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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第16章 追い求めた果てに─ Spirit Collapse ─
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第211話 見上げた星に(1)

 

 それから私達は再びフユキの案内で最初の大通りに戻ってくると、そこから東に歩いた先にある居住地区・1番街の今日宿泊することになっている宿屋へと向かった。


 アレウスも今夜は宮殿には戻らず、このまま私達と宿に泊まるようだった。いくら幼い子供とはいえ、連絡もしないで急に人数が1人増えても大丈夫なのかと心配していたけど……どうやら、それもレクトさんが先に手を回してくれていたらしい。

 正確にはフユキが私達の宿泊先をレクトさんに伝え、それを聞いたレクトさんが宿の店主に連絡を取って許可を得て、そしてレクトさんから預かっていたアレウス分の宿泊費用をフユキが受付する際に支払って無事解決、というのが事の次第。


 なんというか……急遽決まったことにもかかわらず、スムーズに物事が進みすぎてちょっと怖い。情報屋と、皇帝側近の名参謀。立場こそ違えど、同じ頭脳派がタッグになるとここまで用意周到に準備できるものなのか、なんて。

 味方である分には心強いことは確かではあるんだけれど。


「俺達の部屋はレクト殿の要望で急遽6人用の大部屋にしてもらったよ。無いと思いたいけれど、分かれるよりは大人数共にいた方が万が一問題が起きた時に素早く気付けるし、対処もしやすいということでね」


「勝手に決めちまったことだけどよ。アレウス、オレ達と一緒に寝るってことで大丈夫か?」


「うん! お父さん以外のヒトといっしょにねるのって初めてだから楽しみなんだ。でも、ここにあるベッドって宮殿にあるものよりちっちゃいんだね」


「や、やっぱり宮殿のベッドってキングサイズってやつなのかな。それもとびっきり豪華な。僕達はあのくらいが丁度いいんだけど」


「比較対象がそもそもおかしいっての。でもまあ、普段のがそんなにでかいんなら、ここの貧相なものじゃ転がり落ちそうじゃん。頭打ち付けないように鎖で身体固定しておいてやってもいいけど?」


「ぼ、ぼくそんなにねぞう悪くないもんっ!」


 なんて、からかわれたことで顔を赤らめながら腕をバタバタさせて文句を言うアレウスを、オスクはいつものようにケラケラと笑い飛ばす。

 そんないかにも子供らしい仕草に私も、みんなもオスクにつられて吹き出してしまう。みんなに笑われているこの状況にアレウスは頬を風船のように膨らませながらむくれていたけれど、やがて本人も堪えきれなくなったようで最終的にはみんなと一緒になって笑い合った。


「さてと、あまり長く雑談していては就寝時間が遅くなってしまう。明日に備えるためにも、早く食事を済ませて身体を休めよう」


「ん、そうだね」


 今日は観光だけだったとはいえ、帝国に着いてすぐにパレードを見に行って、それから宮殿に商業地区にと色々歩き回った分の疲労はそこそこ溜まっている。フユキの言う通り、やるべきことを早めに終わらせて、本番となる明日のためにできる限り体力を回復させておかないと。


 まずは食事を摂るべく、私達は宿屋の食堂へと移動する。アレウスは立場故か大勢でテーブルを囲むどころか、誰かと一緒に食事するというのも初めてらしい。一応、護衛や毒見役として隣にオンラードさんを始めとする兵士がいつも付いてくれているようだけど、あくまで護衛だから基本的にいつも一人で食べているとのこと。

 だから私達と一緒に食事できることにすごく喜んでいてくれて、料理が運ばれてきてからも時折会話をしながら食べ進めていくアレウスは満面の笑顔を浮かべていて、本当に嬉しそうだった。買い物のことも含めて、アレウスの思い出作りに貢献できて私も満足だ。


 明日はカジノ……それも真っ当なものではなく、卑怯な手を使うことに何の躊躇ちゅうちょもしない輩が多く潜む、帝国でも危険な場所へ行かなくてはならない。今日訪れた1番街は大丈夫だったけれど、カジノでは欲に塗れた薄汚い現実が嫌でも目に入ってしまうことだろう。

 束の間ではあるけど、今の平穏な時間をたっぷり堪能しておきたい。そう思いながら、私はスープをぐっと飲み干した。





 食事を終えた私達は、それぞれ自分の部屋へと戻って後は各々自由に過ごすことに。ゆったりとした時間を過ごしていくと、あっという間に時計の針は普段就寝している時刻を指した。


「ごめんなさい、ルジェリアさん……。寝る直前になってご迷惑をおかけしてしまって」


「寒いのは仕方がないことですもん。毛布を借りに行くくらい、そう時間もかかりませんから」


「うう……ですが、仮にも水の大精霊の役割を請け負う身でありながら、寒さに身を縮こまらせてるというのが恥ずかしくて……。氷はあまり扱わないからって、自分が情けなくて堪らないんです……!」


「ふ、普段暖かいシールト公国にいるんですし、急な気温の変化に身体が追いつかなくてもおかしくないですよ」


 なんて、出会ったばかりの頃と変わらず自分に自信が持てないニニアンさんに、私は必死で励ましの言葉をかける。

 今夜、私はニニアンさんと同じ部屋で過ごすことになったのだけど、帝国は北に位置するためか日が沈むと外の気温が一気に下がり、その影響で部屋の中も冷え込んでしまったんだ。

 一応、部屋には暖を取れるよう薪ストーブが設置されている。でも寝ている間ずっと火を入れておくわけにもいかないし、何より火を焚いたままベッドの中に入るとそれはそれで暑すぎてしまい。それなら毛布を追加しようと、2人でフロントに借りに行こうとしている、というわけだ。


 ニニアンさんの居場所はミラーアイランドより温暖なシールト公国だから、寒さに身体が慣れていないのだろう。いくらニニアンさんが大精霊とはいえ、大幅な気温差にすぐ適応しろというのは無理な話だ。

 私もルーザと出会ってから冷涼なシャドーラルで過ごすことが何度かあったものの、長いことミラーアイランドで過ごしていたから寒さに耐性があるとは言い難い。だから、そう気にすることでもないと思うんだけどなぁ……。


「こちら、毛布でございます。返却については清掃時に回収致しますので、そのまま部屋に置いておいてくだされば結構です」


「すみません、助かります」


 フロントにいる受付担当の精霊に事情を説明すると、快く承諾してくれてすぐに2つの毛布を手渡してくれた。配慮が足りずに申し訳ございません、と深々と頭を下げながら謝罪する彼女に気にしてないと首を振りながら、私とニニアンさんは元来た道を引き返す。

 明日は安全を考慮して、日が傾き始める前に目的を達成することを目標にしているために、朝もそれなりに早い。寝坊するなんてことがないよう、早く寝てしまわないと。そうして部屋に戻るべくスタスタ歩いていくと、


「……あれ、フリード? まだ起きてたんだ」


「あ、ルージュさん、ニニアンさん」


 その途中で、フリードとばったり出会でくわした。部屋の外に用事がある……というよりは、何かを探しているのか周囲をキョロキョロと見回していた時にフリードも私達を視界に捉えたという感じで。

 一体どうしたんだろう。それを尋ねる前に、フリードの方からから口を開いた。


「すみません、お2人はアレウス君見てませんか?」


「え、見てないけど……もしかして、何かトラブル?」


「あ、いえ。そこまで深刻なことではないんですが、お手洗いに行ったきり、部屋に戻って来なくて。迷ってしまったのかもしれないと思って探しにきたんです」


「えっ、た、大変じゃないですか⁉︎ すぐに見つけませんと!」


 フリードからそれを聞いた途端、ニニアンさんは慌て始めて、私もその言葉にうなずいた。

 室内とはいえ、戻って来ないのはやっぱり心配になる。この暗がりで通ってきた道がわからなくなってしまったのかもしれない。とにかく早く探さないと。

 私とニニアンさんも協力することを申し出てすぐに、私達は宿屋の通路を歩き回る。外に比べたら広大ではないのと、複雑な道はないこともあって探し始めてからしばらく経たない内に目的の小さな人影を発見することができた。


「アレウス君!」


「あ、みなさん来てくれた! よかった……!」


 アレウスは通路とバルコニーを隔てているガラス扉の前に立っていた。予想通り迷っていたようで私達の姿を目にした途端、目に涙をうっすらと浮かべながらほっと息をついていた。


「アレウス君、どうしてこんなところに? ここはお手洗いとは反対側ですけど……」


「えっと、その……お星さま」


「星?」


「お星さま、見たかったの。見られそうな場所があるかなって、探しに来て、ここ見つけられたんだけど手がとどかなくって……。それでもどろうとしたら、どっちから来たのかわかんなくなっちゃったの……。でも当てずっぽうで歩いたらまた道わかんなくなっちゃうかなって、それでここにいたの」


 丁寧に説明してくれたおかげで、ここにいた事情も把握できた。お手洗いを済ませた後に星空を眺めるため、外に出られそうな場所を探して見つけたまでは良かったものの、アレウスの背丈ではドアノブに手が届かなかったらしく。

 それで諦めて引き返そうとしたら、バルコニーを見つけた喜びで自分がどこを通ってきたかすっぽり抜け落ちてしまい。でも、下手に動き回っても見つけてもらえないだろうからと、敢えてこの場に留まることを選択したからだったようだ。


 レクトさん仕込みなのか、この年齢でそんな賢い判断ができたのも驚きだ。正直に打ち明けてくれたことも褒めるべきことなんだろうけど、まずやらなければいけないことが一つある。


「アレウス君、星空を見ることはもちろん構いませんが、それにはまず最初に誰か一人でもそれを伝えておいてください。こちらはお手洗いだけ行くものとばかり思っていたので、戻って来られないことも含めてすごく心配になってしまいましたから」


「はい……ごめんなさい」


「次から事前に言っておいてくれたら、私達もアレウスの希望が叶えられるようできる限り協力するから遠慮しないで大丈夫だよ。社会勉強とは言われてるけど、アレウスには外に出られる貴重な機会でしょ? 悔いのないよう存分に楽しんで、たくさんの思い出を作るためにもね」


「うん。みなさん、ありがとう」


 優しい言葉遣いではあるものの、フリードからそう注意されてしょんぼりしているアレウスを見兼ねて私がすかさずそう添えると、アレウスは嬉しそうに微笑んでくれた。

 それはともかく、星空か……。確かに、バルコニーに出れば一応見られるだろうけど、周囲には建物や街灯、その間にかけられている旗などの障害物が多く、所々遮られてしまうことだろう。目一杯楽しむなら、ちょっとお行儀が悪いけれど────


「フリード、ニニアンさん、ちょっと共犯になってくれますか?」


「え。な、なんですか?」


「ええと。星空……見るんですよね?」


「うん、それには変わらないけど。マナー違反だから、見つかったら一緒に怒られてくれないかなって」


「ルージュさん、どこでお星さま見るの?」


 不安がる2人と、首を傾げて不思議そうにするアレウス。そんな3人に、私は立てた人差し指を口元に当てながら、


「────特等席、行ってみたくない?」


 ガラス扉のドアノブに手をかけた。

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