第210話 玉座を降りて(2)
それから私達はフユキの案内で様々な店に立ち寄ってみた。
魔法薬や魔導書、雑貨など……巨大帝国の一番の盛り場、手に入らないものはないと自慢するだけあって、一つ一つの店の品物が充実していて今まで見たことのないものも数多くあった。眺めるだけでも楽しいけれど、実際に手に取ってみて試してみるとアレウスは目を輝かせて喜んでくれた。
2本の薬を混ぜ合わせると星が弾け飛ぶ魔法薬に見惚れたり、魔導書にあった簡単な呪文をその場で発動させたら少しびっくりしたり、ふわふわのクッションに顔を埋めてみたり。皇帝であるために外出するのも滅多にできないアレウスにとっては全てが新鮮なようで、最初に緊張していたのが嘘のように自然な笑顔を浮かべてリラックスしていた。
「アレウス、買い物は楽しい?」
「とっても! 色んなもの見られてすごく楽しい! 初めて見るものもたくさんあるから、ぜんぜんあきないや」
「それは何より。そう言ってもらえると俺としても案内した甲斐があるというものだ」
クッションを抱きしめながら、満面の笑みを見せるアレウス。レクトさんから突然命じられて最初はこの外出に戸惑っていたけれど、今はその時の気持ちはすっかり取り払われているようだった。
「あのあの、商品を眺めたり手に取ったりするのもいいですけど、お気に召したものがあれば購入されるのはどうでしょう?」
「うーん。気になるものはいっぱいあるけど、変なもの買っていったらレクトにおこられないかなぁ……」
「いくらレクトさんだって小物一つ買っていくくらいじゃ怒ったりしないだろ。……しないよな?」
「不安を拭おうとしている傍からお前が不安に駆られてどうすんだよ」
さっき口出しした時にレクトさんから睨まれたのがよっぽど怖かったのか、レクトさんの怒った顔を想像してしまったらしく励まそうとした直後に表情を曇らせるイアにルーザはやれやれと肩をすくめる。
高価なものや、引きずらないと持てないくらいの大きすぎるものとかだったら叱られてしまうかもしれないけど、懐に収まる程度のものならレクトさんだって怒ったりしないだろう。例えば日常でも使いやすい実用的なものなら、その心配も無用だと思うけど。
「日頃から使えるもの……お洋服とか、勉強に使う筆記具とか?」
「その辺りのものなら帰ればご立派なものがいくらでもあるんじゃないの? ちびっ子とはいえ、こいつは曲がりなりにも帝国のトップに立つ皇帝サマなんだし」
「う……た、確かに。そういえば今付けてるものとかもすっごい厳重なものばっかなんだった」
「大抵のものは宮殿に最高品質のものが取り揃えてありそうですからね……。何がいいでしょうか」
「うーんと、うーんと……あっ!」
エメラとフリードが考え込んでいる最中、何かいいものがないか辺りをキョロキョロと見回していたアレウスが何か見つけたようでこれだ、と言わんばかりにとある方向を指差す。
「あそこ! あそこ行ってみたい!」
アレウスが指差した先にあったのは、時計の専門店だった。少し離れたここからでも、店内に商品であろう大きなホール時計が並べられているのが店のショーウィンドウから確認できる。
確かに、時計だったら常日頃から使用する実用的なものだし、レクトさんだって文句は言わない筈。宮殿にも大きな時計は設置されているだろうけど、懐中時計のような携帯するものはアレウスも持っていないようだし、お土産としても最適だ。
「あ、いいんじゃないかな。見た感じ、デザインも色々あるようだからアレウス君が気にいるものも見つかりそうだ」
「せっかくの機会だもの。この際だから、一番綺麗だと思うもの買っちゃいましょ!」
「うん!」
ドラクとカーミラさんの言葉にアレウスは大きくうなずき、私達は早速その時計店へと向かった。
そうして店内へと入ってみると、そこにはホール時計が壁に沿って数多く展示してあり、商品棚にも大小様々な時計が並べられていて、ここも他の店の例に漏れず品揃えがすごく豊富だった。あちこちから時計のチクタクという規則正しく時を刻んでいく音が聞こえてきて、内装も白い壁に焦茶の柱と家具が配置されているというアンティーク感漂う雰囲気で、とても落ち着く空気に包まれている。
そして商品である時計は素材となっているものも石や木、ガラスに金属と多種多様で、値段もピンからキリまでといった感じ。予想通り、懐中時計も多く揃えてあってそれらをアレウスは早速手に取って色んな角度から眺めている。
「わあ、このガラスの時計きれい……! あっ、でもこっちの金属の時計もカッコいいなぁ」
「ほえ〜、時計って色んな種類あんのな。振り子時計とかはよく見るし、月の満ち欠けを見る時計とかは学校にも置いてあるけど、陽の光を溜め込んでそれを夜に放出する時計とか初めて見た」
「そういう特殊な仕組みで動いているものもいいけど、内部の歯車が剥き出しなのもなんかいいよね。なんとなく動きに見入っちゃうというか」
「ああ。規則正しく動くもの見てると心も鎮まる気がするからな」
アレウスだけでなく、みんなも店内に所狭しとばかりに置かれた様々な時計に感心している。私は特に購入するつもりはなかったけど、こうして色々見ていると買いたくなってきちゃうな。
アレウスもこの店の時計が気に入ったようで、素材も形も色も異なる色んな懐中時計を見比べてはあれもいい、これもいいと真剣な表情で品定めしている。それをしばらく続けて……ふと一つの時計を持ち上げた。
「これ! これにする!」
そう言いながらアレウスが私達に見せてきたのは、銀色に輝く懐中時計。繊細な銀細工で六芒星の魔法陣が描かれた蓋がされていて、その中には夜空をそのまま切り取ったかのような深い蒼の石を土台とした文字盤に、金の数字が星のように配置されているというものだった。
蓋の内側には月の満ち欠けも確認できる機能も備え付けられていて、小さいながらも芸術作品に劣らないくらいに美しく、それでいて高性能なものだった。
「あら、いいじゃない! じゃあ、早速買っちゃうってことでいいかしら。アレウス君、お金は持ってる? 良ければあたし達で出し合うのもいいけど」
「ううん、平気。レクトからおこづかいもらってるから」
「あ、なんだ。そういうところはちゃんと予想してくれてたんだ」
レクトさん、厳しいことをいいつつも少しくらいは羽目を外してもいいと思ってくれていたのかな、なんて思いながら時計を手に会計へと向かうアレウスの後を追った。




