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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第16章 追い求めた果てに─ Spirit Collapse ─
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第219話 深淵より来たる(3)

 

『────試合終了ーーー! オスク選手、余裕を見せつけつつ準決勝へと駒を進めました!』


 実況担当のその言葉を受けて、アリーナ内は観客達の興奮した声でいっぱいになる。

 あれから、数分と経たずに勝敗は決した。少女精霊は最初こそオスクの激しい攻撃を双剣と魔法を駆使して何発かは凌いでいたものの、蓄積されていた疲労とそれまでに受けていたダメージが重なり、やがて限界が訪れたようで。休む間もなく繰り出される刃の勢いに追いつけず、相殺し損ねた一撃をモロに食らったことで、その場に倒れ込んだ。


 結果こそオスクの勝利ではあるけど、大精霊相手にここまで善戦したんだ。彼女が強い戦士だというのは、私達の中でももう周知の事実となっていた。

 きっとそれはオスクも同じことだろう。口では小馬鹿にしていたけれど、新しい魔法を試す相手に選んだのがその何よりの証拠。アリーナ内の観戦にも、少女精霊の健闘を讃えるものが確かに存在していた。


「うう……あたしがまさか負けるどころか、まともに攻撃すらできないなんて……」


 少女精霊はフィールドに力無く大の字になりながらそう呟く。よっぽど悔しかったのか、その声は若干涙声になっていた。

 一回戦は余裕で勝ち上がっていたくらいだし、これ程までに完敗した経験はそうそう無かったのだろう。実力差を思い知らされて自分がコテンパンにされてしまった事実に、もう泣き出しそうになっている。


「やれやれ。いつまで地面と仲良くしている気なのさ。加減はしてやったんだから、立つくらいはできるっしょ?」


「なによ……こんな無様なあたしを笑いに来たの?」


 その様子が気になったのか、オスクは闇から引き上げた大剣を虚空に収めるとさっさと退場することなく、少女精霊に歩み寄る。下手な慰めはいらないと、そんなオスクを少女精霊は上半身だけ起こしてから潤んだ目でジロッと睨んだ。


「一体何者なのよ、あんた……。ダメージを与えるどころか、攻撃が届きもしないなんて。しかもさっきとは違って避けることはしてなかったのに。これじゃあまるで……」


「まったく。そこまで見ていて気付かないとか。そりゃ離れてた期間そこそこあるけどさ。でもまあ、ズタボロなことには間違いないにしても、この『異端者』に少々の本気出させるくらいまでは抵抗したんだ。そこは胸張ったら?」


「い、たんしゃ……って。え、あれ。オスクって。ま、まさかあんたは。いえ、あなた様は……⁉︎」


 もう気付かせてもいいと思ったのか、自分の正体を明かしにかかるオスク。最初の予想通り、オスクがまさか闇の大精霊本人だとは思っていなかったようだけど、こうして実力を見せつけられたことと、告げられた『異端者』という通り名に流石に彼女も答えに辿り着いたらしい。ぽかんとしてからハッとして、あわあわし始めたかと思えば、次の瞬間サッ……と青褪(あおざ)める。

 そしてその口から真実を漏らしそうになったその瞬間、そこにスッとオスクの人差し指が添えられた。


「おっとそこまで。お前はまだいいとしても、周りの有象無象にまで知られたくないんでね。その先は口に出さないでくれる?」


「あ、う。す、すみませ……」


「一気にしぼみすぎっしょ。まあいいけど。一つ、言っておくとすれば……見下されんのが腹立つのはわかる。それで馬鹿にしてくるヤツをコテンパンにしようって思うのはいいけど、あんまりキャンキャン噛みついてると余計に面倒を引き寄せるぞ? その手の輩ってそういう反応を楽しんでることが大半だから。今からでも肝に銘じておきなよ」


「はい……」


「世を渡るってのには嘘も必要なんだよ。お前は単体相手には大抵優位に立ち回れんだろうけど、多数にはそうもいかないじゃん。命手放したくないなら、屈辱でも危ない時はチビなのを有効活用してか弱いふりしてろ。それで多少は身が守れる」


「守る、ため」


「弱そうなやつでなきゃ助ける気だって起きないしな。そうしたらまあ……僕も優しくしてやらないでもない」


 ニッと挑発的な笑みと共に、告げられた意味ありげなその言葉。その瞬間、少女精霊はぼん、と音がしそうなくらいに一気に顔が赤くなってひっくり返る。それを見たみんなは「うわー……」と何か言いたげな顔をしていたけれど、私とアレウスは意味がわからず、首を傾げていた。


「……なーんてさ。いつまでもおねんねしてないで、さっさと帰ったら?」


 そこまで言うとオスクは少女精霊に背を向けて、今度こそ退場していった。……歓声の中に、「ヒューヒュー」なんて声が混ざっているのは気のせいかな?


「わ、わーお。オスクさんもなかなかやるというか、なんというか……」


「いや、無自覚だろ。そっち方面の鈍さはルージュと同レベルだからな。なんでオレの身内はこうも鈍感なんだか……」


「……なんだかよくわからないけど、ものすごく馬鹿にされた気がする」


「あ、あはは……。ええと、どうでしたか、アレウス君。今の試合、参考になりましたか?」


「うん、すっごく! 足を広げながらだったら、重い武器も使いやすいんだなってわかったよ。あと、身体も一緒に大きく動かせば武器にふり回されちゃうこともないんだなって。魔法も、武器をそのまま魔法に使ってもいいんだって、色々勉強になったよ!」


「ほほう。色々な視点で見れているとは感心だね。それを自分のやり方ではどう活かすか、それを考えながら次の試合は見てみたらどうかな」


「うん、強くなるためにがんばる!」


 フユキにそうアドバイスされて、アレウスはさらに技を盗もうと張り切っている。第一試合のヘリオスさんと、今の第三試合のオスク。間を置かずに大精霊達の格の違いを見せつけられて、その強さにすっかり魅せられているようだ。次はどんな戦いが見れるのかとわくわくしているアレウスに、私達はくすりと笑みをこぼす。

 残る試合もあと少し。出場者も、勝ち上がっただけあって実力者ばかりだ。私達もまだまだ一人前とは言い難いし、上手い立ち回りを吸収していかなければ。そう思いながら、次の第四試合が始まるのを静かに待っていた。




 フィールドを後にしてから、しばらくしない内に。控え室に戻ろうとしていたオスクは、またしても目の前に立つ存在があることに顔をしかめた。

 その人影は、先程の相手と同様にパチパチと拍手を送りながら歩み寄ってくる。しかし、そこにいたのは自分が見知った顔であった。


「準決勝進出、おめでとう。いやはや、実に見事な試合運びだった。流石は英雄とも称されるオスク殿だな!」


「うっさい。邪魔」


「まあ、そう言わず。ここならば誰もいない。大精霊同士、これからのことを考えて少しでも言葉を交わしておこうではないか」


「お前みたいな戦闘狂なんかと仲良くなんてなりたくないんだけど」


 オスクに話しかけてきた相手……ヘリオスはどれだけオスクが嫌な顔をしようが、お構いなしにずずいと距離を詰めてきた。そんなヘリオスにオスクはうんざりといった顔をして、彼が近づこうとする度に一歩、二歩と逆に後退して懐にまで入らせないようにする。


「しかし、君が出場するとは思ってもみなかった。いや、俺としては君と勝負できる機会にようやく恵まれて、嬉しい限りなのだがな!」


「だったらもうちょっと場所選べ。こんな薄汚いところに誘い込もうとか、目的しか見てないにも程がある。ここに来るまでもかなりの手間あったし……お前、それをわかってて条件として課しただろ」


「ははは! 目的に向かってどのような過程を踏むかを選ぶのも達成するために重要なことだ。何より、退屈はしなかっただろう?」


「こんの腹黒が……」


 笑うヘリオスに、オスクは悪態をつきながら舌打ち。やっぱり仲良くなんてできそうにないと、げんなりした表情を浮かべながらその顔をぷいっと背けた。

 それでもこの場を去ろうとしないのは、ヘリオスがただ雑談したいがために声を掛けてきたわけではないことをオスクはわかっていたからだった。用があるならさっさと済ませろと、つま先で地面をつついて急かす。


「君が出場することを知った時は驚いたものが、今となっては君が出てきてくれてよかったと思っている。君の腕の素晴らしさは予々(かねがね)伺っていたのでな!」


「そりゃどーも」


「君ほどの実力者であれば、きっと決勝でぶつかることになるだろう。君が相手ならば手加減する必要もなし、全力で挑めるというもの! 心して掛かればなるまいな!」


「ハッ。そこに辿り着くまでに、手とか滑らせなきゃいいけど。精々頑張れば?」


「うむ。君こそ、武運を祈っているぞ!」


「必要ない」


 互いに含みのあるような言葉を交わしながら、オスクはそのままヘリオスの横を通り過ぎていく。そしてこれ以上絡んでほしくないからと、自分の目の前に魔法陣を展開してその中へと踏み入れ、姿を消した。

 ヘリオスはというと、最後まで素っ気ない態度を取られたことに気にする様子もなく、満足そうにうなずきながら彼もまたその場を後にしていった。

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