ぼんやりと灯るくらいの弱い光だったかと思えば突如カッと強く輝くなど、パチパチと不規則に瞬く光に流石のガーディアン達も視界が翻弄され、それに伴って動きも覚束なくなっている。
エメラが放った草花も、光線に纏わり付く形でガーディアンの周囲を包囲して、そこからさらに光線をなぞって上へと範囲を広げていった。
これで場は整った。いよいよ仕上げ……!
「イアとヘリオスさんとで草花を思いっきり燃やして、ニニアンさんは氷に被せるように流水を、お願いします!」
「成る程、理解した! では全力を尽くすのみ!」
「よっしゃ、黒焦げにしてやるぜ!」
「わかりました!」
ここまで来たら、みんなも私の作戦の全貌を把握してくれたようだった。3人は大きくうなずきながらそれぞれ武器を構えて、魔力をたぎらせる。
「『イグニートフレア』!」
「『メテオリティス』!」
「『リーウス・パリエース』!」
それからすぐにイアが灼熱の業火を放ち、ヘリオスさんは壁の向こうに巨大な火柱を生み出す。ニニアンさんは流水の壁を、つららに沿わせるようにして発生させた。
その途端……2つの炎は草花を着火剤にして一気に燃え広がり、大爆発を起こした。ニニアンさんの流水は、つららの周りに走っていた電流が行き渡る範囲をさらに広げ、つららに行手を遮られていたガーディアン達をまとめて感電させた。
一つ一つはそれほど強くない魔法でも、重ねがけしたことでかなりの威力となっていた。爆発も、流水に乗ってほとばしる電流も、規模が大きくなるのに伴ってこちらも煽りを受けそうなところだったけれど、鎖で固定した土の壁は爆風と電流から私達をしっかりと守ってくれた。オンラードさんは自分の魔法はガーディアンの足止めだけだと思っていたようで、これには目を見開いて驚いていた。
「なんと⁉︎ 自分の壁は行手を遮るだけではなかったのか!」
「な、こんな一瞬で……⁉︎ だ、だがまだ手駒はおるんだ! コイツらだけでも……!」
「……それを想定してないとでも思った?」
元々の数が凄まじかっただけに、今の攻撃を逃れて何体かガーディアンが残ってしまっていた。
でも、そのための対策だって準備済みだ。だからこそ私とルーザは今まで何もしないで待機していたのだから。まだ強がっているオーナーにニヤッと笑って見せた後、ルーザと顔を見合わせてうなずいて魔力を集めていく。
「『ミーティアライト』!」
「『カタストロフィ』!」
先に私が残ったガーディアン目掛けて、光の球を投げつける。
この魔法は本来、地面に叩きつけることで破裂させてダメージを与える魔法だ。空中に放っても球の中のエネルギーを解き放てずに、不発に終わってしまう。そこでルーザの衝撃波で一部を切り裂いてもらうことで、地面に叩きつけるのと同じ状態を作り出す……!
衝撃波に斬られた箇所から、光の球に閉じ込められたエネルギーが溢れ出し、その場で光の洪水を巻き起こす。それに巻き込まれたガーディアン達は光の中に呑み込まれていき……今度こそ一匹残らず消し飛んだ。
「す、すごい……一瞬でみんないなくなっちゃった」
「私とオンラードは使用属性しか情報を得ていないというのに、我らを組み込みつつ瞬時に策を組み立て、一匹たりとも逃さず、さらに安全面から撃ち漏らしまで計算尽くだとは……末恐ろしいな。軍師とはまた違った部類の才能だ」
「うんうん! ルージュ、こういうの思いつくの得意なんです!」
「こういったことは慣れているということか。敵でなかったことに心底感謝したいところだ」
「……お互い様です」
呆気に取られているアレウスの横で、エメラの言葉に感心しながらそう呟くレクトさんにそう返しておいた。
相手が『滅び』だからこそ、一切遠慮する必要がないからできたことだ。対人戦ではこうもいかない。それに、規模の大きさから軍事力も相応に強いこんな巨大帝国を敵に回せば敗北の一途を辿るしかないのが目に見えている。そして何よりも、アレウスだってそんな未来は望まない筈だ。
「何はともあれ……道が拓かれた今、さっさと片付けるべきだな」
そうしてレクトさんは顔の横で軽く手を縦に振った。どうやらそれは「行け」というサインだったようで、待機していた数人の兵士が状況が飲み込みきれずに呆然としているオーナーを拘束しようと、一気に距離を詰めて迫っていく。
でも、今オーナーがいるのはバルコニーのような見晴らしのいい席。それに、これまで散々悪足掻きを繰り返しているオーナーが、このまま大人しく捕まる筈もなく。




