第212話 薄汚れたアエスティマティオ(2)
悪趣味な黄金の像を通り過ぎた先の、カジノの入り口前に設置されている受付へと向かっていく私達。11人も一緒に並んで歩いていると足音もそれなりに大きかったのだろう、窓口に着く前にそれに気付いた担当であろう男妖精が気だるそうにゆるゆると顔を上げた。
「チッ、なんだガキかよ……。ごほん、御用はなんでしょうか。冷やかしならお帰りください」
いかにも意地の悪そうな三白眼をしたその妖精は、接客するとは思えない態度で応対してくる。
小声のつもりだったんだろうけど舌打ちとその後の呟きもばっちり聞こえていたし、咳払いした後に一応は丁寧な言葉に直したものの、声色自体は不機嫌さを隠そうともしないどころか丸出し。服装も、必要以上にごてごてと金の装飾が施されたそれは、上品というよりはいかにも成金趣味全開というような感じ。
フユキが苛立ちを隠すのに苦労したというのもうなずける。こんな初対面で、さらに仮にも歓迎すべきお客さん相手にすら失礼極まりない態度を最初から取ってくる相手に好感を持てるはずがない。
子供だからと馬鹿にして……しっしっ、と追い払うように手を振ってくるヤツに、どうしてこの仕事を請け負わせているのか疑問しかなかった。
「ここに来る理由なんて一つしかないだろ。ここに入るために、カードを買いに来たんだ」
「ああん? ……ハァ、金はあるんでしょうね? えーっと……それが欲しければ10万ゴールド払ってくださいよ。言っておきますが、ここでツケは一切通用しませんからね」
「あるに決まってんだろ。ほらよ」
そっちがその気ならと、ルーザも負けじと強気な姿勢で用件を伝える。
男が面倒くさそうにわざとらしくため息をついてから、ジロリと疑いの眼差しを向けてきたところでルーザが私に手で昨日の袋を出すようサインを出し、私はすぐさまカバンから金貨が詰まった袋を引っ張りだす。そして言われた金額分だけルーザに手渡し、それをバンと叩きつけるようにしてカウンターに置いた。
子供がそんな大金をポンと出せるわけがないとタカを括っていたのだろう。躊躇が無い上に、あまりにも呆気なく取り出されたそれに男はぎょっとすると同時に、少しばかり焦り始める。
「げっ⁉︎ お、おっと桁を一つ間違えた。これだけじゃあ足りませんね」
「はあ? そっちが先に10万って言ったじゃんか。今更後出しでそんなこと言われても納得できるかよ!」
「そう言われましても、それがこちらのルールです。こちらも商売してるんだ、充分なサービスを提供するのと稼ぎを得るために何一つおかしいことはないでしょうが。残り100万ゴールド、キッチリ払えないのならここでお引き取り願います」
「ちょっと。残り100万って、今の合わせて90万でしょ? 計算も間違ってるじゃないの」
「今のは迷惑料ですよ。こっちの貴重な時間を取った上に手を煩わせてくれたんです、当然の対価でしょ?」
「なっ……そんな勝手なことが許されるはずがないでしょう! 商売以前の問題です!」
「ったく。話には聞いていたが、どんだけクズなんだ……」
正当な理由もなく値段を10倍に吊り上げてくるどころか、さっき払ったはずのお金は迷惑料だとかいってあろうことか自分の懐に入れる始末。値段を間違えたのは向こうに落ち度があるというのに、こっちが悪いような言い方と対応。
私達を舐め腐っているにも程がある態度に、イアとカーミラさん、滅多に声を荒げないフリードすらもこれには流石にカチンときたようで、みんな口々に抗議するものの男はどこ吹く風だった。
……これじゃあ交渉するどころか、会話すらまともに成立していない気さえしてくる。質が低いというか……最低限の業務をこなすための教育も全くされていないのが丸わかりだ。
ここで素直に100万ゴールドを払ったとしてもさらに値段を上げて、それでも払ってきたならまたさらに上げて……と、同じことを繰り返すだけの、イタチごっこにしかならないのが目に見える。話にならないと、ルーザも怒りを通り越して呆れ返っていた。
「うーんと、これってちゃんとお金払わなくちゃダメなの?」
「ううん、逆だよアレウス。ここで素直に出したら余計付け上がらせちゃうだけだもの。ねえ、フユキ。フユキ達が調査に入った時もこんな感じだった?」
「うーん、ここまでは酷くない……いや、それは俺の買い被りすぎか。この男みたくこれほどあからさまに詐欺紛いなことはしなかったけど、程度はどっこいどっこいってところかな」
「どいつもこいつもゲスばっかかよ……。だが、どのみちこのままじゃ埒が明かないだろ。直接ぶん殴ってやりたいところだが、近づいてみた感じそうもできないようだしな。オスク、なんとかならないか?」
「へえ、お前にしちゃ察し良いじゃん。アイツの目の前に『壁』があるからなぁ。雑魚の癖に、無駄にふんぞり返っているのはそれで守られてるからだろうけどさ。でもま、」
オスクはそこでふと言葉を切ったかと思うと、その姿が一瞬にして消える。そして次の瞬間には男の背後から姿を現し、
「がっ⁉︎」
「所詮は妖精レベルの小細工だ。この僕を阻めるわけないっしょ」
男の首の後ろを叩いて気絶させた。どうやら小さなゲートを開いて、男の影を通じて背後に回り込んだようだ。
男が倒れ込んだのを確認してから、「じゃあついでに」とオスクは窓口の辺りを指先でつつくような動作をしてみせると、パリンと何か割れたような音が辺りに響く。これでカウンターの間にできていた『壁』……魔法による防壁が解除されたのだろう。
みんなも男に対しての怒りが完全には収まり切っていないみたいだけれど、ようやく話が進むことにホッと息をつき、フユキに至ってはどこかで予想していたのか豪胆にも「お見事」と拍手を送っていた。
「やれやれ、手間かけさせてくれちゃってさ。んーと、入場カードとやらは……これか? ほらよ」
「おっと」
オスクは男をどかした後に、カウンターの中をゴソゴソと弄り……やがて目的のものが見つかったようで、引っ張り出してすぐにルーザに向かって放り投げる。
パシっと受け止めてからそれを一緒になって確認してみれば、それはキラキラと金色に輝くカードだった。その色は綺麗というよりは少々どぎついくらいで、あの像でなんとなくわかっていたけど入場カードもカジノのオーナーの趣味がしっかり反映されていることに、ルーザと揃ってげんなりする。
「上品さのカケラもないな。こんなのが10万以上もするとか、仮にカードをちゃんと受け取れていても金払ったこと後悔しそうだ」
「金といえばもう一つ。中からこんなもの見つけたけど何かに使えるんじゃない?」
「ん?」
まだ気になるものがあったのか、またしてもルーザに向かって何か投げて寄越してくるオスク。それは巻かれた紙らしきもので、早速広げて中身を確認してみれば。
「料金表か? ……って、なんだよコレ」
ルーザの言葉通り、オスクが見つけたものはこのカジノの料金表のようだった。ただ、明らかに異常な内容にルーザは怪訝そうに顔をしかめる。
請求される料金は通常なら年齢や人数、利用日数などが書かれていて、金額もそれによって変動しそうなものだけど……そこに書かれているのは『VIP』やら『常連』、さらには『底辺』など、それらとは全く異なる文言だった。しかも、その横に記されている金額がそもそもおかしい。
「『VIP』はゼロで、『底辺』は10万って……なんか単語の質が悪くなるほど高額になってるんだけど」
「なにそれ。じゃあお客さんを勝手にランク付けして、それに合わせて金額を勝手に変えてたってこと?」
「それに、一番下の『最底辺』だと100万って書いてやがる。オレらはここに当てはめられたってことか。この『通常』ってとこの、1万が言葉通り普通の金額なんだろうが……」
「まあ、そんなのは最初から適用する気ないだろうね。子供とか貧乏そうな相手はハナから追い出さない代わりにそれで懐事情を探ってるんだろう。『底辺』の区分の10万か、それ以下と判断した時は『最底辺』の100万を払えるか否かで弾いてさ。払えればそれでよし、払えなければそのまま閉め出してお終い、ってところかな」
「さっき勝手に値段を上げてきたのは僕達には『最底辺』が相応しいと判断されたせいか……。それでお客を品定めしてるってことなんだろうけど、何にせよいい気分はしないね」
担当の男の態度もそうだったけど、ふざけているとしか言いようがない制度にエメラとドラク、他のみんなも不快感を露わにしている。もし今回のようにたまたま払えるだけの手持ちがあったとしても、私達みたいな大した抵抗もできなさそうな子供相手には報復されないのをいいことに、さっきみたいに迷惑料だとか屁理屈を並べてお金だけ取られて追い返される可能性もあったのだろう。
でも、それも今日で終わりだ。どこまで効力があるかはわからないけど、この料金表も証拠として使えるはず。
「か、カードが手に入ったのはいいですが、この後どうしましょうか……」
「まずはこいつを拘束するべきだろうな。アレウス、レクト達に連絡して男を捕まえるのと、この表と受付の中にある金を全部回収するよう頼んでくれ。差押えってやつだ」
「あっ、うん! すぐ来てもらうね! えっと、ルーザさんがさっき払ったお金はどうしよう」
「そのままにしときなよ。金は払った、っていう事実だけでも作っておけば、この先で疑われても正しい手順踏んでるんだから文句は言えないしな。ま、それ以上にあの参謀サマに絞りに絞られるっしょ」
レクトさんにこってりと締め上げられる様子を想像したのか、クククと含み笑いを漏らすオスク。
仕える主君であるアレウスにすら息をするが如く毒舌を容赦なく浴びせるレクトさんのことだ、これからこの男には散々精神的に痛ぶられる拷問が待ち受けているだろうけど……あの手慣れた感じは初犯でないことは確実だから、それも当然の報いか。
「ここの後片付けは担当の兵士に任せるとして。今のやり取りと男の所業を一通り伝えたら、俺達は本来の目的を済ませることを優先しようか」
「うん、明るい内に済ませないと」
フユキにそう言われたことで気持ちを切り替え、私はカジノの入り口へと視線を向ける。
受付でもこの有り様なんだ、中にはそれ以上もいるかもしれないけど……みんなが付いててくれているんだ。決して屈したりするものか。
そんな闘士に似た感情を心に秘めつつ、私達はレクトさん達が到着するのをその場で待つことに。




