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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第16章 追い求めた果てに─ Spirit Collapse ─
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第216話 狂騒のエスタディオ(2)

 

 闘技場というだけあって、試合が行われる会場となるのは今いる城のような建物とは別に設けられているアリーナとのことだった。出場者であるオスクは一人、闘技場の正面にある大門へと向かい、私達はその脇の入り口から観客席に入っていった。

 フユキから闘技場がこのカジノでも特に大きな稼ぎ場所と聞いていた通り、観戦に来た利用客もすごく多かった。観客席の扉が開かれてからしばらく時間が経っていたのか、私達が来た頃には席がほとんど埋まってしまっていて、通路も利用客でごったがえしていた。


「は、はわわ……。これじゃあ、これから席に着いて観戦するのは無理でしょうか」


「オレらはかなり遅く来たようだな。まあ、ランク獲得するためにコイン稼いでいた時間もあったし、仕方ないことだが」


「段差があるからパレードの時とは違って妖精の背丈でも見えなくはないけどね。アレウス君は見えそうかい?」


「う、うーん……背のびしたらちょっとだけ見えるよ」


 ドラクの言葉にそう返したものの、ギリギリ見えないのかその場でぴょんぴょんと小さく跳ねるアレウス。私達の背では辛うじてフィールドの全体を見渡せるんだけど、成長途中でまだそんなに高いとはいえないアレウスの背ではやっぱり難しいようだ。

 ヘリオスさんの戦い方を見るのも楽しみにしていたし、オスクを含めて他の出場者の戦法も勉強になるだろうから、なんとかアレウスにも競技を無理のない姿勢で見せてあげたいんだけどな……。


「ふーむ。じゃあ、ここは俺が一肌脱ぎましょうかね。皇帝陛下、ちょっと失礼」


「わあっ⁉︎」


 ふと考え込むような素振りをしたかと思えば、次の瞬間アレウスの身体をひょいと抱え上げるフユキ。そして、そのまま自分の頭上へと持ち上げると、自分の両肩にまたがらせてあげた。


「これならどうだろう。見晴らしは良くなるんじゃないかな」


「あ、成る程。肩車という手がありましたね」


「すごい、すごい! 身長が一気にのびたみたい!」


「おおっと。喜んでいただけて何よりだけど、落ちてしまう危険があるからあまり大きく動かないようにお願いしますよ」


「あっ、はーい」


 フユキの肩に乗せてもらったことで闘技場全体を視界に捉えられるようになったのが嬉しいのか、アレウスはフードの中で表情を輝かせていた。

 これなら体勢も安定するだろうし、かなり高い位置に担がれているから人混みに揉まれてはぐれてしまう心配もない。これでアレウス自身も、他の私達も安心して観戦に集中できるな。


『さあ、当カジノの目玉である闘技場、今回の試合も盛り上がっていきましょう!』


 しばらくして拡声の効果がある魔法具を使ったのか、闘技場内に実況担当らしき男の声が響き渡る。こんな知らせが来たということは……どうやら試合開始までの時間が迫ってきているらしい。入った時からガヤガヤと騒がしかった会場内のざわめきが、試合が待ちきれないという興奮からかより一層大きくなる。


『勝敗予想は間もなく締切となります。参加をご希望される方はお急ぎください!』


「勝敗予想? そんなのもあるんだ」


「ああ。その内容は名前通りさ。それぞれの試合で、勝者となりそうな出場者を選んでコインを賭ける。確率は二分の一。このカジノにしてはかなり大きな数字だからね、この闘技場の人気を後押ししている要因の一つだ。ちなみに、コインを賭けた人数の割合で予想が的中したときのコイン配当率……オッズだったかな、それが変動しているようだよ。これは賭けている人数が多いほど低く、逆に少ないほど高くなるんだ」


「ああ、だからこんなに観客席が満杯状態なのか」


 エメラの疑問に対してフユキがすかさず解説してくれたおかげで、この闘技場の盛況っぷりに納得がいった。

 てっきりアレウスのように試合の見学を楽しみにしているのかと思ってたけど、ここでも稼ぐチャンスがある……それも、他のゲームと比べて段違いに高い確率で勝てる。それならば、人気があるのもうなずける。


 そしてこれも魔法具によるものなのか、現在フィールド上には出場者の顔と、賭けている人数の割合を示すゲージ、そしてコイン配当率────フユキによればオッズと呼ばれるらしい────の数字が投影されていた。そこに映し出されている情報によると、ヘリオスさんは第二試合、オスクは第五試合に出ることになっているらしい。

 入り浸りすぎて最早闘技場でも名の知れた存在となっているのか、ヘリオスさんが出る試合は参加者の半数以上がヘリオスさんに賭けていて、逆に今回が初めての出場となるオスクに賭けている人数はほぼゼロに近い。その分、オスクへのオッズもかなり跳ね上がっているようだけど。


「へえ? じゃあ、ここであいつに賭けておけばぼろ儲けできそうだな」


「あら。ここで稼ぐ気はさらさら無かったんじゃないの、ルーザ?」


「それはそうだが、コインがいくらか残っているからな。機会があるならまだしも、そう何回も来るような場所でもないだろ。有用な景品があるならそれにまとめて溶かせば後腐れもなくなる」


「あ、そうだね。すぐに使えるような道具じゃなくても、換金できるものとかでも良さそう!」


「お金はまだ充分残ってるよ?」


「いいじゃん。たくさんあっても困るものじゃないし!」


「……まあ、そうだけどさ」


 ルーザの思いつきに、ノリノリで乗っかろうとするエメラに私は思わずため息をつく。

 でも確かに、次来るかもわからないのにコインを中途半端に余らせていても仕方ない。目的の闘技場にもエントリーを果たした今、これからコインを消費するような場面にも遭遇しなさそうだ。だったらルーザの言う通りここで全部使ってしまった方がいいかと、私達はオスクに対して手持ちのコイン全額、3150枚を賭けることに。

 間接的なものだし、本人も「必要ない」と言うかもしれないけど……絶対勝ち上がれますように、という願いを込める意味でも。オスクなら大丈夫、そう自分に言い聞かせながら一旦受付へと引き返した私は、担当の店員に残りのコイン全てを預けた。


『勝敗予想の参加はここで締め切らせていただきます。第一試合の開始まで、今しばらくお待ちください』


 勝敗予想の参加を済ませて、みんなの元へと戻ってくると丁度それが終わったことのお知らせが聞こえてくる。会場内のざわめきが少し落ち着いてきた頃、不意にフィールドに最も近い一際豪華な席に一つの人影が現れた。


「ん、あれは……」


 まるで玉座のような豪勢な椅子に、ドカリと乱暴に腰掛けるその人影。目を凝らして見てみたら男の精霊のようで……小太りの身体にタキシードを纏い、シルクハットを被っているという服装で、さらにはヒゲを生やしているという風貌────その姿には、見覚えがあった。カジノ入り口前に設置されていたあの悪趣味な黄金の像、あの精霊の容姿とまさに特徴が合致している。


「あの精霊がここのオーナーでしょうか」


「なんだかすごくおこってるみたいだけど……」


 アレウスの言う通り、オーナーらしき精霊は遠目から見てもかなりイライラしているようだった。今だって、隣に立っている部下らしき精霊に対して何かガミガミと怒鳴りつけているし。部下の精霊は表情を歪めながらぺこぺこと何度も何度も頭を下げていて、流石に見ていて可哀想に思えてきてしまうほどだ。

 ここからじゃ会話内容はわからないけど、オーナーが怒っている理由はやはりお金に関わることなのかな。


「うーん。『今日という今日はヤツを頂点から引きずり落とせるのだろうな? これ以上俺様の金をヤツに渡すようなことになれば貴様の身もただじゃおかんぞ!』……ってところかな」


「え、うそっ。フユキ声聞こえたの⁉︎」


「まさか。口の動きからそれらしい言葉を当てはめて、不明瞭な箇所はこちらで勝手に補って繋ぎ合わせただけさ。職業柄、探偵紛いの依頼もたまに請け負うこともあるからね」


「そ、それでも十分すごいですけど……」


「とにかく……アイツが言う『ヤツ』ってのは、もしかしなくてもヘリオスのことか?」


「そうだろうね。俺達が調査に来る前からここに来ていたようだし、その上肩書きに恥じぬ実力で何度も優勝しているものだから、稼いだ額も相当なものになっていることだろう。それで見事に支配人に目を付けられてしまった、ってところか。最も、あの様子じゃ今の今までヘリオス様を負かすためにいくら刺客を寄越しても全て返り討ちにされてしまったようだけど」


「まあ、元々戦い好きな上に大精霊だもの。並の妖精や精霊が勝てるような相手じゃないよ」


 フユキのおかげで、オーナーの精霊が苛立っている理由がよくわかった。要はヘリオスさんが闘技場で勝ち続けたことで結構な額のコインを持っていかれてしまい、カジノ側も収益がかなり下がっていることに腹を立てているということか。

 こんな場所のオーナーだ、お金にがめついことは容易に想像できる。それで今回こそはヘリオスさんの膝をつかせろと部下に対して息巻いているのだろう。


「でもあの怒り様……自分の思い通りに事が運ばなければ何かしてきそうな嫌な予感がします。しかも今回はオスクさんもエントリーしていますし、オスクさんが勝った場合もいちゃもんをつけてくるだけでは済まないかもしれません」


「ああ。だが、それがここのトップであるアイツを締め上げるチャンスになるかもしれない。アレウス、アイツが何か仕掛けてきてもすぐ取り押さえられるよう、レクト達に闘技場周辺に待機するよう言っておいてくれ」


「あっ、うん! わかった」


 フリードの意見を受けて、ルーザも最大限の警戒を払っておくべきだと判断したのだろう。そう指示を飛ばして、アレウスもすぐさまそれにうなずいた。

 そうだ……これはヘリオスさんからの試練である前に、カジノの取り締まりでもあるんだ。オーナーが目の前にいる以上、何が起こっても不思議じゃない。少しでも怪しい動きがあったら、私達もすぐ動けるよう構えておこう。


『それでは注目の第一戦、早速いってみましょう! 戦士、入場!』


 それからしばらくしない内にまたしても実況担当の男の声が聞こえてきた。いよいよ始まる……私達は緊張しながら、中央のフィールドへと意識を集中させた。

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