第221話 蠢く暗雲(3)
「『カオスレクイエム』!」
「『イフェスティオ』!」
再び群れを成していた鳥型のガーディアンを、オスクとヘリオスさんはそれぞれ闇と炎を纏った刃で次々と切り裂いていく。元凶である結晶が小さいのもあるのだろう、ガーディアンは数こそ多いけれど一匹ごとの強さはそれほどでもないようで、攻撃が一回当たっただけで呆気なく消滅していった。
だけど、倒してもすぐに空いた隙間を補充するかのように新しい個体が生み出されて元通りになってしまった。ガーディアンがそんなに強くないためか、生み出すのに消費するエネルギーも微量で量産するのは造作もないようだ。
「ううむ、これでは埒が明かん。時間をかければ周囲にも被害が及ぶ故、一掃するべきだろうが……俺だけでは力不足だな」
「ふーん。じゃあどうすんの?」
「知れたことだ。オスク殿、合わせられるか⁉︎」
「誰にモノ言ってる」
並んで立ちながら、オスクとヘリオスさんは武器を構え直す。またしてもその周囲を取り囲んでいたおびただしい数のガーディアンを2人は鋭く睨みつけた。
「『エリュトロン』!」
先に動いたのはヘリオスさんだった。自分の周囲に散らした炎から赤い光線を次々と放つ。だけど、その攻撃は敵を狙ったものではなかったようで、光線はガーディアンの間をすり抜けていった。
「ガハハハ! とうとう怖気付いたか、腰抜けめ! そのままそこの黒いのと共に沈んでしまえぃ!」
「さあどうだか。『カオス・アポカリプス』!」
それを見たオーナーが愉快そうに高笑いするのを他所に、オスクは光線が飛んでいった先へすかさず闇の障壁を生み出す。さらにその表面に『ゲート』の魔法陣が浮かび上がり、光線はその中へと吸い込まれていく。
そして次の瞬間……天井によって落ちていた観客席の壁から、いくつもの同じ魔法陣が出現した。
「寝首掻こうとしてくれちゃったんだ。自分こそ前方だけでなく後方にも注意、ってな!」
闇を取り払った時と同じく、またしても指を鳴らすオスク。途端に周囲の魔法陣がカッと強く輝き始め、そこからさっき吸い込まれた光線が飛び出してくる。
攻撃が外れたと思っていたこと、背後からの不意打ちというのもあって、ガーディアン達は光線が現れたことに気づく暇もなく全て撃ち落とされていった。さらについでとばかりに、オーナーの背後にも魔法陣が現れて。
「げうっ⁉︎」
後頭部に光線が直撃し、その拍子に握り締めていた結晶がその手からポロリと落ちた。そのままフィールドまで転がっていき、丁度オスクの足元で止まったそれは天誅が下されるが如く浄化の力を纏った大剣を突き立てられ、真っ二つに叩き割られた。
「うぐぅ……き、貴様ぁ……!」
「沈めるどころか、自分が地に伏せちゃったなぁ? さて、どう料理してやろうか」
「舐めるなぁ! まだ終わった訳ではない!」
やられたばかりだというのに、オーナーはこれっぽっちもへこたれていなかった。懐から別の結晶を取り出してから頭上に掲げ、またしても大量のガーディアンを生み出す。
複数所持していたなんて……結晶が小さいのは、元が大きかったものを砕いて携帯しやすくしていただけだったのだろうか。
「なんと、仕切り直しか。いやはや、相手が災いでなければ実に腕が鳴る状況なのだがなぁ」
「モテモテだな、ヒーローサマは。宣戦布告がてらサインでも書いてやったら?」
「焦げ跡でか? 生憎俺にそのような器用な真似はできんぞ」
「インクならあるじゃん。適当に攻撃くらってみろよ。『生』も享受できて一石二鳥だ」
「ははははは! そういう意味だったか。しかし俺にそのような趣味はないのでな、遠慮させてもらおう!」
まだ気を抜けない状況なのは変わらないのに、2人を包む空気は重みを全く感じさせないもので。そんな軽口を叩き合いながら、オスクとヘリオスさんは一緒になってガーディアン達を蹴散らしていく。
オスクが面倒くさいからと手合わせしたこともなかった2人は、共闘だって経験がない筈なのに。それを全く感じさせないほど、2人の大精霊は絶妙なコンビネーションでガーディアンを消し去っていった。
お互いが相手の手が届かないところを補い合い、激しい攻撃を繰り出しても一切ぶつかる気配もないそれは、まるで踊っているかのように見事な戦いぶりだった。
「────って、感心してる場合じゃない! 早く観客達を外に逃がさないと!」
「あっ、そ、そうだよね!」
思わず見入ってしまっていたけれど、不意に我に返って声を上げる。みんなも、それを聞いて弾かれたようにうなずいた。
何せ『滅び』は世界の敵だ。妖精、精霊、魔物、妖……機械すらも標的にする。どんな存在であろうが関係ない。どこまでも無慈悲に、理不尽なまでに魔の手を伸ばし牙を剥く。
派手な立ち回りは陽動の意味もあったのだろう、今はまだオスクとヘリオスさんに注意が向けられているけど、それがいつ周りに向けられるか。その証拠に、少数ではあるけれど数体のガーディアンが状況を呑み込みきれずに恐れ慄いている観客達へ視線を向け始めている。
オーナーも力を手に入れて大勢を従わせてきたことで付け上がっているのだろう。実際は『滅び』に良いように利用されているに過ぎないことを全くわかっていないようだった。
……そして嫌な予感は的中。さっきから観客達に視線を向けていたガーディアン達が、とうとう観客に狙いを定めて突っ込んできた。
「『セインレイ』!」
「『エルフレイム』!」
「『千氷針』!」
それを見て私は咄嗟に光弾を放ち、イアも火炎を、フユキもつららを飛ばして観客を襲おうとしていたガーディアンを撃ち落とす。
念の為にと、武器をいつでも抜けるようにしておいて良かった。単体ならこのガーディアンはそんなに脅威じゃないけど、問題は……
「うわあっ⁉︎ こっちに来るな!」
「たっ、助けてくれー!」
「……っ! しまった!」
あちこちから悲鳴が上がり始める。ガーディアン達が本格的に観客達を標的と定めたようだった。近くにいる個体なら私達が対処できるけど、手が届かない場所……向かい側の席ともなれば遠過ぎて魔法でも射程外だ。
たちまち大混乱に陥った観客達は誰もが我先にと逃げ出そうとするものだから、誰かを突き飛ばそうが割り込もうがお構いなし。当然、通路や出入り口には妖精と精霊が密集し、まともに通行すらできなくなってしまう。そうなれば避難もできなくなることにも繋がり……負の連鎖だ。
「ど、どうしよう。これじゃあ戦うどころじゃないよ!」
「なんとかこいつらを落ち着かせないと被害も余計に広がるぞ。どうすんだ⁉︎」
「そう言われても……!」
ルーザの言うことは最もだけど、手立てが思い付かない。観客達はパニックになってしまって、私達が声を張り上げたところで悲鳴に掻き消されてしまう。実際に、今も実況担当が観客達に向けて慌てずに避難するよう呼びかけてくれているけど、まるで効果がなし。
拡声の魔法具を使ってもこれなのに、一体どうすれば……!
「────『リーウス・パリエース』!」
……頭を悩ませていたその時、辺りに澄んだ声が響き渡った。
その瞬間、観客席とフィールドの間に流水の壁が突如出現する。ハッとして上を見上げて見れば、いつの間にか私達から離れていたニニアンさんがフィールドの上空で浮遊していた。
「……みなさん、どうか落ち着いてください。この怪物は私が食い止めます。慌てずに、この建物内から退避をお願いします」
標的との間に流水の壁に隔てられたことで、ガーディアン達の動きが止まった。壁を無視して突っ込もうとしてくる個体もいたけれど、壁に触れた途端に全身が水の球に包まれ、やがて水の球が弾ける衝撃と共に消滅していった。
驚きで固まる観客達を前に、ニニアンさんはさらに続ける。
「私は水の大精霊・ニニアン。みなさんのことは、私が全身全霊をもって守ると誓います。大精霊の誇りにかけて、みなさんには指一本触れさせません」
『……っ、み、皆様。最寄りの出入り口よりご退場くださいませ。慌てず、順番にお進みいただき、直ちに闘技場から離れてください』
ニニアンさんの言葉を受け、実況担当も避難を促してくれていた。一時的とはいえ敵の脅威が無くなったこと、そして何より大精霊が自分達を守ってくれているという事実が安心感をもたらしたようで、観客達は列を作って近くの出入り口から外を目指していった。
普段はオドオドしてばかりだけど……ニニアンさんもやはり大精霊という肩書きに恥じぬ実力と覚悟を持っているのだと思わせる姿が、そこにはあった。
「……アレウス、レクトさん達を呼んで。向こうがこんな強硬手段に出てきた今、こっちもなりふり構っていられないから」
「う、うん!」
「レクト殿達と合流して協力を得るのはいいけど、それまで俺達はどうしようか」
「まずは避難の手伝いをするべきじゃないかい? 大分落ち着きを取り戻したとはいえ、この人数だ。列が少しでも乱れたら大きく崩れちゃうよ。それに、避難が終わってニニアンさんが魔法を解いた瞬間も注意しておかないと」
「いつでも迎撃できるよう構えておいた方が良さそうですね。今は一刻も早く、避難を完了させませんと。行きましょう!」
フリードの言葉に全員が大きくうなずき、それを合図に私達は駆け出した。
まだ大精霊達に及ばなくとも、自分達にもできることはある。私達は私達でやるべきことを果たそう……そんな覚悟を胸に秘めながら。




