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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第16章 追い求めた果てに─ Spirit Collapse ─
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第216話 狂騒のエスタディオ(1)

 

 それから総合受付へと戻ってきた私達は、さっき応対してくれた受付嬢がいるカウンターへと向かう。あの女性は私達の姿を捉えると、ぺこりと頭を下げて一礼する。


「いらっしゃいませ。何かお困りでしょうか」


「いえ。ビギナーランクを獲得できたので、今度こそ闘技場のエントリーの手続きを進めてほしくて」


「えっ、この短時間で?」


 イカサマが当たり前なこのカジノで、1時間程度で5000枚を稼ぐのはやはりそう簡単なことではないらしく、私の言葉に流石の受付嬢も少し驚いた様子だった。証拠を見せた方が早いだろうと、ルーザはさっきと同じく女性にカードを手渡した。

 その裏に押されたスタンプを見て、それが本当だと女性にもわかってもらえたらしい。眼鏡の奥にある目を見開きながら、ほうと感嘆の息を漏らす。


「なんと……まさか今日の内に、しかもほんの数時間で達成されてしまわれるとは。……あっ、すみません。闘技場にエントリーされるのでしたね。すぐに進めさせていただきます」


 驚きつつも仕事を忘れるなんてことはなく、女性はすぐさまカウンターから一枚書類を取り出してカリカリとペンを走らせていく。そしてしばらくしない内に自分が書くべきところは全て記入し終えたようで、今度はその書類とペン、それとインク瓶を私達に向かって差し出してきた。


「記載されている内容をご確認の上、こちらの欄にエントリーされる方の氏名をご記入ください。ただし、15歳未満の方は種族問わずエントリーをお断りしていただいてますので、(あらかじ)めご了承くださいませ」


「わかりました。えっと……」


 私が書類を受け取ってすぐに、言われた通りその内容を確認するべくそこに(つづ)られている文章にみんなでサッと目を通していく。

 大まかなルールとして、闘技場は全16組でのトーナメント形式で試合が行われるらしい。使用できる武器に制限はなく、自前のものでも、店のレンタルどちらでも可能とのこと。

 また、一人でエントリーするのはもちろん、2人以上のチームでの参加も認められているようなのだけれど、その場合エントリーする際に参加費として支払うコインの枚数も人数の分だけ倍になっていくようだ。通常は1000枚だけど、2人で挑むなら参加費は2000枚に、3人なら3000枚になる、といった具合に。


 さて、問題は誰がエントリーするか。ヘリオスさんから聞いていたように、アレウスは年齢制限に引っかかってしまうから参加は不可能だし、そもそも私達への試練に巻き込むわけにはいかない。

 私はコイン稼ぎのためのダーツを引き受けたから、観戦にまわるよう言われているし。大精霊2人と、フユキも参加は遠慮すると言っていたから、残りの6人の中から選出することになるのだけど……


「なあニニアン、ヘリオスは一対一の真剣勝負の方を好んでいるのか?」


「えとえと……そうですね。それが勝負の正しい在り方だといつもおっしゃってましたから。ルール上問題ないことから、複数人で挑んでもヘリオスさんは気にすることはないかもしれませんけど」


「でもやっぱりちゃんと認めてもらうなら単独でエントリーするべきよね。大精霊様が相手でも、フェアな戦い方でないとこっちも納得いかないと思うし。お情けでエレメントを託してもらっているようじゃ、『滅び』には勝てないわ」


「……っ、ですね。カーミラさんの言う通りです」


「へえ。お前もたまには良いこと言うじゃねぇか」


「もう、失礼ね。故郷にも酷い被害が出そうだったのよ? あたしだって自分なりに危機感持ってるんだから」


 うなずくフリードの横で嫌味っぽくそう言ってきたルーザに、カーミラさんは少し膨れて見せる。


 カーミラさんもこれまでの戦いと、『滅び』の存在を知るきっかけとなった事件……アンブラ公国も、あと一歩遅かったら甚大な被害が出てしまうような状況に陥っていたことがあったから、もっと強くならなくてはならないという気持ちがあるのだろう。レオンの拷問に等しい特訓も、文句は言いつつも逃げ出そうとはしてないのがその証拠だ。

 ……血の味を克服するための訓練は相変わらず拒否しているようだけど。


「わたしもできる限りのことは頑張りたいけど、実技の成績だってこの中で一番低いし……。それに、火属性のヘリオスさん相手じゃわたしの魔法だと相性悪いよね〜」


「得意不得意は仕方ないさ。前線に出て切り込んでいくことだけが戦いじゃないからね」


「だな。エメラが無理することねぇよ。だけどさ、ここのお客ってすぐ他人の金ぶん取ろうとしてくるようなヤツばっかだよな。全員が全員そうじゃなくても、女だと舐められやすいってさっきも言ってたしさ、女子が出るのは危ないんじゃね? まあ、ルーザはその心配全然なさそうだけどよ」


「……ケンカ売ってんなら買うぞ?」


「スンマセンッ‼︎ で、でも事実だろ⁉︎」


 イアがまたしても口を滑らせて余計な一言を漏らしてしまい、苛立ちが剥き出しの目でジロリとルーザから睨まれてイアは慌てて頭を下げた。

 ただ、その後に続けられた言葉に対してはルーザも否定することなく、「フン」と強気に鼻を鳴らす。


「当然だろ。舐め腐ってくれた分、徹底的に叩きのめすまでだ。お前らが別にいいって言うなら、オレがエントリーするぞ。いいか?」


「僕はもちろん構いませんけど、でもルーザさん、本当にいいんですか? 任せてしまって」


「正々堂々が通用しない相手ばかりとはいえ、あの酒呑(しゅてん)童子(どうじ)とかと比べたら大したことないだろ。それに、オレとルージュは『滅び』と正面切って戦うことがほぼ強制されてんだ。先にルージュがここに来るまでの道を切り拓いてくれたってのに、オレが何もしないでいるのは情け無いからな」


「ほう。見上げた勇気と大した覚悟だ。流石、酒呑童子様から認められただけはあるね」


「ハイハイ、話決まったんならサッサと先進むぞ。ちんたらしてる余裕は無いんだ」


 感心しているフユキを他所に、オスクは私から書類をひょいと取り上げるとインクを付けてからペンでさらさらと素早く名前を書き込み、書類を女性に返す。女性は書類を受け取ると、手続きが完了したという証なのか、名前が書き込まれた欄にポンとスタンプを押した。


「エントリーされる方は()()()様ですね。こちらで登録させていただきます」


「えっ」


「これで手続きは完了致しました。入場する際は参加費と入場カードをお持ちの上、闘技場入り口にお越しくださいませ。ご健闘をお祈りしております」


「い、いや、ちがっ……」


 女性が登録したという名前……本来ならルーザであるはずのそれが違っていたことに当然のことながら戸惑う私達。ルーザが咄嗟(とっさ)に訂正しようとするものの、女性が返却してきた私達の入場カードをオスクが素早く回収してしまったためにそれも結局できないまま。混乱しつつも、すぐに気持ちを切り替えたらしいルーザがすたすたとその場を後にしようとするオスクの腕を掴んで詰め寄った。


「おい、どういうことだよ。なんでさっきオレじゃなくて自分の書いた? オレが出るって言っただろ!」


「どういうことも何も、最初からこうするつもりだったけど? お前らの心構え次第じゃそれも見送ることだって考えてたけど、さっきの言動から問題ないと判断したからそうしたまでさ。何か文句ある?」


「いや……だがお前、ヘリオスとの勝負は嫌なんだろ? それにヘリオスはともかく、オレが他の出場者に遅れを取るとでも思ってんのかよ」


 納得がいかないのと、疑問が尽きないといった様子のルーザにオスクはやれやれと肩をすくめ、「あのさあ」と少し呆れながら説明を続ける。


「理由もなくこんな面倒なこと僕がするわけないじゃん。半人前っていう評価は変わんないけど、お前がそこらの雑魚どもにやられるとは微塵も思ってないっつの。さっき言ってた通り、相打ちではあったけどあの酒呑み鬼の協力取り付けたくらいだしさ」


「だったら!」


「だけどここじゃ正々堂々が通用しないわけじゃん。酒呑み鬼みたく、対戦相手全員が親切に正面からぶつかってくれるとでも? そっちの方が珍しいだろうよ。いくら中身が凶暴無慈悲でも外見はひ弱な妖精、しかも女だ。見下されんのは必至だろうし、勝利したっていう判定下されても、お前が武器下ろした瞬間に後ろから複数人で羽交(はがい)()めにされる可能性だって充分考えられるっしょ」


「ぐ……それは」


「そんなケダモノの巣窟(そうくつ)に放り込む保護者がいるかっての。あの戦闘狂から認めさせんのはこれからだけど、少なくとも僕はエレメントを預かるには相応しいってくらいお前らには期待してんだ。危ないことは引き受けてやるから、ここは素直に引き下がっておきなよ」


「……わかった。その、ありがとな。守ってくれて」


「これも僕の仕事なんでね。まあこれを言い訳にアイツを数十年勝負事に関して黙らせられるわけだし、さぁ?」


「そっちが本当の目的だよね……」


「どっちでもいいじゃん。動機としては充分。ほらほら、立ち止まってる余裕はないぞー?」


 なんでもないことのように手をヒラヒラさせながら、ルーザに掴まれていたことで止めていた足を再び動かして歩き出すオスク。置いてけぼりにされないよう、私達も慌ててその後を追った。

 ここで一度手合わせすることで、しばらくはヘリオスさんから勝負を申し込ませないようにするのも本音ではあるのだろう。でも、ここの不埒な利用客から守ろうとしてくれているのも紛れもない本心に違いない。

 口では色々言ってるけど、保護者としての務めを果たそうとしてくれているのが本当に有り難かった。


 戦いはしないけどせめてオスクへの応援と、ヘリオスさんや他の出場者の戦い方を見て勉強しないと。そう思いながら、みんなで闘技場の入り口へと急いだ。

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