第221話 蠢く暗雲(2)
「えっ」
……今まさに刃が交わろうとした瞬間、何かがヒュッと空気を裂く。しかもそれが飛んできたのは、2人がいる場所とは全く関係ない方向からで。その出どころである影は2人の背後から襲いかかろうと猛スピードで迫っていく。
攻撃することに集中しきっている2人。そのままその影にやられてしまうと思ったその瞬間────互いを見据えた目線は、相手を切り伏せようと迫っていた2つの刃は一瞬にしてその影へと向けられ、
「そらっ!」
「はあっ!」
目にも留まらぬ速さでオスクはヘリオスさんの、ヘリオスさんはオスクの背後にいた影を切り捨てた。
「な、なになにっ⁉︎ 何が起こったの?」
「わかりません……急に何かが乱入してきて!」
突然のことに状況を理解しきれず、みんなも慌てふためいている。闘技場内がオスクの魔法によって暗闇に閉ざされていたこともあって、2人に襲いかかってきた存在を視界に捉えきれていなかったのがそれを余計に助長していた。フユキの肩の上であたふたしているアレウスを、隣にいるフリードが必死になだめていた。
それは周りの観客達も同じ。明らかに試合とは関係のないことが発生したという事実に混乱しているようだった。
「ハッ、やってる最中に仕掛けてきたか。想像していた通りすぎて笑えてくる」
「ははは! まさに君が言っていたことがそのまま起こったな!」
「笑ってる暇があるなら手動かせ、手。次がもうお見えだぞ」
「おっとすまない。向かってくるならばこちらも丁重にもてなせばな!」
会場中が戸惑う中、フィールドにいる大精霊2人はこうなることが最初からわかっていたようで、私達とは対照的に至って冷静だった。さっきまで激しい戦いを繰り広げていたにもかかわらず、もう終いだと言わんばかりに素早く切り替えて、互いの背を庇い合うようにして立つ。
それからオスクが指をパチンと鳴らすと、辺りを包んでいた暗闇が一瞬にして消え去る。それによって再び2人に迫ってきていた影の正体が、今度こそ私達の目にもはっきりと見えるようになった。
「な、何よあれ⁉︎ 黒い……鳥?」
「……ただの鳥じゃない。気配は弱いけど、あれは……!」
「間違いない。あの鳥、ガーディアンだ!」
視界を制限していた暗闇が取り払われ、姿をこの目で追えるようになったことでその正体もようやく掴むことができた。全身が影に覆われたように真っ黒で、生気を感じさせない目だけが赤くギラついているその姿……今まで対峙してきた個体と比べるとサイズこそ小さく、それ故に身体から発せられる気配も微弱なものだったけれど、それでも隠しきれない禍々しさは間違いなく『滅び』のものだった。
鳥のような姿をしたそれはどこから入り込んできたのか、一羽、また一羽と数を増やしてあっという間に数十という群れを成し、フィールド中央のオスクとヘリオスさんを取り囲む。そしてガーディアン達は風切羽が結晶と化している翼を畳み、一切に2人へと真っ直ぐ突っ込んでいった。
「『ブラッドアビス』!」
「『エリュトロン』!」
けれど2人の懐に入る前に、ガーディアン達はオスクが放った赤黒い閃光とヘリオスさんが撃ち出した赤い光線によって一羽残らず撃ち落とされた。撃ち漏らした個体がいても、斬撃によってもれなく倒される。
この異常事態に慌てることも、疑問に思う素振りも一切見せずに応戦している2人の大精霊。オスクとヘリオスさんはさっきの会話からして『滅び』が潜んでいたことも、こうして決勝戦の途中で襲われることも、全て想定していたようだけど……。
「おいオスク! これ一体どういうことだ!」
「どういうことも何も、目の前に答え出てるじゃん。目立つ被害が出てなかっただけで、やっぱり潜んでたってな。んで、その出どころが……」
「認めん……認めんぞぉ……!」
オスクがルーザから投げられた疑問に答えようとした矢先、恨みがましい声が聞こえてくる。ハッとしてその声が飛んできた方向へと目をやってみると……そこはあの玉座のような椅子が設置されている席だった。その奥には、いつの間にか戻ってきていたオーナーの姿もあって。
「貴様らのような金の価値もわからん戯け者どもに、これ以上俺様の大事な大事な金を渡してたまるものかぁ……! 俺様の庭で、俺様の思い通りに動かん駒など存在してはならぬのだ! かくなる上はここで貴様ら2人まとめて葬ってくれる! ゆけぇい!」
そう一気にまくしたてたかと思えば、オーナーは突如腕を高々と掲げた。その手には、今まで見てきたものに比べて大分小ぶりではあるけれど、あの黒い結晶が握られていた。
そんなオーナーの命令を受けてか、結晶からぶわりと禍々しい力が溢れ出し、次々と鳥型のガーディアンが生み出される。ガーディアン達はすぐにオスクとヘリオスさんに狙いを定め、再び襲いかかっていく。
「お、おい! アイツあんながっつり結晶触ってんのになんでおかしくなってねーんだ⁉︎」
「あのオーナーの目的が『滅び』とたまたま一致してるから、なのかな。……元々おかしいからという可能性も捨てきれないけど」
「ま、これでわかったっしょ? 経緯は知らないし、この際どうでもいいけど、アイツは『滅び』と結託してたってわけ。こうして僕らみたく気に入らないヤツにはガーディアンけしかけたり、力で脅して従わせてたっぽくてさ。金に目が眩んで割と従順にしてたヤツは、力を増強させる代わりに精神侵して文字通り操り人形にしてたみたいだけど」
「それがアイツが差し向けてきた刺客の正体か……」
襲ってくるガーディアン達をヘリオスさんと2人で退けながら、今度こそオスクはこうなった原因を説明して、ルーザも納得したようにうなずいた。
オーナーからの刺客と思われる選手というと、ヘリオスさんの一回戦の時や、準決勝での対戦相手だ。いずれの選手も負かすことを優先しているように感じたけど……それも『滅び』にそれだけしか考えられないようにされていたのなら説明がつく。
逆に、準々決勝で当たった青年妖精と少女精霊はお金に釣られることがない強い意志を持っていたために、おかしくなっている様子も見られなかったのだろう。それでも、負けたら二度とここに来れないようにしてやると脅されてた可能性も無いとは言い切れないけど。
「うむ。気配は感じていたのだが、大元があのように小さい上に、戦士達に憑いていたものもそれ故に微弱すぎてな。なんとか表に引きずり出せないかと頭を悩ませていたが、オスク殿のおかげで今それがようやく叶ったというわけだ!」
「よく言うよ。お前が目的忘れて遊んでるからだろうが。もっと早くにあの成金髭面デブに直接殴り込んでれば、こんな大事にならずに済んだってのにさ。このウスノロめ」
「ははははは! 返す言葉もない!」
なんて、ジロリと睨みながら対応が遅いことを罵るオスク。ヘリオスさんは言葉こそすまなさそうにしているものの、相変わらず笑いながらという反省しているかしてないのか微妙な態度だったものだから、怒ったオスクに脳天を大剣の柄で思いっきり引っ叩かれてしまっていた。
そしてヘリオスさんが頭を抱えて痛みに悶えている最中、オスクはオーナーにニヤッと笑って見せる。
「それで、声と図体がでかいだけの自分からは動こうともしない小心者を吊し上げるにはどうしたらいいか考えた結果、暗がりの中ならこっちも見えづらいからなんて油断するんじゃないかと思ってさ。こうして見事に引っかかってくれたってわけだ」
「き、貴様ァ……最初からそのつもりでか!」
「いやぁ、こうもあっさり釣られてくれて笑えるったらなんの。中身の詰まってない残念なオツムを掌で躍らせる仕事ほど、楽で楽しいものはないね」
オスクのそんな嫌味たっぷりな言葉に、オーナーの顔が怒りでみるみる内に真っ赤に染まっていく。手と一緒に脂身の詰まった膨れたお腹をぶるぶると震わせながら、手にした黒い結晶をフィールドにいる2人へと突き付ける。
「もう容赦せんぞぉ……! 貴様らをここで思う存分に踏み躙って愚かな客どもへの見せしめにしてくれる!」
「ハン。自分じゃ何も出来やしない癖に、その虚勢がいつまで持つか疑問だなぁ?」
「う、うむ。ようやく掴んだ尻尾、我らは決して放しはせんぞ!」
いくらオーナーが脅そうとも、オスクとヘリオスさんは余裕そうな態度を崩さなかった。そうしてようやく痛みが引いてきたらしく立ち上がったヘリオスさんと共に、オスクは地面を蹴って飛び上がった。




