第218話 頂に手を伸ばす(2)
マフィンを食べ終わった頃にフィールドの整備が終わったらしく、次の準々決勝の準備へと入った。
一回戦と同じく、フィールドには次の試合の対戦カードが投影されている。そして、当然と言うべきか同時に勝敗予想の受付も早速開始されたらしい。
そこからの情報を見るに、準々決勝はヘリオスさんが第一試合、オスクが第三試合に出ることになっているようだ。準決勝には第一試合と第二試合の勝者が、第三試合と第四試合の勝者が進めるとなると、このままいけば決勝でヘリオスさんとオスクがぶつかることになるだろう。
勝敗予想はどうなっているのかというと、一回戦と変わらず大勢の参加者がヘリオスさんの勝利に賭けている。けれど試合の結果を受けてか、オスクに賭けている人数も倍以上に跳ね上がっていた。
一回でも攻撃を当てられればオスクの負けになる、なんて無茶な条件を自分に課した上で勝利した事実は、観客達にも相当衝撃を与えたようだ。
「おお、すっげ。オスクさん、一気に人気者みたいになってるじゃん」
「たった一回見ただけで乗り換えるとか、単純な奴らだな。おかげでオッズも2.4倍にガタ落ちしてるぞ」
「ま、まあ、それだけここにいる観客の方達もオスクさんの実力を認めたということになるんじゃないでしょうか」
そんな観客達の態度の変わりように呆れたような表情を浮かべるルーザに対して、フリードが咄嗟にそうフォローを入れる。
予想が的中する確率が2分の1とはいえ、やっぱり観客達もより確実性がある方へと流れていくようだ。たまに一回戦のオスクの時みたいなどんでん返しがあるとしても、予想を外して損してしまうのは避けたいのだろう。
「ん……?」
ふとフィールド端に何か動くものが見えてそこへ目を向けてみれば、今までどこかに行っていたらしいオーナーがあの一際豪華な席に戻ってきていた。
ただ、最初アリーナに姿を現した時よりもさらにイライラしている様子だ。周りの部下達もなんとかオーナーをなだめようとしているものの、怒鳴りつけるわ、殴り掛かろうとするわで、焼け石に水といった状況だった。
「うわぁ……さっきよりも荒れてるわね、あの精霊」
「部下みたいな妖精と精霊も従う必要ないと思うんだけどなぁ。あんな、自分達に平気で暴力振るってくるヤツなんてさっさと逃げちゃえばいいのにね」
流石のカーミラさんとエメラも、オーナーの暴れ様にうんざりとした表情を浮かべていた。私達もここの店員には入場受付の対応やダーツゲームの妨害などで嫌な目に遭わされたとはいえ、あの光景には同情を禁じ得ないようだ。
それにしても、なんでまたあんなに怒っているんだろう。ヘリオスさんが出ていた試合まではまだイライラしている様子だったけれど、オスクが勝った時はようやくヘリオスさんを打ち負かすことができそうな存在が現れた喜びからか、かなり上機嫌になっていた筈なのに。
「うーん……これはオスク様、裏で何かやったかな」
「ん、また推測?」
「いいや、こればっかりはただの勘さ」
オーナーの機嫌について心当たりがあるのか、フユキが漏らした言葉が気になって反射的にそう聞き返すもフユキは首を横に振った。だけどただの当てずっぽうからの呟きではないようで、「実はさ」と話を続ける。
「さっきから考えていたんだ。ヘリオス様にぶつけてきたような戦士は一体どこから来たのか……その出処をさ」
「あれ、それってオーナーの手の者って話じゃなかったかい?」
「まあね。証拠は得られてないけど、まず間違いはないだろう。俺が気になっているのはどこから連れてきたか、ってこと」
「連れてきたって……それだと、元々オーナーの部下じゃない可能性がある?」
ドラクへの返事で、もしかしてと思って私がそう聞き返すとフユキはうなずいて見せた。それからすぐにフユキがそう考えるに至った理由を話し始める。
「ここからは完全に俺の勝手な想像になってしまうんだけどさ。ああやって目の前でその戦いぶりを見ているんだ、並の実力ではヘリオス様に膝を付かせるどころか、彼の本気を出させることさえ叶わないことは支配人とて容易に察せるだろう」
「うん」
「そこでヘリオス様を勝たせぬように優秀な戦士を自らの手で投入する必要があるけど、どうも自分が手塩にかけて戦士を育てるようには見えなくてね。そういった施設も見当たらない」
「そ、そうですね。失礼ですけど、そういうことを時間かけてやるようには思えないです。目先の利益しか見えてない、って感じで……。で、でもでも、連れてきたとなると一体どこから……?」
「あるじゃないですか、ニニアン様。こうして目の前に、おあつらえ向きに」
「目の前って……あっ!」
フユキの言葉にニニアンさんも、私達もハッとする。目の前にあるのはそう、闘技場だ。
そうだ……ここは腕に自信のある者が稼ぐのと同時に、力試しのために集まる場所。ここで勝ち上がれる実力があるなら、自他共に優秀な戦士として認められる。わざわざ時間と手間をかけて戦士を育てなくても、ここですぐに戦力を調達できてしまえるんだ。
オーナーはここの出場者から、ヘリオスさんを倒すための手先としてそういった戦士を引き抜いていたのだろう。
「そうして目をつけた者と一時的に契約を結んでヘリオス様に差し向けている、といった具合なんじゃないかってね」
「スカウトってことか。ここの待遇を対価に、ってかエサにして釣っていそうだが」
「すかうと……勧誘か。良く言えばそうだろうね」
「あら、そう上手くはいかないって言いたげね?」
「遊戯はもちろん、入場受付でさえ詐欺紛いなことをするような場所なんだ。その対価も、ちゃんと実行するかも怪しいだろう?」
「……まさか、ヘリオスさんを倒すっていう目的が達成できれば、もしくはしくじってしまえばそこでポイ捨て?」
私がその線を疑うと、フユキはさっきよりも深くうなずいた。
確かに……十分考えられることだ。ここではイカサマなんて当たり前、口約束なんて守る方が奇跡だろう。カジノに関わる美味しい話を持ち掛けておいて、後から尋ねても当然のように知らん顔しそうだ。
フユキがさっきオスクが裏で何かした、と言っていたのはあの試合後にオスクにも契約を結ぶよう迫ったのだろう。だけどあっさり跳ね除けられてしまって、それでオーナーはイライラしている……ということか。
警戒心が強く、勘が鋭いオスクのことだ。契約と言いつつ、向こうは内容を守る気が一切無いことを最初から見抜いていたに違いない。
「余計な仕事とか役割引き受けるのは真っ平だって、いつも言ってるぐらいだしな。まあそもそも、あいつに金絡みの話したところで徒労になるだけだが」
「悪いお金はいらないってことかな? それってすごいね!」
「ううん、お金の価値をわかってないんだよ。どんな品物がどれくらいの金額が必要なのか、っていう計算も全くできなくて……。多分、悪どい商売されても気付かないんじゃないかな」
「え、えとえと……オスクさんが契約を結ぶ心配は無いことはわかりましたが、それはそれで大丈夫なんですか?」
「幸い、あいつは自分から買い物しようって気はないから、今のところはどうにかなってるがな……」
何も知らないアレウスがオスクを褒めるものだから、ついオスクがお金に食いつかない理由を明かすとニニアンさんにも心配されてしまった。
オスクと出会って間もない頃にルーザがある程度教えてくれた筈なんだけど、多分必要ないからと大部分を聞き流していたんだろう。カルディアの船のことでいい加減覚えてほしいと思っていたところだし、落ち着いたら改めて叩き込もうかな……。
「まあ、金に目が眩んでしまう者がほとんどだろうけど、ここは稼ぎ場であると同時に闘技場なんだ。ヘリオス様のように戦いが目的でここを訪れている者だって少なくないだろう。それに、これまで契約の対価を払わないことを勘付いていた者が全くいなかったことも考えにくい。そういう者達にはどうやって契約を取り付けたのか……俺はそこが気になっているんだ」
「オスクみたいに断るヒトだっていそうだもんね。脅す……にしても、初対面で材料はそんなにないだろうし、暴力振るうにしても契約を持ち掛ける相手は手練ればかりだから返り討ちにするのも難しくないし……。入場カードを無効にする程度じゃ、そんなに痛手にならないよね?」
「何か、従わせられる特殊な手段とか手口があるのかな。あったとしてもオスクさんにはそれも通じなかったってことになるけど。うーん……全部憶測だから、今は答えは出そうにないかな」
「なんにせよ、やっぱあのオーナーは警戒しておいた方がいいな」
ルーザの言葉に、全員が大きくうなずく。裏で何があったのかわからないけど、オーナーの態度からしてそれがあまり良くないことなのはなんとなく察せる。レクトさんとオンラードさん達にも近くで待機してもらってはいるけど、何かあれば私達もすぐ動けるようにしておかないと。
『勝敗予想の受付はここで締め切りとさせていただきます。間もなく第一試合開始です。しばしお待ちください』
「あ、もうすぐ始まるみたいですね」
「これ以上オーナーのことを気にしてても仕方ないもんね。ヘリオスさんが出る試合だもん。アレウス、しっかり見てようね!」
「うん!」
話し込んでいたら、時間もそれなりに経過していたようで実況担当のそんな知らせがアリーナ内に響き渡った。
それを受けてそれまで地面に降りていたアレウスも、エメラと一緒になって張り切りながら再びフユキの肩に登らせてもらう。他の私達も今は観戦に集中しようと、気持ちを切り替えてフィールドへと視線を戻した。




