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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第16章 追い求めた果てに─ Spirit Collapse ─
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第217話 烈烈たる剣乱舞(4)

 

「────バニッシュ」


「ぐあっ⁉︎」


 ……が、それもオスクには想定内だったらしい。まだそいつの足に絡みついていた鎖が弾け飛ぶのと一緒にその身体も吹っ飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられたそいつは今度こそ動かなくなった。


『な、なんとーーー! オスク選手、宣言通り一度も触れさせることなく勝利を掴み取ったー! これはヘリオス選手以来となる期待の新星となるやもしれません‼︎』


「うっさい。あの戦闘狂と一緒にすんな」


 実況担当がそう熱く語ったことで観客達もようやく目の前の状況が飲み込めたらしく、一気に盛り上がり始めた。

 予想を大きく裏切られたことに歓声を上げたり、それとは逆に勝敗予想を外して落胆していたり。オスクは心底嫌そうに顔をしかめて実況担当に文句を言いながら、喧騒(けんそう)から逃れるようにさっさと退場していった。


「お、思ったより遠慮が無かったわね、オスクさん。対戦相手の性格もあるんでしょうけど」


「勝敗予想で大半の観客がオスクさんは勝てないと踏んでいたからね……その仕返しでもあったんじゃないかな」


 この結果が予想できていたのは他のみんなも同じだったようで、あまり手加減しなかったことに対して少し驚いている様子のカーミラさんにドラクが苦笑いしながらそう返した。

 それにしても、かなり派手に立ち回ったものだ。アレウスに両手剣の扱いについて良い勉強の機会になればと思ったけど、防御に活かしたのがほとんどで結局振るったのは最後の一撃の時だけだったし、イアの言っていた剣の構えるのに良い姿勢というのはあんまり見られることなく終わってしまった。


「アレウス、どうだった? 攻撃する場面自体は少なかったけど」


「すごく参考になったよ! 武器って、こうげきするためだけじゃないものだってことはわかってたけど、守るのにどう使えばいいかはまだよくわかってなかったから。剣で身体を支えて、ぴょんって避けるところとかすごくカッコよかった!」


「おお、前向きだね。確かに見事なものだった。武器の重量を感じさせない軽やかなあの動き方はオスク様だからこそというべきなのかな」


「は、はい。普通思い付かないような武器の扱い方はオスクさんらしいと言いますか。昔から変わらず、器用な方です」


「流石にアレを真似しろとは言わないがな。一部だけでも上手いと思う扱い方を見つけられれば成果としては充分さ。それに、試合はまだ続くんだ。勉強の機会はたっぷり取れる」


「うん! 最後までよーく観察してるよ」


 ルーザの言葉にアレウスは大きくうなずきながら、アレウスは次の試合が始まるのをわくわくしながらも静かに待っていた。私達も、次はどんな選手が出て、どんな試合になるのか少し楽しみにして意識を再びフィールドへと戻した。





 ────フィールドを後にしてから、オスクは一人、控え室に続く薄暗い通路を歩いていた。だがそこに、暗闇に溶け込むようにして佇んでいた別の影が一つ、オスクの前に立ちはだかる。


「そこどきなよ。邪魔なんだけど」


 (もっと)も、暗闇を見通せる闇の大精霊の目には最初から意味を成していなかったが。そして、その影が次の試合の出場選手どころか、エントリーすらしていないこともオスクは見破っていた。

 その影……黒いフードを被った男らしき精霊は、突如パチパチと手を打ち鳴らす。


「……失礼。先程の試合、実に見事なものだった。初出場ではあるが、ほとんどの選手が君の敵ではないだろう。それこそ、無敵のヘリオスでなければ」


「無駄話に付き合ってやるほど、親切じゃないんでね。それ以上薄っぺらな言葉積み重ねるってんなら隅にどかしてやろうか?」


 拍手を送られながらかけられた称賛の言葉を「薄っぺら」だとはっきり断定し、顔をプイッと背けるオスク。……図星を突かれたのか、男はフードの中でくつくつと笑う。


「流石、勘がいいものだ。……その高い実力を、ここのオーナーがいたく気に入ったのだ。君ならば、あのヘリオスを下せるとね。そこで、我々に是非協力していただけないだろうか」


「お前らの駒になれ、ってか」


「悪く言えばそうなる。だが、その代わり当カジノで相応の高待遇を約束しよう。入場料、各種サービスはもちろん、ゲームでの勝率を大きく上げることも。夢のような話だろう?」


「嫌だと言ったら?」


「逆に拒否する理由があるのか?」


 試すように投げかけた疑問に、男は首を傾げて見せる。

 オスクはそんな男をハッ、と鼻で笑った。どこまでも薄っぺらな言葉だと。見せかけすら取り繕えない、空虚な提案だと。交渉を持ちかけるならば信憑性を持たせるためにもう少し具体的に話を進めていくべきだ。


「そんな話に乗るヤツがどこにいんのさ。中身なんて詰まってない、すっからかん、空っぽにも程がある。約束するって、こんな口上の説明だけで済ませて、紙の一枚も無しに? 駒になるってことはつまり、あの戦闘狂を打ち負かせばそこでお前らの目的は達成。僕は用済み。そこでポイ捨てすればいいだけだしなぁ。物的証拠も作らせない時点で交渉もクソもない。こっちが後から問いただそうとしたところで最初から無かったことにするのも簡単じゃん」


「……」


「試合終わってすぐ来た辺り、初めてじゃないっしょ。そうやって実力がありそうなやつに声かけては何人使い捨ててきたんだよ」


「フッ、やはり勘のいいことだっ……!」


 力尽くでも従えるとばかりに懐から何か取り出そうとする男。だがオスクは慌てることなく、ニヤリと笑みを深めると。


「な、なんだっ⁉︎ 身体が……」


「────言わせてもらうけどさ」


 その動作の途中で、男はピタリと動きを止めた。いや、止めたのではなく、止められたのだ。

 なんてことはない。光の遮られたこの通路を包み込む暗闇がオスクの意思に従って男の身体を縛り付けているというだけだ。闇の大精霊たるオスクがここを掌握し、支配することなど造作もなかった。


「生憎、こっちの両手両足は既に埋まってるんでね。特に両腕は常に前へと引いてやらなきゃいけないんだ。ここのオーナーサマになんて貸してやる余裕も義理もない」


「ヒッ……!」


「契約ってんなら、相応のモノ差し出してもらわなきゃなぁ。他人に使われんのはとにかく嫌いでさ、僕を従えたいんなら高くつくぞ?」


 まだ動けないでいる男に向かって、暗闇を纏いながらジリジリとにじり寄っていくオスク。

 さっきまでの余裕はどこへやら。男は得体の知れない恐怖に身をガタガタと震わせ、何をされるかわからない緊張から顔を引きつらせて。境界がはっきり区別できない程の暗がりの中、爛々と輝いているオスクの紅い瞳だけが嫌に男の視界に焼きついていた。


「……精々そのオーナーとやらに伝えておけ。お前みたいな捨て駒寄越すくらいなら自分の足で向かって来い、ってな。僕は自分では何もしない癖に、玉座でふんぞり返って高みの見物決め込んでるヤツほど嫌いなものはないんだ。懲りないようだったら……二度と光を見られると思うな」


「あ、ぅ……」


 すっかり怖気付いた男には最早交渉どころか、まともに動くことすらままならなくなっていた。もうその身体を縛るものは何も無いというのに、へなへなと力無くその場にへたり込むばかり。

 そんな男にオスクはすっかり興味が失せたように離れ、スタスタと先を急ぐ。見ず知らずの赤の他人のためにこれ以上時間を割いてやる気は、彼にはもう無かった。


「……性悪め。今に見てろ」


 そして誰に向けたのかもわからない、そんな言葉を吐き捨てながらオスクは暗闇に溶け込むようにして通路の奥へと姿を消した。

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