第210話 玉座を降りて(1)
「ほ、本日はご同行の許可をくださり、ありがとうございます!」
「いや、そう固くなるなよ。無理してんのが丸わかりでこっちもやりづらいったらありゃしない」
「うう……だって、レクトが最初のあいさつくらいはしっかりやっておけって……」
しばらくして身支度が済んだらしい、さっきまでの正装から黒い短めのコートの上に赤いフード付きのマントを羽織り、身の丈ほどありそうな大きな剣を背負っているという出で立ちとなったアレウスと共に、宮殿の正門前まで戻ってきた私達。最初の挨拶と同じように、言葉通りレクトさんに仕込まれたであろうえらく畏まった言葉遣いでお礼をするアレウスに対して、ルーザが堪らずその必要はないとストップをかける。
急に決まった社会勉強という体での外出、慣れない行動に緊張しているのだろう。その小さな身体が強張っていることが見てすぐにわかる。最初はこうなってしまうのは仕方ないことだろうし、時間と共にほぐれてくれればいいのだけど。
そんなそわそわとして落ち着かないアレウスをオスクはジロジロと眺め、「それにしても、」とため息を一つ。
「身支度してくるとは言ってたけどさぁ、随分とまあ手厚いことで。身に付けてるもの身に付けてるもの全部に魔力が込められてやんの。それもどれもこれもそこそこ複雑なものばっか。皇帝サマともなると、これくらい仕込んでおくのが普通ってわけ?」
「うーんと、マントにはぼくがぼくだってわからなくなるようにそがい? する魔法と、服とくつには刃物とかが通らないようにする魔法がかかってるんだって。あと、首のわっかに付いてるかざりはレクトにぼくの様子が伝わる魔法具になってるんだ。それと、ゆびわの宝石はヒビが入るとすっごくまぶしい光とけむりを出すから、何かあったらどこでもいいからぶつけてこわして、そのすきににげろって言われた」
「す、すごく厳重な警護ですね……。流石は皇帝陛下さんです」
「なんだぁ。レクトさん、アレウスに散々厳しいこと言ってたけどやっぱ心配してるんじゃねーか」
「あ、でも『万が一襲われた時、初動で一太刀でも浴びせられなかったらオンラードが付きっきりの鍛錬を一晩かけて行い、20枚程度の反省文書かせる』って」
「……訂正、やっぱレオン並みにスパルタだったわ」
これ以上ないというくらいの重装備に感心するニニアンさんの横で、その気遣いっぷりにレクトさんを見直しかけたイアだけど、アレウスに付け足された言葉でがっくしと項垂れる。
何か予期せぬ事態があったら混乱して硬直してしまうだろうに、それで一太刀浴びせろとは……レクトさんもなかなかに無茶なことを言うな。恐らく、そのペナルティは最初からアレウスにやらせるつもりなんだろう。
まあ、それも全て将来アレウスが立派な皇帝になれるよう想っているからこそだ。……厳しすぎるのは否定できないけれど。
「みなさんは、これから火の大精霊さまに会いにいくんだよね? もうすぐにカジノに行くの?」
「いやいや。今日はもう日没が近い。今日のところはのんびり観光でもして、明日に向かうつもりさ。夜の帳が下りると、それに紛れて気付かぬ内に懐に潜り込まれるなんてことも無いとは言い切れない。いくら最大限の警戒を払っているとはいえ、レクト殿から皇帝である貴方を任せられているから、尚更ね」
「せっかく来たんだもん、帝国のいろんな場所回ってみたいもんね。あと、お買い物も!」
「アレウスは? 私達と買い物行きたくない?」
「うん、行きたい! お買い物とか、めったに行かないから楽しみ!」
「決まりね。それじゃあ、暗くならない内に出発しましょ!」
アレウスからの了承も得られたことで、私達はカーミラさんの言葉を合図に宮殿にきた時と同じ魔法陣に入って、元いた大通りへと戻る。それからはフユキが先頭に立ち、帝国で一番商店が並ぶ道へと案内してもらった。
「ここが商業地区・1番街。帝国でも一番の盛り場だ。商店のほとんどがこの通りに集まっていて、ここではなんでも揃い、手に入らないものは無いと評判なんだ。俺が調べた限りじゃ真っ当な店ばかりだし、兵士も各所に配置されているから、カジノみたく一杯食わされるなんてことにはならないだろうね」
「そっか。よかった……」
ここではカジノのような卑怯な手を使う輩が潜んでいる可能性は低いと聞いて、ほっと一安心。ここの真面目に稼いでいくという手段を嫌う者がカジノに集まっているのだろうけど、それならばアレウスにも危害を加えられることもないだろうし、のんびりと買い物が楽しめそうだ。
「手に入らないものはないというのは、本当なんですか?」
「えっと、レクトは帝国の中だけじゃなくて、いろんな国からいろんなものを集めてるって言ってたよ」
「そのようだね。なんでも揃い、なんでも買い取ると自慢にしているだけはある。食物とか服飾品などの生活に欠かせないものはもちろん、武器や魔法具に雑貨、魔法薬とその材料に用途がわからないジャンク品までなんでもありだ。君達が思い付く品物なら見つからないものはないと思うよ」
「へえ。それだけ充実していると見て回るだけでも飽きなさそうだね」
フユキの説明に、ドラクも感心したように頷いている。確かに、今いる場所から周囲を見渡してみても、様々な店が軒を連ねているのが確認できるけれど。
「それと、『なんでも揃う』っていう自慢を逆手に取って面白いこともできてね。君ら、ミラーアイランド出身だったよね。誰か、クォーツシェルの貝殻とか持ってないかな」
「え、なんでそんなものいきなり……」
「あ、わたし持ってるよ!」
説明のためなのかフユキに突然そんな質問をされて戸惑う私達だったけど、丁度よく持ち合わせていたらしいエメラが懐から貝殻でいっぱいの小瓶を取り出した。
突然のことだというのに、この準備の良さ。本当にたまたまなんだろうけど、なんでそんなもの持ち歩いているんだか。
「エメラに貝殻コレクションする趣味あるとか聞いたことないぞ。カフェにでも飾るつもりだったか?」
「あ、えっと。集めといたらなんかの足しになるかな〜、って。アクセサリーの専門店に持っていくとほんのちょっとのお金しかもらえないけど、買い取ってはくれるし」
「まだ懲りてないのかよ……」
貝殻を持っていた理由を聞いて、イアもルーザも呆れ顔。
もう4ヶ月程前のことになるけど、エメラから突然お小遣い稼ぎのためにミラーアイランドの王都郊外にある廃坑に行こうと提案され、そこへ私とルーザ、イアも一緒になって軽い気持ちで向かい、その結果そこを住処にしていたドラゴン……今のフレアに痛い目に遭わされたことはしばらく経った今でもはっきりと思い出せる。
実技が苦手なエメラが一番怖い思いをしただろうに、未だに小銭を稼ぐことを諦めていないのは前向きなのか、貪欲なのか……。
「まあ、それはいいとして。右手前に装飾品の専門店があるだろう? そこにその貝殻を買い取ってもらえるよう頼んできてよ」
「うーん? よくわかんないけど、売ってくればいいんだよね。じゃあちょっと行ってくる!」
フユキからそんな指示を出され、意図が読めないことにエメラも首を傾げるものの、特に気にする様子もなく言われた通りの店へとダッシュで向かう。
ちなみにクォーツシェルというのは、ミラーアイランドの砂浜ではよく見かける貝殻。通常では白く不透明などこにでもあるような見た目をしているのだけど、それが波に揉まれることによって表面が削れ、水晶のように透き通った質感へと変化するんだ。
それを加工したアクセサリーはミラーアイランドの特産品でもあるのだけど、探せば短時間でもかなり集まるありふれたものだ。見た目はそれっぽくても宝石のような希少性はまるでないし、売れたとしても捨て売りのような少額のお金しか得られないと思うんだけど。
……なんてことを考えていたら、店の方向から「えー! すごーい!」とエメラの興奮したような声が聞こえてきた。それからしばらくしない内に、やけにいい笑顔を浮かべながらエメラは私達の元へと戻ってくる。
「見て見て! あの貝殻、2000ゴールドで引き取ってもらっちゃった!」
「ええ⁉︎」
その買取金額を聞いて、私達はびっくり仰天。確かに、エメラの手にはかなりの数のお金が握られていていることから、それは事実なんだろうけど……
「嘘だろ⁉︎ あんなの道端に落ちてる石ころ売っ払うようなもんだぜ⁉︎」
「いくらエメラさんが持っていた貝殻が多かったとしても、この金額は流石に信じられません……。あ、『なんでも揃う』ってもしかして……!」
「おや、気付いたようだね。そう、それをここの商人達も誇りに思っているが故に、在庫が切れるなんてことがあれば一大事なのさ。それをすぐに仕入れるためなら、いくら出すことも厭わないくらいにはね。特にああいった特定の地域でしか採れない特産物なら、買取価格も高騰しやすいんだ」
「な、成る程。あれ、その仕組みを知っているってことは、フユキまさか……」
「ああ、随分と稼がせてもらった」
「わあ……」
にししっ、と悪戯っぽく笑うフユキに、私も苦笑い。
情報屋であり、仕事のためにあちこち歩き回るフユキのことだ。品薄になっている品物を素早く把握してはそれを商人達にすかさず差し出して、かなりの金額を受け取ったに違いない。
「へえ。そいつを上手く利用すれば一攫千金ってヤツも夢じゃないってこった。前にカルディアで金無いって散々喚いてたんだ、この機会に資金調達したらどうなのさ?」
「船乗るのに500万とか法外な料金請求されることなんてそうそう無いよ……。便利な仕組みであることには間違いないけど」
「ただ、そう美味しいばかりの話ではなくてね。当然のことではあるけど、品薄になっている品物は刻一刻と変化する。それに、大きな利益を得られる好機があるだけあって、利用客も多いわけでさ。ほんの一瞬の差で買取価格が戻ってしまうこともしょっちゅうだ。品薄の商品は看板に書いてあるから、利用するならこまめに確認しておくのをお勧めするよ」
「う、うん」
やっぱり、そう簡単に一攫千金は狙えそうにないか。エメラは本当にラッキーだったんだな。看板に書いてあるものが手元にあった時に試してみる程度でいいかもしれない。
これで1番街についての説明は一通り終わったようで、フユキは「さて、」と手を叩いた。
「長々とした話はここまでにして、そろそろ買い物を楽しもうじゃないか。何か希望があればご案内するよ?」
「ん、そうだな……。アレウス、見たいものとかあるか?」
「え。う、うーんと……すぐには思い付かないや」
「それじゃあ色んなお店を回って見ましょうよ。いっぱいあるから全ては回りきれないけれど、気になったお店で足を止めてみるっていうのもいいんじゃないかしら」
「あ、うん! そうしたい!」
「よし。じゃあフユキ、オススメの通りへの案内をお願い」
「了解。また俺の後ろを付いてきて」
私の頼みをすぐ聞き届けてくれたフユキは早速移動を開始する。私達も、迷ってしまわないようにその後ろをぞろぞろと付いていった。どんな店に、どんな品物に出会えるか……そんな期待に胸を躍らせながら。




