第217話 烈烈たる剣乱舞(1)
実況担当の合図によって一戦目の出場者である男の妖精2人がフィールドへと入場してすぐに、試合は開始された。始まった……といっても、お互いに次の合図を待たず顔を合わせた途端にそれぞれ得物を抜き、これといった挨拶も無しにいきなり正面からぶつかり合う。
そりゃあ出場者は皆、力に自信があってそれを試すための場でもあることはわかっているのだけど、あくまで形式は『試合』なんだから対戦相手には多少なりとも敬意を払うべきなのに。武器の扱い方も……ほぼ自己流で剣を振るっている私があまり言えたことじゃないけれど、ただ力任せに振り回しているだけという感じ。2人とも、とにかく早く相手を打ち負かしたいという態度が丸出しで、見ていて気持ちがいい勝負ではなかった。
ヘリオスさんからここの参加者は粗暴な者が多いと聞いていたけど、想像以上に酷いかも。そんなことを思っていたら、出場者の一人が限界を迎えたようでその場にバタリと倒れ込む。
勝敗の行方はもう明確だというのに、これで終わりとはいかなかった。勝利を手にした方の妖精は見せしめとばかりに敗者となった妖精の頭をぐりぐりと踏みつけ、嫌なことにそれを見て観客が盛り上がるものだからその妖精は余計に調子に乗り。敗者の妖精の身体を蹴飛ばしてから、勝者となった妖精はさっさと退場していった。
「うわぁ……。こんなの、試合じゃなくてただの潰し合いじゃん。観戦するっていうより、誰かのケンカを外から眺めてる気分」
「ついこの間のプラエステンティアとの模擬戦の方がまだ礼儀がなってたぞ。武器の扱いも雑すぎる。見て学べる要素が全く無いんだが」
「う、うん……。アレウスにこれを見せるのはあまり良くないような」
「ご心配なく。出場者のどちらとも、正々堂々とはかけ離れた空気を醸し出していたから、始まった直後に俺が手で目を覆っておいたよ」
「うん。フユキさんがぼくは見ちゃダメだって言って」
「おお、ナイス判断」
今の試合……いや、試合と呼べるかも怪しい戦いをアレウスに見せるのはいかがなものかと思ったけど、アレウスを担いでいるフユキが素早く視界を遮ってくれていたようだ。
アレウスも帝国を治める者として、いつかはこういった薄汚れた部分を知る必要はあるだろうけど、何も今でなくてもいいだろう。まだ10歳程度という幼き身だ、私のように理不尽なまでに正面からぶつけられて、将来に不安や心配を募らせてほしくない。後々、わかる機会はやってくる筈だ。
……まあ、それがやってくる前にレクトさんが「教育のためだ」とか言って無理矢理そういった場面に引きずり出しそうだけど。
「で、でもでも、第二試合はヘリオスさんが出場することになってますから、次の戦いは絶対見逃せないかと……!」
「そうですね。ヘリオスさんがどんな立ち回りをするのか、見て盗む気でいませんと」
第一試合は散々なものだったけど、ニニアンさんの言う通り次の試合はいよいよヘリオスさんの出る試合だから、一瞬たりとも目が離せない。火の大精霊であり、戦い好きという性格も相まって、まだ見ていないけどヘリオスさんの実力は相当なものであることは容易に想像がつく。
『会場の熱気も高まってきたところで、この場にいる全員が待ちかねているであろう第二試合へと移ります! 出場者は初出場以来、負け無しという前代未聞の記録を持つこの方、無敵のヘリオスだーーー‼︎』
この試合を楽しみにしているのは周りも同様だったようだ。実況担当が高らかにそう紹介すると、元々騒がしかった観客席がさらにわあっと盛り上がる。そしてヘリオスさんがフィールドに現れると、会場内のあちこちから彼を讃える声援が飛んできた。
それにしても負け無し、無敵と紹介されるほどだなんて……流石は大精霊と言うべきか。ここのオーナーがイライラするわけだ。今も興奮している観客とは正反対に、オーナーだけは唾でも吐きそうなくらいに表情を不快で歪めているし。
ヘリオスさんが登場してあまり間を置かずに、ヘリオスさんの対戦相手である男精霊もフィールドに現れた。でも、さっきの2人とは違って入場してすぐに相手に向かっていくなんてことはなく、ヘリオスさんとある程度距離を取った場所で立ち止まった。どうやら、開始の合図があるまでその場を動くつもりはないらしい。
さっきのが異常だったのだから、その態度こそこの場では本来ある姿勢なんだけど、何というか……根本的な何かが違う気がした。さっきのはいかにも不良という感じだったけど、立ち振る舞いが誰かに仕込まれているように礼儀正しいものだ。ここで稼ぎにきたというよりは、戦いを目的にしているような。
無敵とまで言われたヘリオスさんだ、並大抵の相手では一太刀浴びせることだって叶わないだろう。そしてフユキによればあのオーナーがなんとしてもヘリオスさんに優勝させるな、と命令しているこの状況。この対戦カードが、ランダムに選出されたものではなく、仕組まれているものだったとしたら。
「ヘリオスさんの対戦相手って、もしかして……」
「ああ。十中八九、支配人の手の者だろうね。絶対に優勝させたくないんだから、予想できていたことではあるけれど」
フユキの言葉に私はやっぱりそうか、とうなずいた。まあ、そうでなければ無敵と称されるヘリオスさんを負かすことなんて夢のまた夢だ。
となれば、対戦相手もそれなりの実力者の筈。一体どんな戦いになるのか……会話はそこまでにして、私達はフィールドに集中した。
「その佇まい、なかなかの腕前をお持ちと見た。君のような相手と手合わせできるとは光栄だな」
「……貴様と無駄話をするつもりはない。さっさと武器を構えろ」
「それは失礼した。俺も戦いが待ちきれないのは同感だ。すぐ始めるとしよう」
そうして、お互いに自身の得物を抜き、構える両者。すらりとした槍を突きつける対戦相手の精霊に対して、ヘリオスさんは立派な両刃の戦斧を肩に担ぐ。
『それでは第二試合、開始です!』
「では。────ゆくぞ」
「……っ!」
実況担当から開始を宣言された途端、ヘリオスさんが纏う空気が一瞬にして塗り替わる。深緑の瞳に宿る光も、鋭さが増した。
……それまで辺りを温かく照らす灯火だったものが、全てを焼き尽くすような業火へと転じたように。直接対峙しているわけでもないのにヘリオスさんから発されるオーラに圧倒されて、私達は緊張からゴクリと喉を鳴らした。
「はあっ‼︎」
「ぐうっ⁉︎」
次の瞬間には、ヘリオスさんは目にも留まらぬ速さで一気に対戦相手との間合いを詰めて、凄まじい勢いの斬撃を繰り出す。対戦相手は槍でなんとかその初撃は防いだものの、一発だけで済む筈がなく。ヘリオスさんは休む暇も与えず、次々と攻撃を重ねていく。
ひたすら武器を振るっていくだけの、打ち合いのような状況。でも、ヘリオスさんはただ力任せに攻撃しているのではなく、相手の死角を確実に突くようにしていた。注意が疎かになっている箇所や、攻撃を相殺して生まれた隙と、体勢を立て直そうとしている瞬間。それらを全て見切った上で、攻撃に入っていた。
そして、
────ガアンッ!
「あっ⁉︎」
「……終わりだ」
次々と浴びせられた斬撃によって体力が削れ、よろめいたところにヘリオスさんは斧を振り上げて対戦相手の槍を大きく弾き飛ばし。丸腰になった対戦相手の首筋に、斧の刃を静かに突き付けた。
……勝負ありだ。
「……ははは、思ったよりも防がれてしまったな! やはりいい腕を持っている。君ならば、さらに高みを目指すことも出来よう!」
「うう、くそっ!」
勝敗が決するとあっという間に元の雰囲気へと戻ったヘリオスさんは、対戦相手に対して称賛の言葉を送る。対戦相手とはいうと、その言葉を嫌味と受け取ったのか悔しそうな表情を浮かべながら、槍を回収すると逃げるようにフィールドを後にしていった。まだ何か話したいことがあったのか、そんな対戦相手にヘリオスさんは少し残念そうにしつつ、観客に手を振りながらヘリオスさんも退場していった。
「つ、つえぇ……」
「相手、文字通り手も足も出ない状態だったわね……。何度か防いでいたから、相手の精霊もかなり強いのは間違いないんでしょうけど、格が違いすぎるわ」
「それにヘリオスさん、斬撃だけでこの試合終わらせていた。一回も魔法使っていないだなんて。……僕達にはとてもできない芸当だ」
みんなも、ヘリオスさんの実力に圧倒されるばかりだった。
それは私も同じ。想像はしていたけど、全てが想像以上だった。身のこなしも、立ち回りも、戦法も、欠点が一切見つからない。負け無しという記録を打ち出せるのも納得だ。
「ちゃんと当てられるところをねらってこうげきして……すごかったなぁ……! 大精霊さまって、みんなこうなの?」
「い、いえ……ヘリオスさんは大精霊の中でも戦いに情熱を注いでいる方なので、特に抜きん出ています。武器を用いた攻撃ならば、それこそ右に出る者はいないと言ってもいいでしょう」
「勝つことは条件に含まれていないけど……オスク、大丈夫だよね?」
「……あいつがそう簡単にやられるようなタマかよ。ずる賢いオスクのことだ、秘策の一つや二つ、用意しているだろ。とにかくオレらはあいつを信じるしかない」
「……っ、そうだね」
ルーザの言う通りだ。まだオスクの番が回ってきていない内から、不安がっていても仕方がない。相手の裏をかくことには誰よりも長けているオスクが、これくらいで動揺するわけがない。今まで散々修羅場を掻い潜ってきた経験に比べたら大したことないと、そう肩をすくめるだろうから。
きっと大丈夫だ。そう信じて、私達はオスクの出番を静かに待った。




