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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第16章 追い求めた果てに─ Spirit Collapse ─
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第222話 揺らぐ切先(2)

 

 そこからはしばらくアレウスと2人で行動し、それから数分後に無事男妖精を送り届けてきたらしいフユキと合流し、3人で協力しながら避難の補助を続けた。

 闘技場内は建物自体の広さと、このカジノで目玉と言われる程の大きな稼ぎ場というのもあって相当な人数がいたけれど、時間の経過と共に残っている妖精や精霊達は少なくなっていった。一人、また一人と闘技場を後にしていって、最終的に観客が密集しているのは私達もここに入る時に使った正面にある大門の脇にある出入り口のみとなった。


「どうだ、そっちは⁉︎」


「大方終わった! 怪我人の手当ても大丈夫!」


 広範囲になる避難の補助のために一旦分かれていたみんなも近くにいた観客達がほとんど建物内から退避したようで、その出入り口へと集まってきた。

 分担していたとはいえ、決して狭くない範囲を走って見て回っていたために呼吸は少々荒れているけれど、全員無傷だという事実にお互いが安堵の息を漏らす。ニニアンさんが全力で守ってくれたおかげで、私達にも身体的なダメージはゼロだった。


 あと少しで観客達の避難も完了する。でも、それまでニニアンさんの気力が持つかどうか。いくら大精霊といっても、こんな広範囲に及ぶ魔法を長時間維持し続けるのは相当な負担がかかっている筈。しかも魔法を展開しつつ、前線で戦っているオスクとヘリオスさんの援護もしているのだから尚更だ。その証拠に必死に表に出すまいとはしているのだろうけど、ニニアンさんの顔には隠し切れない疲労の色が微かに、それでもはっきりと表れていた。

 早く観客達を全員外へ逃して、ニニアンさんの負担を軽くしないと……そう思っていた時だった。


「────頼もう‼︎」


 突如飛んできたビリビリと空気を震わせる大声と共に、バン! と大きな音を立てて破られるように大門が開かれた。フェンスと流水の壁に遮られて姿は確認できないけれど、離れていても耳をつんざくような大声を出せる存在といえば、一人しか思い当たらない。


「我こそはアルマドゥラ帝国皇帝近衛騎士長、オンラード‼︎ 帝国の平和を脅かす悪党よ、この場は我々が完全に包囲している! 神妙にしてもらおう‼︎」


 そう高らかに宣言するような言葉と共に闘技場内に乗り込んできたのは、予想通りオンラードさんだった。見えにくいけれど、その隣にはレクトさんも控えていて、さらに後ろから何人もの兵士達が続いてくる。


「あいつ……カチコミに来たんじゃないんだぞ」


「やってることはあまり変わらないんじゃないかい?」


「ま、まあこの場においては有効だよ」


 こそこそする必要が無くなった途端、その爆音の如き大声で自分達の存在を知らしめようとするオンラードさんにルーザは呆れ顔。

 でも、流石はオンラードさんの大声だ。至近距離で浴びせられると鼓膜が破れるんじゃないかと思うくらいのボリュームは、この広い闘技場でもよく響き渡った。それによって今まで3人の大精霊に向けられていたオーナーとガーディアンの意識が、一気にオンラードさんの方へと向く。


「な、な……な! 近衛、騎士だとぉ……! どこから、いやいつから潜り込んでいた⁉︎ 受付は何をやっておったんだ!」


「ほう。いつから、と? おめでたいものだね。我らは管理者、ありとあらゆる場所に目を向けているのは当然だろう。方法はどうあれ、ここにはずっと注意を向けていた。機会に恵まれずにいたために、今まで締め上げられなかっただけのこと。たかが壁の隅の一角を牛耳った程度で、偉くなったつもりか? 豚め」


 怒りで全身をワナワナと震えさせるオーナーに、レクトさんの嫌味たっぷりな言葉が炸裂する。まさかオーナーも、レクトさん達がここまで来れたのは皇帝であるアレウス本人がカジノに来ていて、しかもついさっきまで観戦を楽しんでいたことが原因だとは夢にも思わないだろう。

 そしてレクトさん達がここに来ていること……(すなわ)ち、帝国がカジノの取り締まりに乗り出しているという事実は、周りの観客達にも相応の衝撃を与えたようだった。


「皇帝が取り締まりに来てるのか……?」


「よ、良かった。これで助かるぞ!」


 近衛騎士が来ているということが、この状況から脱せるという安心感をもたらしたのだろう。観客達が口々に安堵感から言葉を漏らしている。

 観客達もかなり落ち着きを取り戻し、こちらとしても味方が増えたことで避難もさらにスムーズに行えるようになる。喜ばしいことばかり、の筈なんだけど。


「皇帝が取り締まりに来てる、ってことでもう自分達が大丈夫だって思えるってことは、それだけ皇帝であるアレウスを信頼してるのよね……」


「パレードの盛り上がり具合からなんとなくわかってたことだけどよ、それだけ皇帝が民から支持されてるっつーことなんだろうな」


「……っ」


 そんな周りの空気とは相反して、アレウスは悔しそうな表情を浮かべて俯いていた。それは恐らく観客達が、民が皇帝がいるなら絶対助かると信じて疑っていないことに対して申し訳なく思っているからだろう。皇帝である自分が前に出なくてはいけないのに、まだ何もできていないのに……と。

 ……私はふと、繋いでいた手に力を込めることでアレウスの気持ちが落ち込んでいくのを阻止した。それに気付き、ハッとして私の顔を見上げてくるアレウスに微笑んで見せる。

 大丈夫、焦らないで、と。それが伝わったらしい、アレウスはうなずいてからフィールドへと意識を向ける。


「これより避難誘導は我々が責任を持って行う! どうか安心されよ‼︎」


「この流水の魔法を展開しているのはニニアン殿かな。私が合図をした後に、この魔法を解除していただけるだろうか」


「えっ。で、でもでも、まだ残っている方達が……!」


 レクトさんの言葉にニニアンさんは避難が完了してからでないと危ないのではと慌てふためく。そんなニニアンさんに、レクトさんは当たり前のように「ご心配なく」と返した。


「この建物の周囲に結界を張っているのでね。それを展開しているのは帝国でも選りすぐりの術者達だ。無論、貴女より実力、術の精度は劣るが頭数では勝る。それに、この怪物どもは数だけは馬鹿に多いが、単体であれば然程脅威ではないと見える。誇り高き帝国の兵士ならばこんな雑魚、敵ではない。そうだろう?」


「はっ。もちろんでございます!」


 周囲を見渡しながらレクトさんがそう問いかけると、この場にいる兵士達は即座に口を揃えてそう答える。一人一人は分散して距離も離れているというのに、まるで仕組んでいたかのような反応速度と、言葉の揃い具合。レクトさんはそれに満足そうにうなずくと、正面に向き直った。


「この通り、兵士は民達の身に傷一つ付けない所存だ。どうか安心していただけないかな」


「は……はい! そういうことでしたら」


「それと、皆様もこちらに。兵士達は避難に専念させるが故に、怪物の撃退に当たる人数が少々心許なくてね。戦力は多いに越したことはない。お力添え願いたいのだが」


「……っ。もちろんです!」


 敵は『滅び』だ。断る理由なんてない。私達はすぐさまうなずいて、急いでレクトさん達の元へと向かう。そして予定通りレクトさんの合図でニニアンさんが魔法を解除した瞬間に、全員でフィールドへと乗り込んだ。


「やーれやれ、やっと合流か。羽虫の駆除もいい加減飽きたっての」


 私達がフィールドに入ってくると、迫ってきていたガーディアンを弾きつつオスクは振り返った。その直後に、パチンと指を鳴らして今まで顕現させていた後ろ髪を消失させる。それを見たヘリオスさんは目を少々見開いた。


「む。髪が消えてしまったぞ。やはり本物ではなかったのか」


「常時出してない理由考えろよ。人手がやっと増えてくれたんだぞ? それなのにあんな雑魚相手にいつまでも全力出してられるか、疲れる」


「遅くなって申し訳ない。外に出た民達の安全確保もしなければならなかったのでね」


「レクト。みんな、無事だよね? ケガしてるヒト、いないよね?」


「無論だ。皆様が尽力されたおかげで、全員ピンピンしている。こちらとしても余計な手間が省けた故、入り混じっていた低俗どもを縛り上げる余裕をいただけたよ。皆様にもお見せしたいものであったなぁ……助けが来たと安堵していたところに、手錠をかけた時の絶望への転落具合はまさに噴飯ものだった」


「……あんた、ホントいい性格してるよな」


「おや、人聞きの悪い。寧ろ愚物どもには感謝してもらいたいのだがね。串刺しにされそうになっていたところを、帝国自慢の安心安全な鉄製の豚箱に放り込んで全身全霊で守ってやるのだから」


 これからの取調べが実に楽しみだ、なんてくつくつと喉を鳴らして妖しく笑うレクトさんに、私達は苦笑い。

 主君であるアレウスにでさえ容赦のないレクトさんのことだ。きっとこの場が片付いたら、さっき捕まえたらしい容疑者達を文字通り搾りに搾り上げるつもりなのだろう。無いとは思うけど……レクトさんにそっち方面でお世話にはなりたくないものだ。


「ぐぬぬぬ……皇帝がなんだ、近衛騎士がなんだ! 集まったのなら好都合、ここで貴様ら全員まとめて叩きのめしてやる!」


「ハン。できるものならやってみろよ。いい加減、テメェの横暴さにも辟易(へきえき)してたとこだ。ガーディアンどもをねじ伏せた後にそのだらしねぇ腹とムカつく面、ぶん殴ってやるから覚悟しろ!」


「お金があるだけでなんでも思い通りになると思わないで。それを今から身をもって思い知らせてあげる!」


 ルーザと私でそう啖呵(たんか)を切ると、私達は一切にそれぞれの武器を地団駄を踏んでいるオーナーに向かって突き付ける。アレウスも、得体の知れない敵と対峙することへの恐怖からだろうか……小刻みに身体を震えさせながらも、背負っている剣の柄を静かに、それでも精一杯握りしめていた。

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