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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第16章 追い求めた果てに─ Spirit Collapse ─
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第209話 未熟なる剣王(4)

 

 そうしてみんなで協力しながら私達が帝国に来た理由を説明し終えると、レクトさんは腕を組みながらうーん、と考え込む。


「帝国に大精霊殿が……? そのような話は宮殿に入ってきてないな。確かに、最近不届き者の知らせが届いた時、兵士が駆けつけたら既に成敗されていた後だった、なんてことが続いて不思議には思っていたけれど」


「ああ……十中八九、そいつの仕業だろうさ。アイツ、無駄に正義感強いから頼まれてもないのに勝手に解決に乗り出したってとこっしょ」


「流石は大精霊殿であるな! その行動力、手腕、どれを取っても素早く、素晴らしい実力をお持ちであると見た! そして帝国の兵士が遅れを取っていることを痛感させられる! お恥ずかしい限りだ‼︎」


「……だったら、その恥じらう気持ち通り声のトーンを落としたらどうなのかな。君のおかげで鼓膜が異常をきたし始めて、迷惑極まりないんだが」


「すまん‼︎」


 オンラードさんの声は一言だけの謝罪の言葉ですら、とどろく雷のように強烈なものだった。手で塞いでいてもキーンと耳に響いてくる嫌な感覚に、全員揃って顔をしかめる。


「あ、あの。音を遮断する魔法具を付けてみれば少しはこれも軽減されるんじゃ」


「そんな安直な方法が通用しているなら最初からやっているさ。それをしていない理由は至極単純、この筋肉バカの声が用意した魔法具という魔法具を破壊してしまったためでね」


「うわぁ……」


「だから、もう最終手段としてこれしか無くなってしまった」


 フリードの提案にそう返しつつ、レクトさんはふとローブの袖の中を弄り、そこから大きなテープのようなものを取り出す。そしてそれをビッと引っ張って千切り、何かぶつぶつと呟きながらオンラードさんの口元に向かって叩き付けるように貼り付けた。

 ……あ、あれってよく見たら封印テープだ。専用の呪文を唱えることで貼り付けられて、尚且なおかつ剥がすには貼り付けた本人でなければならないというもの。どんなものであっても貼り付けられて、時間が経っても粘着力が落ちることがないために通常なら便利な道具ではあるんだけど……それを口に貼り付けたということは。


「これでようやく静かになった。さて、話の続きをしようか」


「ヒェ、容赦ねぇ……」


 これでオンラードさんはレクトさんの許しが得られるまで口を開くこともできなくなってしまったということだ。お仕置きとはいえそのあまりの厳しさにイアは恐れおののき、他のみんなも若干引いてる。

 アレウスはといえば、こうなることは初めてではないようで目線を逸らして気まずそうにしていたけれど。


「皆様の話で気になった点がもう一つ。『滅び』という単語だけどそれは一体何なんなのか、説明をお願いしてもいいかな」


「私達にもそれがなにかと聞かれるとはっきりとは断言できないんです。今もわからないことが多すぎて……一つ言えるのは、名の通り止めなければ世界が消えてしまうってことです」


「え⁉︎ このままじゃ、世界が消えちゃうの?」


「それがいつになるかもわからないけど、何もしないでいたら間違いなくあちこちで甚大な被害が出ることは確かです。これまで起こったことは魔物とも違う怪物が暴れたり、異常現象を引き起こしたり、妖精や精霊に取り憑いて操ったり……とかですね」


「こ、こわい……」


 ドラクが今までの『滅び』の被害を挙げると、アレウスはすっかり怖気付いてしまったようだった。白い顔がサッと青ざめ、身体はプルプルと小刻みに震えている。

 ……恐らく、これらは『滅び』が引き起こす事態のほんの一部に過ぎないのだろう。ドラクが言ったのは、私達が把握しているものに限定しているから。あの虚無の世界が生まれることとなった原因……消えてしまった名もない末端の世界では、もっと酷いことが起きていたのかもしれない。


「ふむ、帝国内でそのような事象の報告はまだ耳にしてないけれど、それほどの被害が確認されているなら油断はならないようだ。それでその災いの元凶となる存在を討ち倒すために大精霊殿の力が必要であるから、皆様は我が帝国に赴かれたと。当然、大精霊殿の居場所に見当も付いているのだろう?」


「もちろん。商業地区、3番街のカジノ。正確にはそこにある闘技場にいらっしゃいましたよ」


「あんの戦闘狂、そんないかにもなとこにいたのかよ」


「は、はい。闘技場の存在を知るまでは帝国のあちこちで悪者を退治していらしたそうなんですが、闘技場があることがわかるとそれからずっと腕試しのために挑まれるようになったとか」


 フユキとニニアンさんから火の大精霊の居場所を改めてはっきり伝えてもらうと、オスクはやれやれと呆れたように肩をすくめる。

 戦いが好きで多くの世界、国を渡り歩いているとは聞いていたけれど、まさか帝国で戦いと直結する施設に入り浸っていたなんて。今までずっと探し回っていて居場所がなかなか掴めずにいたのに、最終的にそんなわかりやすいにも程がある場所でようやく捕まったことを知って、私達も思わず苦笑い。


「商業地区の3番街か……。そこに向かわれるなら、充分気を付けたほうがいいだろう」


「な、何かあるんですか?」


「裏社会という言葉があるように、どれだけ管理者が神経を尖らせていても視線が隅々まで行き届かずに縛りが緩んでしまう箇所がある。恥ずべきことに、そこはこちらの管理の手が追いついていなくてね。カジノを通して、不当な利益を得ている悪徳な輩が多く潜んでいる。そんな下衆に、正々堂々などという精神は無いに等しい。本来であれば、ルジェリア王女のような方がいくべきではないと思うけれどね」


「……っ」


 帝国でも、危険な場所に行こうとしている。そうレクトさんから告げられて、緊張から身が強張るのを感じた。

 卑怯な手で他人から搾取さくしゅすることを、何の抵抗もなく実行するようなヤツが多くいる。無法地帯、というほどではないにしても、そんな場所にいって果たして無事にいられるかどうか。思った以上にリスクがあることをやらなくてはならない事実に、今更ながら足がすくんでしまう。


「そうビビんなっての。何のためにこの僕が保護者役引き受けてると思ってんのさ。そんな連中なんて手出しされる前に片付けてやるさ」


「オスク……」


「それだけのクズなら思う存分遊んでやったって誰も文句ないだろうし、楽しみが増えるじゃん。深淵に沈めてからどんな風に掻き回してやろうかなぁ?」


「それはそれで絵面が酷いからやめろ。後始末が面倒になるだろ」


「あ、相手の心配はしないのね……」


「情をかけてやる義理もないからな。掃き掃除が楽になるに越したことはない」


「いやいや、いくらどうしようもないヤツだからってゴミ扱いすんな」


 なんて、まだ遭遇すらしていないのにもかかわらず、いつでも返り討ちにしてやると言わんばかりにやる気満々なオスクとルーザに、カーミラさんもイアも心配でたまらないといった様子だ。

 頼もしいことは確かだけど……2人とも敵に対しては容赦ないから、私もやり過ぎないか今から不安でいっぱいだ。


「成る程。どうやらルジェリア王女の従者らも優秀な者が揃っているようだ。そのような心配は無用だったか。それに、完膚なきまでに叩きのめしてくれればこちらの仕事も減るから、是非そうしてほしいところだ」


「あ、レクトってば取りしまりにみなさんを利用する気だ」


「そうもはっきり言われると逆に清々しいな」


「あはは……かえって信用できるんじゃないかな。裏でコソコソ隠す気がないってことだもの」


 ちゃっかり私達を利用するつもりでいることを堂々と目の前で宣言するレクトさんに、アレウスもルーザも呆れ顔。

 まあ、こっちだって黙ってやられるつもりはさらさら無いから、何かあった時は躊躇ちゅうちょなく迎え撃つ気でいる。それに、やっつけた後にレクトさんがしっかり逮捕してくれるというならば、後から仕返しされる心配もしなくて済むし、安心もできるな。


「とはいえ、その転がした低俗どもをさっさと持ち帰るにはそれを知らせる連絡係が必要だ。しかし、お客様である皆様の手をわずらわせるのは帝国の恥というもの。そこで、アレウス?」


「うん?」


「君に社会勉強を命じる。ルジェリア王女らが目的を滞りなく果たせるよう、君が皆様と同行し、サポートするんだ」


「ええっ⁉︎」


 レクトさんの突然の提案に、アレウス本人はもちろん、私達もびっくり。子供とはいえ皇帝であるアレウスがそんな簡単に外に出ていいのか、と。口がテープで塞がれてるオンラードさんも、言葉は紡げないにしてもテープの向こうからムグムグと抗議している。


「話は最後まで聞きたまえよ、オンラード。いくら私でもこのちびっ子をそのまま外へ放り出すわけがあるまいに。いつ何が起きてもいいように充分な備えはしておくよ。それに、立派に成長することを願うならば箱の中で大事に育てていくだけでは駄目なんだ」


「むぐぐ……」


「知能は平均的、身体能力も年相応。容姿も特に讃える点もない平凡としか評価しようのない皇帝には程遠いはな垂らしには、世間の薄汚さも早くに知っておくべきだ。それを見て、今後自分が何をすべきか指針を定めるためにもね」


「おいおい、いくら未熟だからって言い過ぎじゃあ……」


「これが私の教育方針だ。これだけは口を挟まないでいただきたいね」


「ハイ、スミマセン!」


 文句は受け付けないとばかりに、ジロリとレクトさんから圧のある目で睨まれたイアは慌てて頭を下げる。静かになったところで、レクトさんは「さて」とアレウスに向き直った。


「最終的にはルジェリア王女らの了承を得なくてはならないけど、一応君の意思を聞いておこう。まあ、嫌だと言ったところで強制的に放り投げるまでだが」


「い、やじゃない! ぼくだって、せっかく来てくれたみなさんのお役に立ちたいもん! こ、こわいけど……世界があぶないなら、知らんぷりできないから!」


「アレウス……」


「ほほう、腰抜けな君にしては言うじゃないか。それで、ルジェリア王女。急に話を持ちかけてしまって申し訳ないが、アレウスの同行、お許しいただけるだろうか」


「もちろん。人数が多くなるのは心強いですし、アレウスの成長に繋がるのなら嬉しいです」


「ご理解感謝しますよ。それでは身支度を整えてくるので、少々お待ちいただけるかな。アレウス、こっちに」


「う、うん!」


 レクトさんに連れられて、部屋の奥へと入っていくアレウス。

 メンバーがまた一人増えることになった、今回の遠出。カジノのこととか、火の大精霊から課される試練とか……心配なことはあるけれど、いつもより賑やかになりそうだという楽しみも膨らむのを感じていた。

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