第220話 闇に揺らめく炎(1)
続く準決勝はというと、ヘリオスさん、オスク共に対戦相手は恐らくオーナーから差し向けられたであろう刺客だったのだけど、やはり大精霊には足元にも及ばず。2人揃って対戦相手を余裕で退け、あっという間に決勝への出場権を獲得した。
大方の予想通り、頂点をかけてぶつかることになった2人の大精霊。観客達は2人の正体を知らなくても、その強さは今までの試合で散々見せつけられている。どちらが勝ってもおかしくない戦いに、観客達も早く試合が見たいとそわそわしていた。そんな闘技場の熱気が外にも伝わったのか、最初よりも観戦に来ている人数が増えているように感じるのもきっと気のせいじゃない。
そして今は、決勝戦へ向けてのフィールド調整のために二度目の休憩時間に入ったところだ。大勢の観客が次の勝敗予想に盛り上がっている中で、私達はその場に座り込んで立ちっぱなしで疲れた足を休ませていた。
「アレウス、喉渇いてない? 水なら用意してあるよ」
「うん、飲む! ありがとう、ルージュさん」
「しかし、想定通りの対戦カードになったな」
コップに注いだ水をアレウスに手渡している横で、ルーザがふとそう呟いた。
言葉にはしていないにしても、それはここにいるみんなも思ったことだろう。この闘技場で無敵とまで言われているヘリオスさんはもちろんだけど、オスクも全ての試合で苦戦するどころか、攻撃を一度も届かせていなかった。流石は数百年という途方もない歳月を生きた大精霊というべきか。2人とも、他の出場者とは格が違った。
「オスクさんもここまで全然余裕だったみてーだけど、ヘリオスさんも本気出すまではいってねぇよな。ヘリオスさんが魔法使うとこ、準々決勝での2回と準決勝での1回見た限りだぜ?」
「ヘリオスさんの手の内はまだわからないことが多いね。それに、オスクさんって力を半分手放しているって話じゃなかったかい? そんな状態で大丈夫かな……」
「あ……あの髪、やっぱり大事な理由があるんでしょうか」
ニニアンさんも、オスクが昔は長かったらしい髪をバッサリ切り落としていた理由について気になっていたらしい。15年もの間、行方をくらましていたかと思えば最近になって急に姿を現し、さらに足首まで届くほどに長い髪が短くなっていたのだから、気にしない方が無理な話だろう。
「ヘリオスさんもオスクさんと話してた時にそんなこと言ってたけど、オスクさんのかみの毛って何かヒミツがあるの?」
「うん。本人が話したがらないから、私もあんまり詳しいことは知らないけど、オスクは自分の髪を魔法の触媒に……魔法をより効率よく使うための手段にしていたみたいなの」
「闇属性の魔法は性質上、呪術寄りの呪文も少なくないんだ。あいつの場合、強力な魔法だとよりその傾向が強いからな。そういうものは自分の身体の一部を通した方が発動させやすい。それと、切ったら半分力を失ったくらいだし、身体に収まりきらない魔力を髪に溜めておく意味でも伸ばしていたのかもな」
「そんな大事なものを、どうして切っちゃったのかな?」
「今は持つべきじゃないから、って聞いてる。それ以上は何も話してくれなくて」
オスクが何を思って力を手放す選択をしたのか、それはまだわからない。追手から逃れた時に力を使い果たしたとしても時間をかければ回復したかもしれないのに。オスクはそれを待つことなく切り離すことを選んだようだった。
一度捨てることでやり直そうとしたのか、『支配者』から隠れるのに邪魔だったのか……何も、わからなかった。
「でも、魔力は半減しているっていっても、他はなんともないんじゃないかしら。身体能力というか、身体で覚えているものはそう簡単に抜けたりしないでしょうし。というか、今までの試合見てたらオスクさんが普段の戦いでは手加減していた、っていうのがよーくわかったわ……」
「そうですね。多分ですが、自分が前に出過ぎないことで僕達の成長を妨げないようにしてくれていたんでしょう。自分に頼りきりでは強くなれずに、いつか来たる決戦の日に何の抵抗もできないまま倒れ伏すことになってしまうから、と」
「なんかめんどくせーヤツから逃げて隠れてるってのに、世界のこと考えて、オレ達のこと守ってくれて、そんで大精霊様だから下の精霊達も引っ張らなきゃいけなくてってさ、ホントスゲーよ。やらなきゃいけないこといっぱいあんのに、全部当たり前みたいにこなしちまってる」
「うん。わたしだったら絶対押し潰されちゃってるよ」
みんなも、改めてオスクのすごさに感心しきっていた。役目という縛りを、それも何重にも受けながらオスクは苦しい顔一つせずに私達を先導してくれている。さらに私とルーザに対しては、記憶が抜かれる前からずっと私達2人を匿ってくれて。それが自分のやるべきことだからと、面倒くさいと言いつつも何一つ投げ出そうとはしなかった。
光の精霊との確執を無くすために大精霊の役割を授かるまでの道のりだって、決して平坦なものではなかっただろうに。
「オスクさんとティアさんが大精霊の役目を授かったのはお2人が100歳代の頃だったんですが、それはとんでもないことだったんです。大精霊になるには、最低でも250歳を超えてなければ不可能だと言われてたくらいでして。精霊は自分の力が強まる程、それに伴って寿命も伸びていきますが、素質が無いと先に消滅してしまう方も少なくないんです。大精霊の交代までに、お2人は私達と比べて残された時間も少なかったのに……本当に、血の滲むような努力をされたんだと思います」
「……そんな相手と、並び立てるくらいに強くならなきゃいけないんだよね、私達は」
「不安なのはわかるが、下向いてばっかでも仕方ないだろ。オレらはオレらが今、できることをするだけだ」
「……うん」
なんだかオスクの存在がますます遠のいてしまったような気がしてしまったけれど、ルーザの言う通りだからといって立ち止まっている暇はない。いつか『滅び』を完全に退けるために追いつかなければならないんだ、絶対に。
そして私達が強くなることで、オスクの肩にのしかかる重荷を少しでも軽くできればいいんだけど。虚無の世界のこともあるし、私にできることならなんでもやってあげたいな。
「オスク様の事情がどうあれ、オスク様も手の内の全てを晒した訳ではないだろうさ。俺達はただ真っ直ぐに彼の勝利を信じていようじゃないか」
「そうだね。オスクさんだって、自信がなくちゃこの場を引き受けなかっただろうし。仲間である僕達が一番応援しないと」
フユキとドラクがそう話し合っている間に、勝敗予想の受付終了間近のお知らせが響き渡る。席を外していた観客達も徐々に戻ってきていて、周りがざわざわと騒がしくなってきた。
「あ、もうすぐ始まるみたいね。そろそろあたし達も立ち上がらなくっちゃ」
「それじゃあ皇帝陛下、また俺の肩にどうぞ」
「うん! すごい戦いが見れそうで楽しみだなぁ」
期待に胸を膨らませながら、再びフユキの肩へとよじ登るアレウス。カーミラさんに言われた通り、私達も準備しなければと残っていた水をぐいっと飲み干した。




