第215話 定めた標的へ(2)
私は目の前ダーツボードを見据えながら、矢を投げる体勢を整える。
矢の持ち方も、姿勢も周りの利用客の見様見真似だ。ボードに矢をちゃんとヒットさせられるかも自信がない。力加減なんかも、ベストだと思うものをこれから見つけ出して自分で調整する必要がある。
不安だらけだけど、やってみないことには何もわからない。意を決し、真ん中より少し上へと狙いを付けて、腕を少し手前に引いてから……投じた。
思いの外真っ直ぐ飛んでくれたそれはヒットすると同時にボードがそれに反応してパシュン! と音と光を発する。そしてヒットした箇所は……中央から左下、7点となっていた。
「おっ、当たった! 当たったぞ!」
「さっすがぁ!」
「初めてなのに一発目で当てちゃうなんて、やっぱり才能あるんじゃないかしら」
獲得した点数はそれほど高いものではなかったけれど、ボードにヒットしたことがわかった途端、みんなが口々に褒めてくれた。
ボードから外れなかったことと、みんなから称えられることはやっぱり嬉しいものだ。今でも緊張感から胸が少々バクバクとうるさいのだけど、一度成功したことから強張っていた頬も少し緩む。
「それで、どうだ? 一発投げてみて」
「そうだね……思ったより下に落ちたかな、って感じ。あと、結構左にズレちゃった」
「ま、軌道修正しながら感覚掴んでいくしかないっしょ。次は気持ちちょっと上目掛けて投げたら?」
「うん、やってみる」
オスクの言葉にうなずきながら、私は二投目を構える。一投目での投げ方と刺さった位置を踏まえて真ん中よりもう少し上の位置、右寄りに狙いを付けて投げた。
……そうして次にヒットしたのは、10点の内側のエリア。位置としては中央の右側だ。
「あっ、惜しい……! 高さは丁度いいくらいでしたね」
「うーん。矢が軽いから、ほんのちょっと修正したつもりでも大きく影響が出ちゃうな……」
「続けてやることで覚えていくしかないだろうね。コインとお金にも余裕はあるし、損する結果になってもランクを獲るには関係ないから、ルージュさんはゲームに集中していて」
「ああ。お前は投げることだけ考えてればいい。コインが足りなくなったらすぐに補充してくればいいしな」
「ルージュさん、がーんばれ!」
「うん、ありがとう!」
ドラクとルーザがかけてくれた激励の言葉と、アレウスが元気よくしてくれた応援にお礼をいいつつ、私は三投目を構えた。……結果はボードの右上、18点の内側エリア。1ラウンド目は35点という結果で終わった。
カウントアップでのラウンドは全部で8。コインを得られる400点に到達するには、残り7ラウンドで365点獲得しなければならない。平均すると1ラウンドごとに52点……ダーツが今日初めての私でも1ラウンド目で35点は取れたことを思えば、決して手が届かない領域じゃない。今の反省点を踏まえて投げていけばきっと到達できる筈。
それから2ラウンド目、3ラウンド目と投げていき、それぞれで24点、39点を得ることができた。矢を外すことはなかったものの、点数にも表れているとおり、現時点で中央……ブルへのヒットは無しだ。
でも、投げ続けたことで少しコツが掴めてきた。次こそは……!
決意を改めて固めながら迎えた、折り返しとなる4ラウンド目。今までの投げ方と、結果を思い出しながら私は再びダーツを構える。
狙うべき高さは20点のトリプルより少し上、右手で投げるから真っ直ぐ投げたつもりでも軌道が若干左寄りになることも考慮してほんの少しだけ右に向けて。肩まで使って投げるのではなく、肘を固定して腕を軽く振る。余計な力は込めず、ふんわりと弧を描いて飛ぶように。そして、
「────ここだ!」
狙い澄まして放ったそれは想像通りの軌道を描き、吸い込まれるようにして中央へと突き刺さる。ボードも普通にヒットさせた時よりも、バシュン! と少し派手で大きな立てた。
「や、やりましたね! ブルにヒットです!」
「ほう。まだ一度目とはいえ、この短時間で当てにいくとはやるねぇ」
「今の感覚を忘れなければ400点のハードルもそう難しいものでもないだろ。この調子で頼んだぞ」
「うん、任せて!」
ルーザの言葉に大きくうなずきながら、私はまたボードへ向き直ってゲームを再開する。
一回ブルにヒットさせられたことで、自信も少しついてきた。この流れに乗ろうと、さっきの投げ方が身体から離れてしまわない内に次のダーツを手に取って投げていく。
その後は連続でブルに当てることは叶わなかったけれど、20点、19点と続けて高得点を得ることができた。その後も何度かブルにヒットできたり、たまたまトリプルのエリアにヒットできたりと、アワードを獲得するには至らなかったものの、それなりの点数を得られたラウンドも出てきて、1回目のゲームを終えることとなった。
最終的な結果は426点。なんとか目標だった400点を超えることができて、50枚のコインを受け取れることとなった。
「やったな! 出だしとしてはなかなか良かったんじゃねぇの?」
「うん。なんとかコインをもらえる点に到達できてよかったよ」
「でも残り4950枚いるわけっしょ? ずーっと400点取っていくとしたらあと99回はこれやり続けなきゃいけなくなるし、これからが大変じゃん」
「う……で、でもなんとなくブルにヒットさせられる投げ方もわかってきたし、400点より上だって目指せるかもしれないでしょ? それに、アワードにだって手が届くかもしれないし」
「500点も取れれば100枚に増えるようですからね。それに、受付に払う枚数を2倍、3倍と多くすれば報酬もその分だけ倍になるようですし、自信が付いてきたらそちらも利用するのも手だと思いますよ」
「カジノらしく、賭け金ってことかな。まあ、とりあえず2回目も頑張ってみるね」
みんなも一緒に喜んでくれて好調な滑り出しだとは思うけれど、それでもオスクの言う通り先が長いことは確か。コインの獲得枚数を伸ばしていくにはゲームに励んでいくしか道がないし、まだまだ頑張るしかないか。
そう気持ちを切り替えて、私はまた受付にコイン100枚を支払って2回目のゲームに挑む。一度やったことで最初にあった緊張感もかなりほぐれてきて、さっきよりもリラックスしてゲームをすることができた。




