第218話 頂に手を伸ばす(3)
『さあ! 次なる準々決勝第一戦目、さらなる強者を選りすぐる戦いの先陣を切るのは皆様ご存知、我らが無敵のヘリオスです!』
準備が終わってすぐ、アリーナ内に実況担当のはつらつとした声が響き渡る。待ち侘びていた試合がいよいよ始まることへの期待と、この闘技場で一番注目を集めている選手の登場ということで、アリーナの熱気は一瞬の内に高まった。
紹介を受けた直後、意気揚々とヘリオスさんが入場してきた。たちまち大きくなる歓声にヘリオスさんは愛想良く手を振って応えつつ、アリーナの中央へと移動して対戦相手の到着を待つ。
それからすぐにヘリオスさんの向かい側にある入り口から、ヘリオスさんの対戦相手が姿を現す。顔立ちにまだ幼さが残る、私達より少し歳上くらいに見える青年妖精。その背には立派な弓を背負っていた。
「あ、あ、貴方とこうしてちょ、直接手合わせできること、とても光栄に思います! よ、よ、よろしくお願いします!」
礼儀正しい性格なのか、アリーナの中央に辿り着いた途端にその妖精はぺこりと頭を下げる。
ただし、身体は機械かと思うくらいにガチゴチで、動き方もカクカクと不自然なものだったけれど。今の言葉も含めて、肩も、足も、手も……と、全身がガクガクと震えが止まらない様子だった。
「お、おいおい。大丈夫か、あいつ?」
「すっごく緊張してるみたいね……。右足と右腕が同時に出ちゃってたわ」
「一回戦はああじゃなかったのに。やっぱり無敵って言われるヘリオスさん相手だと流石にドキドキしちゃうのかな」
そのあまりの緊張っぷりに、ルーザも呆れ顔。カーミラさんとエメラも少し心配している様子だ。
一回戦の時にあの妖精が出場している試合も見ていたから、戦い方もなんとなく知っている。水の魔法で相手の動きを制限しつつ、弓矢での遠距離攻撃で自分の傍に寄せ付けないという、若いながらもかなりの実力の持ち主だった。一回戦で難なく勝ち上がれていたのも納得がいく選手だ。
属性の相性では対戦相手の方が有利だけど、相手は火の大精霊であるヘリオスさん。これまで直接ぶつからずとも、今までの試合を見てきてヘリオスさんの実力はあの妖精だって思い知っていることだろうから、全身が強張ってしまっても仕方ないのかもしれない。
「ううむ。そうも固くなられてしまってはこちらとしてもやりにくい。こうして対面することは初めてだが、君の弓矢の腕前は素晴らしいものだったぞ。もっと自信を持って、肩の力を抜きたまえ」
「はっ、はひっ!」
その様子を見かねてか、ヘリオスさんも対戦相手にそう言葉をかけた。青年妖精は裏返った声で返事をしつつ、バクバクとうるさくなっているであろう胸を落ち着かせるためにその場でスーハーと深呼吸を繰り返している。
ヘリオスさんと当たったということは、あの妖精もオーナーと契約しているのだろうか。でも、一回戦で戦った精霊はヘリオスさんを打ち負かすことだけを優先して他には一切興味無しという感じで、この青年妖精のように挨拶すらしていなかった。ものすごく緊張はしているけれど、彼からはヘリオスさんに対しての尊敬の念も感じられるし、戦えることに喜んでいる様子だ。
「お金目的でここに来た訳では無さそうだな……。契約するとしたら、実力に目を付けられたってところなのかな」
「どうだろうね。契約云々って話も、今のところは俺達の勝手な想像の域を出ない。一つ確かなことは、彼はヘリオス様と戦えることを待ち望んでいて、今ようやく叶ったことに歓喜している。あまり疑いすぎても彼に失礼になってしまうんじゃないかな」
「……うん、そうだね。あの妖精も、必死に力を磨いてきてこの場に立っているんだろうし」
仮にオーナーと契約していたとしても、全員が悪人というわけじゃないだろう。オーナーの手な者かもしれないからと危険視しすぎてしまうのは、彼の努力を踏み躙るも同然のこと。今はあれこれ詮索せずに、純粋に観戦を楽しまなきゃ。
「ねえねえ、もしかして水属性の魔法使うヒトってきんちょうしやすいのかな?」
「ん? いや、そんなことねぇと思う、けど……」
フユキと話していると、青年妖精の緊張っぷりが気になったらしい、フユキに肩車してもらっているアレウスがそう疑問を投げかけてきた。近くに立っていたイアが周囲を見回してこの場にいる面子を確認し、それにつられて他の私達もお互いの顔を見合わせる。
私達の中で水属性の使い手といえば、フリードとニニアンさんだけど……
「……うん、やっぱそうなのかもな」
「ぼ、僕達を判断基準にしないでください‼︎」
「あうう〜……でも事実なので何も言い返せないですね……」
イアから不名誉な判定を下されたことにフリードは抗議し、ニニアンさんはがっくりと落ち込んでしまった。フリードの幼馴染であるドラクも、これにはフォローできずに苦笑いしている。
「あはは……。まあ、フリードのあがり症はまだ改善してないから僕も否定できないなぁ」
「もうっ、ドラクまで! で、でも、フユキさんだって雪の妖でしょう⁉︎ まだそう言い切るのは……!」
「いやぁ、俺もこう見えて結構奥手だからさ。ガキの頃なんて師匠に手を引いてもらわなくちゃ友達もできなかったからね。今の仕事だって裏でこそこそしてばかりだ」
「い、今その情報言わなくてもいいじゃないですかぁ〜!」
なんて、最後の望みをフユキに託そうとするものの、これもあっさり不発に終わってしまい。2人揃って項垂れてしまったフリードとニニアンさんに、話を持ち掛けたアレウスはあわあわと申し訳なさそうにしていた。
「ご、ごめんなさい! ぼくが変なこと聞いちゃったから……!」
「い、いえ、アレウス君のせいじゃないですよ。いつまでも引っ込み思案な僕が悪いだけなので……」
「むぅ……どうやったら自信って付くんでしょう……」
「ま、まあまあ2人とも。もうすぐ試合が始まるから、それをしっかり見ることを考えようよ」
ずーんと重くなってしまった2人を包む空気をなんとか軽くするべく、私はフィールドに意識を戻すよう促す。2人とも、それを聞いて今が何の時間なのかを思い出してくれたようで、ハッとして姿勢を正した。
ますます盛り上がる観客に見守られながら、それぞれの武器を構えるヘリオスさんと青年妖精。さっきまでガクガク震えていた青年妖精も、打って変わって表情がキッと鋭いものへと塗り替わる。
そして、
『それでは準々決勝第一試合、開始です!』
「い、いきます!」
開始を宣言されてすぐに青年妖精は弓を引き絞り、矢をヘリオスさんに向けて次々と放つ。その弾幕のように容赦ない連射は避けるのはもちろん、相殺することだって容易くはないのだけど……ヘリオスさんはそれをいとも簡単に斧一本で全て弾いてしまった。
青年妖精も、全ては無理だとしても一発くらいは当たるだろうと踏んでいたのだろう。まさか本当に全弾防がれたことに驚きつつも、少し悔しげな表情を浮かべた。
「くっ……! ならこれで!」
正面突破は無理だと判断したのだろう。青年妖精は自分の目の前に水の塊を生み出し、それをヘリオスさんに向かって放つ。
波が迫るようにヘリオスさんへと向かっていく大きな水の壁。精霊でさえも容易く飲み込んでしまいそうなほどの魔法だったけれど、ヘリオスさんはそれも真っ二つに切り裂いた。
……が、水が消え去った向こう側に青年妖精の姿はなく。
「むっ」
「オレはここです!」
魔法に気を取られていた隙に、青年妖精はヘリオスさんの頭上にまで飛び上がっていた。しかも生み出した風で悟られないよう、羽を使わずに足だけを使ってそれを実行していたんだ。脚力のみを頼りに難なく自分の背丈の倍以上の高さまで到達したという事実は、流石のヘリオスさんも少し驚いたようで僅かに目を見開く。
もちろん、それで終わりではなかった。魔法を相殺した直後ですぐには動けないでいるところに、青年妖精はヘリオスさんの頭上から雨のように無数の矢を降らせていく。
「うおっ、あいつやるなぁ」
「あんな動き、初めて見るわ。試合が始まるまでガチゴチだったのが嘘みたい」
「身体能力もだけど、弓の腕もすごいね。ロウェンさんとも引けを取らないんじゃないかい?」
みんなも、青年妖精の予想以上の実力にすっかり感心していた。試合前までの少し頼りない姿が印象に残っていただけに、余計にそのギャップに驚かせられる。
フユキに担がれているアレウスも、真剣な表情でこの戦いに見入っていた。
「……ふむ。やはり俺が見込んだ通り、素晴らしい腕前だ。だがこの程度、俺には当たらんぞ!」
だけど流石は大精霊というべきか。目を見開いていたのもほんの一瞬で、ヘリオスさんは素早く切り替えて頭上から降り注ぐ矢の雨をこれまた全て弾き返してしまった。
でも、青年妖精の攻撃はまだ続いていた。
「……わかってます。だから、これで終わりじゃない!」
「……!」
スタッと着地してから、青年妖精はヘリオスさんに向かって手をかざす。すると、ヘリオスさんの周囲に散らばっていた矢がカッと青く輝き出し、そこから勢いよく水が吹き上がる。やがてそれは輪となって繋がっていき、水の渦となってヘリオスさんを完全に包囲し、一気にヘリオスさんへと迫っていく。
当たればひとたまりもないであろう大技。退路も塞がれ、どうにかして水を消し去らなければこのまま直撃は免れないという状況なのに……その中心で、ヘリオスさんは尚も不敵な笑みを絶やさなかった。
「……うむ、その歳でこれほどまでに力を付けている者と出会うのは久方ぶりだ。君のような才能ある者と手合わせできたこと、実に嬉しく思う。しかし、まだ届かん! 『アルマ・フロガ』!」
魔法がヘリオスさんの目前にまで近づいてきたその瞬間、ヘリオスさんは炎を鎧のように纏う。集束し、一塊となった水は激流とも言えるほどに勢いを増していたにもかかわらず、ヘリオスさんは炎の鎧を爆ぜさせただけで一滴残らず消し去ってしまった。
「なっ……⁉︎」
「決めさせてもらおう。『イフェスティオ』!」
青年妖精が魔法が打ち消された事実に驚き、硬直しているところにヘリオスさんは地面を蹴って高く飛び上がった。そしてさっきのお返しとばかりに、青年妖精の頭上から炎を纏わせた斧を自分の身体ごと突っ込ませる。
火山弾のように強い衝撃波を発生させながら着地するヘリオスさん。青年妖精はそれによって大きく吹っ飛ばされ、ゴロゴロと転がり……やがて止まる。その後何とか立ちあがろうとするものの、この一撃でかなりのダメージを負ってしまったらしい。身体を起こすことも叶わず、観念したようにその場に力なく四肢を投げ出した。
『決まったーーー! ヘリオス選手、準決勝進出です‼︎』
それを見た実況担当がすかさず判定を下し、観客もわあっと盛り上がる。勝負がついたことでヘリオスさんは斧を収め、倒れ込んでいる青年妖精に駆け寄った。
「すまない、少々やりすぎてしまったな。大丈夫か?」
「は、はい。少し痛みますが、平気です。……やっぱりまだまだですね、オレは」
「何を言うか。その若さであの実力、見事なものであった。精進を続けていれば、いつかここで頂点を手にすることも夢ではあるまい!」
「それができればいいんですが、そもそもオレの稼ぎじゃそう何度も来れるような場所じゃないですよ。それに……」
「む?」
「……いえ、なんでもありません。貴方と対戦できて、とても嬉しかったです。良い経験をさせていただき、ありがとうございました」
なんとか立ち上がった青年妖精は姿勢を正し、最初と同じく頭を下げる。何か言いかけていたけれどそれ以上は口を開かず、へらりと笑って見せてから青年妖精は退場していった。
そんな青年妖精の態度に思うところがあったのか、ヘリオスさんはだんだん遠ざかっていく彼の背をじっと静かに見据えていた。やがてそれが見えなくなったところでヘリオスさんもきびすを返し、アリーナを後にしていった。




