第220話 闇に揺らめく炎(3)
「待ち侘びた強者との戦いには全身全霊を持って挑むのが筋というもの! 最初から全力で掛からせてもらうぞ!」
そう意気込みながら、ヘリオスさんは手にした斧を高々と掲げる。途端に、その身を包んでいた魔力が斧へと急速に集まっていき……やがて大きな火柱を上げたかと思えば、その刃が紅蓮の炎を纏う。
「『イフェスティオ』!」
そして高く飛び上がり、斧を突き出しながらオスクに向かってものすごい勢いで突撃していく。
この魔法は見覚えがあった。準々決勝で青年妖精相手に使ったものだ。火山弾のように相手に突っ込んでいくそれをまともに食らえば大きく吹っ飛ばされて、大ダメージは避けられない。正面から使われてもスピードが速いために見てから避けるのはかなり難しいけれど……オスクはフィールド外側のフェンスを駆け上ってから大きくバク転することで突っ込んできたヘリオスさんの上を飛び越えて、その背後に回り込む。
「『サモン・アビス』!」
着地の反動で動けないでいるところに、オスクは闇の塊をぶつける。けれど攻撃が当たりそうだというのに、ヘリオスさんの顔から余裕そうな笑みが消えることはなく。ぐるんと素早く振り向いて、
「『アルマ・フロガ』!」
一瞬の内に炎の鎧を形成してオスクが放った闇を打ち消した。オスクはそのことに顔をしかめつつ、後ろに飛び退いて鎧が爆ぜる衝撃から逃れる。
「ふむ、君相手だとやはり正面からの安直な攻撃では当たらんな。しかし、一筋縄ではいかないからこそさらに闘志に火がつくというものだ!」
「ハッ、誰がそう簡単に当たってやると思うのさ。お前の前でそんな醜態晒すとか屈辱以外の何物でもないんだ、あっさり勝利を受け渡してやると思うなよ」
「ははははは! やっと俺の念願が叶ったのだ。寧ろそうでなくては困る!」
今のところお互いに攻撃が当たっていない状況でも、ヘリオスさんは笑みを絶やさない。そんなヘリオスさんに、オスクも負けじとニヤッと怪しく口角を釣り上げて、指をクイと曲げて挑発して見せる。
ヘリオスさんはそれに敢えて乗ることにしたらしい。斧を振り上げると、それによって自分の周囲に散らばっていた火花が膨らみ始め、やがて無数の火の玉となっていく。そこからヘリオスさんが斧をオスクに向かって突きつけると同時に、その一つ一つがカッと強く輝きだす。
「いくぞ、『エリュトロン』!」
そこから放たれたのは、赤い光線。大量の火の玉から撃ち出されるそれは、ヘリオスさんが斧を振るったのを合図に一斉にオスクへと襲いかかった。
最初の2、3発こそ軽く避けられたけれど、当然それだけで終わるわけがない。避けた直後を狙うようにして、次々と光線がオスクに向かってくる。
「チッ」
オスクは舌打ちしながら、光線をひらりひらりとかわしていく。けれど全力で掛かるという言葉通り、ヘリオスさんは容赦なく光線を雨のように浴びせてくる。
それを見てオスクもただ右、左と立ち位置を変える程度じゃ埒が明かないと判断したのだろう。目の前に迫っていた光線を前転することで回避すると、ヘリオスさんがいる場所とは反対方向へ走り出す。
「逃がさん!」
これで済まさないとばかりに、ヘリオスさんは攻撃の手を強める。オスクは休む間もなく放たれる光線を、フェンスの側面を伝ったり、周囲に掲げられている旗飾りの上に乗ったり、あちこちに設置されている照明を踏み台にして飛び上がったりと、ありとあらゆるものを利用して闘技場全体を縦横無尽に駆け回る。
ヘリオスさんもこのままでは当たらないと思ったようだ。光線を放つ方向を一点に絞るのではなく、多方向へと切り替える。たちまちオスクを囲うようにして形成される、光線の檻。退路を絶たれ、このまま攻撃が当たってしまうかのように思えたけど……
「『カオス・アポカリプス』!」
オスクも、黙ってやられるわけがなかった。不意に着地したかと思えば、自分の周囲を闇で覆い、包み込む。そのまま防御するのかと思いきや、その表面に突如として『ゲート』の魔法陣が浮かび上がった。オスクに当たるはずだった光線はその中へと真っ直ぐ吸い込まれていき、次の瞬間ヘリオスさんの足元にも同じ魔法陣が出現する。
「むっ!」
そこから、さっき吸い込まれた光線が飛び出してきた。突然だった上に、まさかそんな方法で反撃してきたことに流石のヘリオスさんも驚きを隠せないでいたけれど、それも一瞬。すぐさま飛び退いて難を逃れる。
でもさっきから攻撃されっぱなしだったオスクがこれで許す筈がなく。オスクは闇の中から出てきてすぐ、ヘリオスさんに向かって手をかざす。すると今までヘリオスさんがいた場所に落ちていた影からボコリと闇が膨張し、膨れ上がった。そして、
「『ホロウエッジ』!」
闇は巨大な大剣の刃の形を成して、ヘリオスさんに迫る。まともに食らえばただでは済まないというのに、ヘリオスさんは逃げる素振りを見せない。斧を握り直し、そのまま大きく振りかぶって。
「はあっ!」
全力で振り下ろし、飛び出してきた刃を斧で受け止めた。刃の大きさもあって、受け止めることすら容易いことではないだろうに、ヘリオスさんはそれを難なくやってのけてしまった。しばらく受け止めた体勢のまま踏ん張っていたヘリオスさんだけど、やがて刃を弾き返してオスクの魔法を完全に相殺してしまう。
魔法も使わずに塞がれたことは流石のオスクも想定していなかったのだろう。つまらなそうにため息をついて、さっき闇の中に投げ入れたであろう大剣を自分の影から引き抜いた。
「す、すげぇ……あれ腕力だけで受け切っちまうのかよ」
「オスクさんも、動きが読めないわね。あれだけ激しい攻撃だったのに、一度も掠りもしてないなんて」
流石は大精霊といったところか。実力はほぼ互角で、両者共に一歩も譲らない。観客達も、今まで2人が全く見せることのなかった本気の片鱗を目の当たりにしたことで、最初こそ盛り上がっていたけれど今ではすっかりそれが収まって、試合に見入っているようだった。
それはアレウスも同様だった。フユキの肩の上で一瞬たりとも見逃せないといった様子で、真剣な表情で試合に集中している。勉強のためにどの試合もずっと目を離さずにいたけれど、この試合はさらに食い入るようにして2人の動向を見つめていた。
「なんと、まさかあのような手法で反撃されるとはな。実力はもちろんだが、その機転と発想の柔軟さ。そんな素晴らしい腕を持つ君と手合わせできたこと、至極幸福に思う!」
「そりゃどーも。戦法については双子の姉の方を参考にしたけどね。いっつも突拍子もないこと思いつくんだ、あいつ」
ヘリオスさんにそう返しながら、チラリと私の方へと視線を向けてくるオスク。
突然そんなことを言われたのはちょっとびっくりしたものの、オスクが評価してくれたことは素直に嬉しかった。
「それはそれは。今回は叶わなかったが、いつか彼女らとも手合わせしてみたいものだ。だが、今は君との試合に集中しなければなるまい!」
ゴウ、と音を立てて、さっきよりも激しい炎を纏うヘリオスさん。今までのはまだまだ序の口と言わんばかりに、彼の力はさらに増していた。
ヘリオスさんが本気になってきている……それは正面に立つオスクもひしひしと感じたようで、大剣を持ち直して身構える。そして炎が限界まで強まった瞬間、ヘリオスさんは力強く斧を振り上げる。
「『メテオリティス』!」
それをフィールドへと思い切り叩きつけ、オスクの目の前に巨大な火柱を発生させた。
炎が噴き上がる度に、フィールドの表面を削る程の力。オスクは咄嗟に後方へ飛び退いたけれど、それだと不十分だと判断したのか火柱との間に闇を生み出し、集めていく。
「……のっ、『カオス・アポカリプス』!」
それで障壁を作り出して攻撃から身を守るものの、即席だったせいか正面の炎を防ぐので手一杯だったらしい。火柱の勢いによって砕かれたフィールドの破片の一つがオスクの頬を掠め、つう……と赤い線が走る。
「だが、君はまだ全力を見せていないな。これは頂点を決める試合、全てを出し切らなければ意味がない。出し惜しみなど無用、持ち得る力全てを俺にぶつけてほしい!」
「……あっそ。んじゃ遠慮なく……!」
そう言われて、ニヤリと怪しい笑みを深めるオスク。その瞬間、ぶわりとオスクから闇が吹き上がり、全身がそれに包まれる。そして闇が晴れた時、オスクの背後にはさっきまで無かったものが現れていた。
15年前、逃亡の末に捨てていた筈の────足元まで届くほどの長い後ろ髪を。




