第212話 薄汚れたアエスティマティオ(1)
比較的危険が少ないであろう明るい時間帯に用事を済ませておいた方がいいというフユキのアドバイスに従い、私達は朝を迎えて朝食を済ませてからすぐに宿屋を出て、予定通り商業地区・3番街へと向かった。
昨日訪れた1番街を通り抜け、さらに2番街の奥へと進んでいくとそれまでたくさんあった商店の数がどんどん減っていき、民家すらも視界から姿を消していく。そのまま道なりに歩いていくと、それらと成り代わるようにして巨大な建造物が私達の目の前に現れた。
「よし、到着。ここが今回の本命であるカジノだ」
「ここが……」
目的地であるカジノは、城ような建物だった。いくつもの白い柱が規則正しく立ち並び、見上げてみると深緑のドーム状の屋根が覗いている。壁を構成している石も細かい彫刻が施されているようで、宮殿ほどじゃないけど荘厳な雰囲気を漂わせていた。
それだけなら高級感ある立派な建物で済んだのに、入り口前に設置されているこのカジノのオーナーなのか……小太りの身体にタキシードを纏ってシルクハットまで被っているヒゲを生やした初老の男精霊を模した、悪趣味な黄金の像の存在が見事にその空気をぶち壊していた。像とはいえ、その顔に貼り付いているニタニタとした笑みがベルメールのようないかにも他者を見下しているという感じで、良い感想はとても抱けなかった。
「建物は上品なのに、あの像どうにかならなかったのかしら……。権力者とか、偉くなると大きな自分の像作りたがるのってどうしてなんでしょうね」
「さぁてね。自分の財力と権力を見せつけるのに一番手っ取り早い方法なんじゃないの? 理解できないし、したくもないけど」
カーミラさんにもオスクにもあの像は不評のようだ。他のみんなも、言葉には出さなくとも顔ををしかめていたり、渋い表情を浮かべていたり。アレウスでさえ、微妙そうな顔をしている始末だ。
レクトさんから話を聞いた時からなんとなく想像していたけれど……まだ入り口前だというのに、カジノに対しての印象は悪いとしか言いようがなかった。
「色々思うところはあるだろうけど、目的を達成することが最優先だよ。まずはカジノに入れるかどうか、そこが問題だ」
「え、入るくらい簡単にできないの?」
「欲望が渦巻く場所だからね、金を落としてくれなさそうな客は門前払いされてしまうのさ。ここの受付でカジノに踏み入らせるに相応しい客……というよりは、自分達のいい金ヅルとなるカモになり得るか、ふるいにかけているというわけだ」
「な、なんか聞くだけでも嫌な感じだなぁ……」
「やっぱ昨日のルビーの謝礼、もらっといて正解だったんじゃね?」
「ああ……」
驚くエメラに対して、すかさずその訳を説明するフユキ。吐き捨てるように並べられた、字面でもいい気分がしない言葉の数々は先に調査してくれていた時に身をもって痛感したからこそだというのがすぐにわかった。それが大袈裟でもなんでもないことを横で聞いていたドラクも察したらしく、不快感から表情を歪めている。
こういった場所だし、それなりにまとまった資金が必要かなとは思っていたけれど、下手をすれば入り口で追い返されてしまう可能性があったとは……。本当にたまたまだったとはいえ、欠品していたルビーを渡したことで多額の謝礼を受け取れて丁度良かったと、イアの言葉に流石のルーザも納得したようにうなずいている。
昨日、店主から受け取った金額はざっと100万ゴールド以上。入場料がどれくらいかかるのかまだわからないけど、それだけあれば門前払いは避けられると思うのだけど……。
「フユキとニニアンさんは、オスクからの依頼のためにカジノに来たんだよね。その時っていくらぐらい取られたの?」
「えとえと……確か、10万ゴールドだったかと思います。支払いと……それについての交渉はフユキさんにお任せしちゃったんですが」
「いやぁ、あからさまに足元見ていて不愉快極まりなかったよ。なんとか言い負かしてその金額に収められたけど、下手に出てればさらに吊り上げられていただろうね。こめかみが震えてるのを誤魔化すのに苦労した」
あはは、と笑いながらその時の状況を伝えてくれたけど……フユキがそこまでイライラするだなんて。情報屋という職業柄、滅多に営業スマイルを崩さないというのに、それを保ちきれないばかりか怒りを抑え込むのに必死になっていたとは。相当、その相手に馬鹿にされたんだろう。
値段を吊り上げられるということは、決まった価格がない……つまりは受付担当の気分次第でコロコロ変えられてしまうのか。商売にすらなっていない、ふざけた話だ。
「さらに腹立つことに、そんな高額な金額請求しておいて渡される札が通用するのは購入した当日限りでさ。後日に再度入ろうにもまた一からやり直しというわけだ」
「……とことんまで搾り取ろうとする魂胆が見え見えですね。呆れるのを通り越して感心します」
「全くだよ。1番街で得た稼ぎもほとんどそれで溶かしてしまってさ、一瞬ですっからかんだ」
「え。じゃあフユキが1番街で荒稼ぎしてたのって……」
汚いとしか言いようのないやり方に、フリードもげんなりとした表情を浮かべると、フユキも気に入らないとばかりにそう吐き捨てる。
だけどその内容……1番街で、帝国の商業の仕組みについて説明してもらった時、そこの制度を大いに活用していたことは聞いていた。てっきり、自分の懐を潤すためだと思っていたのに。もしかして、と思ってこぼした疑問に、フユキははっきりとうなずいて見せる。
「ああ、ここに入るためさ。オスク様のような方相手では、きっちり完遂しなければ納得なさらないだろう?」
「そ、そうかもしれないけど……どうしてそこまで」
「……あなた方には俺の国と、俺自身を救っていただいたんだ。これくらいしなければ釣り合わない。何より、俺がそうしたかった。受けた恩は必ず返す、そのためにもね」
「……?」
私を真っ直ぐに見つめながら、私の疑問に答えるフユキ。
フユキのその言葉に偽りはないだろう。普段はあまり見せることのない真剣な表情で紡がれたそれは、とても嘘だとは思えなかった。でもどうしてだろう……その恩返しに、何か別の意味が含まれているような気がするのは。
「あのあの、そろそろ受付に行った方がいいかと。中に入れても、そこで目的が果たせるのにどれくらいかかるかわからないですし……」
「あっ、そうですね。ここでいつまでも立ち止まっているわけにもいかないし」
「レクトも、オンラード達と何かあった時のために周りで備えてくれるって。払ったお金も、あやしいって分はおーしゅー? した後に返してくれるみたい」
「やれやれ、この機会使ってクズ共の巣窟に雪崩れ込む気満々じゃん。利用することは宣言してたけど、とことんまで使い倒すつもりとはね。ご立派な参謀サマなこった」
「こういう時でもないと摘発ってできないのかもしれないし。どうせなら、悪いヤツみーんな捕まえちゃおうよ! そしたら、周りの妖精と精霊も安心できるんじゃない?」
「そうだね。ずっと見逃してくれるわけじゃないってことを思い知らせれば、抑止力になるだろうし。全員は難しいかもしれないけど、リーダー格を取り押さえられればその下も崩せるかもしれないね」
ニニアンさんにそう言われたことでハッと我に返り、頭を振って気持ちを切り替える。
レクトさんが本来なら行くべきではないと忠告してきたくらいだ、取り締まろうにも今までなかなか乗り込めなかったのは想像に難くない。こっちにも火の大精霊に会うという目的があるし、それと一緒に国の手助けができるならと、エメラとドラクも張り切っている。
昨日とは打って変わって、アレウスには社会の薄汚れた部分を見せることになってしまうかもしれないけど……レクトさんに言わせれば、それも立派な皇帝になるのに必要な勉強となるのだろう。私達も、アレウスが危険な目に遭うなんてことにならないように充分注意しなければ。
それから私達はとうとう意を決して入場カードを購入するべく、受付へと向かう。目的のためにもここでつまずいてられない……静かに、それでも強い覚悟を胸に秘めながら。




