第22話 夢の始まり(2)
夕食も終えて……深夜。オレ、ルーザは明かりを消してからしばらく経つというのに、未だ寝つけずに目を瞑ったまま考えごとをしていた。
……オレ以外のやつらはもう寝てしまったようで、辺りは静寂に包まれていた。大人数で夜を過ごしているから今夜は賑やかになっていたというのに、オレはあまり会話を楽しめなかった。その理由はオスクのことで。
態度がアレだが、あいつは割と真面目だ。仕事も文句を言いつつも、投げ出そうとはしなかったし、大精霊としてやっていることも相当苦労したんだろう。
オスクがどうして光と闇の精霊の確執を無くそうとした理由も理解出来る。ただ気に入らないから、というくだらない理由で何百年も遠ざけているなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。オレがあいつの立場なら、同じことを考えるだろう。
「でも、な」
ふう、とため息を一つ。理解は出来るが、仲良くするとはまた別の話だ。
オレは素直になることが苦手だ。話をすればこんなに考えられるのに、急に付いてくることになったあいつにあまり表で気遣えなかった。ルージュがあの時話を振ってくれなければこれからも今のままだったと思う。
────明日からでも、変えられるだろうか?
「……自信ないな」
そもそもルージュが間に入ってくれなければ、この考えにも行き着かなかった。自分からやるのは出来る確信が持てない。一人じゃ心許ないし、明日にルージュに少し相談してみるか……。
……考えごとをしていてずっと起きてたから、喉が渇いてきた。仕方ない。水でも飲みに行くか。
そう思って身体を起こした。
「……うん?」
身体を支えるために手を下に置いただけだったのだが、違和感を感じた。ベッドの上の筈なのに布ではなく、冷たい感触。表面はザラザラしているようだし……外の土でも触っているような肌触りだ。
瞑っていたままの軽くぼやけた視界で周りの様子が見えにくい。オレは軽く目をこすった。
「……は⁉︎」
そこには、オレがルージュから借りていた部屋の中ではなく、見覚えのない草原の風景が広がっていた。
木は数えるほどしかなく、草もまばらに生えているだけ。正直、かなり殺風景だ。
「夢……なのか?」
そう思った。そう思いたかったのだが……風が吹き、周りの草を揺らしながらオレの頬を撫でる。間違いなく、風の感触がある。
……夢で風を感じるなんて、ある筈がないのに。風景こそ粗末なものだが、どう考えてもおかしい。
ずっと座り込んでいる訳にもいかず、仕方なく立ち上がる。とにかく何かをして気を紛らわしたかった。
今更気づいたが、服装まで変わっている。寝る前に確かに寝巻きを着ていたはずだが、いつも愛用している紫の法衣を身につけていた。
最初から思っていたが……ただの夢じゃないことは確かだ。
「……チッ、立ち止まっていても仕方ない」
オレは当てもなく歩き出した。ここがなんなのか、少しでも知りたい。何かの反動で、元に戻れるかもしれないと思った。
……これで見知らぬ世界に放り出されるのは2回目だ。光の世界に来たばかりの気持ちを思い出しそうになって嫌になる。
「勘弁してくれ……」
何か恨まれるようなことをした覚えがないのに、こんな状況に陥るのはもうたくさんだ。誰かに届くわけでもない愚痴をこぼしながら歩みを進めた。
……それから、どれくらい歩いただろう。しばらくふらふらしていても殺風景な景色が変わらずにイライラしていたが、先程から木が増えてきていて、花も咲いている場所までなんとか辿り着くことが出来た。
何があるかはわからないが、この先に何かがありそうな気がする。
「ん……?」
そんな時、オレの周りになにやら黒い『影』のようなものが現れた。
ゆらゆらしていていることは確かだが、姿を目で捉えにくい。その『影』はわらわらと集まってきて、周囲を囲まれた。
「な、なんだこいつら……?」
そんな異様な姿に戸惑っていると、突如そいつらはオレに飛びかかってきた!
「うおっと!」
咄嗟にかわし、なんとか攻撃を免れた。どう見たって友好的じゃない。
はん、やる気か……。
懐をまさぐると、鎌もちゃんとあった。武器が手元にあったことにほっとしつつ、そいつらを睨みつける。そっちがその気ならオレだって容赦しない。
「せやっ!」
鎌を振るい、影を斬りつけた。実体があるのか不安だったが、斬った手応えがある。攻撃はしっかり通っているようだ。
そいつは抵抗されたことで焦るかのように揺らいだが、再びオレに飛びかかってくる。
「狙いが甘いんだよ……!」
影の攻撃を軽くかわし、お返しとばかりに斬撃を浴びせた。
一体一体相手は面倒だ。早いとこカタをつけるか。
「『ディザスター』ッ‼︎」
鎌から黒い衝撃波を飛ばし、やつらをまとめて吹っ飛ばした。攻撃によって巻き上げられた土煙が引くと、影はいなかった。どうやら全て倒しきることが出来たらしい。
ったく、なんだったんだよあいつら……。
退けたのはいいが、疑問は残ったままだ。それにこの世界も。
「……♪」
「……!」
鎌を収めると、どこからか歌声のような音が聞こえてきた。
オレの他にも誰かいる……そんな考えがよぎると同時に駆け出した。その歌声によって導かれるように。
やがて辿り着いた場所には、今まで見ていた光景と同じとは思えないくらい花が咲き乱れ、木々が生い茂っているところだった。
そして……ある一つの木の上に腰かけた女の精霊を見つけた。その精霊はオレに対しては背を向けて何かの歌を口ずさんでいる。後ろ姿だけだと、薄い桃色がかった髪しか見えない。
「……おい」
じっとしていても始まらないと思い、勇気を出して声をかけてみた。
「え? あ、あわわっ……きゃあっ⁉︎」
ところが、その精霊は驚いた反動でバランスを崩し、木から落ちてしまった。ドスンと痛々しい音が響き渡る。
やば……タイミングが悪かったか?
そいつが心配になって思わず駆け寄った。
「いたた……」
そいつは落ちた時に打ち付けたであろう背中をさすっている。その時にオレに気がついた。
「あ、あなたは……?」
その精霊はオレを見つめた。声をかけたはいいが、次の言葉が口から出ない。
その精霊も同じようで、お互いどう反応すればいいかわからず、しばらく固まってしまった。




