第209話 未熟なる剣王(2)
「えええーーーっ⁉︎」
皇帝の姿を目にした途端、あまりの衝撃的な事実に私達は失礼だとわかっていても叫び声を上げてしまった。
だって、パレードのこともあって皇帝はてっきり歳上だとばかり思っていたのに。白い、羽のようにふわふわした毛に覆われたくるりとカールした突起が特徴的な大きな耳と黄金色の瞳を持ち、その身に金で縁取られた炎のように鮮やかな赤のジャケットと艶やかな黒いマントを纏っているという、容姿や身なりこそそれらしいものではあるけど、実際はこんな幼い男の子だっただなんて。
私達はもちろんのこと、フユキもこれについてはまったく知らなかったようで珍しく目を見開いていて、全員その場で固まるばかり。
「え゛、嘘だろ! これが皇帝⁉︎」
「こ、こら!」
「いや……仕方ないだろ。想像と現実が離れすぎだ」
イアの指を差しながらその物言いという、あまりにも無礼極まりない態度を思わず叱りつけたものの、ルーザは当然のリアクションだと頭を抱えている。
確かに、私だって驚きを隠せない。皇帝がどんな立派な人物かと思いきや、実際はギリギリ10歳に届くか届かないかくらいの小さな男の子。想像していた姿とのギャップが大きすぎて、本当だと頭ではわかっていても今も信じられない。
姉さんが皇帝と仲良くなれるかもしれないというのはこのことだったのか……。いや、それでも同い年か近い年齢ならまだしも、これは予想のしようがないような。
「……ほらぁ、ルジェリア王女達びっくりされてるよ。あいさつだけは皇帝っぽくしろって、これ意味あったの?」
「最初が肝心と言うだろう? 君に分不相応な態度を取られては教育係である私の沽券に関わる。まあ、今更ガワを取り繕ったところで君の貧相な身体はどうにもならないけれどね」
「うう〜……やっぱりいつものイジワルだったんだ〜……」
どうやらさっきまでの堂々とした態度と言葉遣いも無理に背伸びしていたからだったようで、糸が切れたように肩を落として脱力した皇帝は年相応の口調でレクトさんに文句を言った。レクトさんといえばこれは日常的なことらしく、しょんぼりして見せる皇帝には目もくれずに手にした本のページを眺めている。
何をしても相手にされてないことに皇帝は頬をぷうと膨らませると、「もうやめやめ!」と玉座からピョンっと飛び降りた。
「は、はじめまして。我……もうこれもいいや。その、ぼくがアルマドゥラ帝国・皇帝のアレウスです。よろしくお願いします」
「さっき名乗ったばかりだろう。それはもう偉そうに」
「い、いいの! ちゃんとぼくの言葉であいさつしたかったの! レクトの考えたあいさつじゃキュークツなんだもん!」
「うむ! その通りであるぞ、アレウス様! 挨拶は何度してもし足りない。そのお姿勢は大変ご立派だ‼︎」
「お前がそう甘やかすから……。あと、せめて腹から声出すのやめてくれないかな」
「あはは……。まあ、とにかく。こちらこそ初めまして、皇帝陛下」
従者2人のにぎやかなやり取りに苦笑いしつつ、ぺこりと頭を下げながら改めて自己紹介をしてくれた皇帝に私も挨拶を返す。
幼いとはいえ、彼が皇帝であることには変わらない。そう思って呼び方にも気を付けたのだけど、彼はふるふると首を振った。
「アレウス、でだいじょうぶです。ぼくそういうの苦手だし……失礼かもしれないけど、せっかく会えたみなさんとなかよくなりたい。だから、いいですか?」
「もちろんよ。寧ろこっちからお願いしたかったくらい。貴重な機会だもの、できる限りお近づきになりたいわ」
「自然体の方がお互い話しやすいでしょうし、普段通りにすれば緊張もほぐれますからね。僕達としても、その申し出はとても有り難いです」
「ほ、ほんとう? よかった!」
最初は緊張もあったのか、不安そうにしていた皇帝……アレウスだったけれど、カーミラさんとフリードの言葉を聞いてパァッと顔を輝かせる。
子供らしい、屈託のない笑顔。見ていると自分の頬も自然と緩むのを感じた。やっぱりこっちがアレウスの素なんだということがよくわかる。
「それなら私のこともそう畏まらずに、ルージュでいいよ。こっちが呼び名なの」
「なら、オレもルーザでいい。ルヴェルザが本名だが、その方が呼びやすいだろ」
「あれ? お2人、すごくそっくり。ねえレクト、ミラーアイランドに王女って2人いたっけ?」
「いいや、私が知るのはルジェリア王女ただ一人だけど。影武者……という線も、ここに堂々と姿を見せている時点で消えるか。理由をお聞かせ願いたいところだけど、流石に失礼になるかな」
「あー……まあな。なかなかに複雑だから説明求められたところでやりきれる自信がない。そもそも、アンタだって理解しきれるとは思えないがな」
「おや。そう言われるとますます聞きたくなってしまいたくなるが……出会って間もないのに、これ以上首を突っ込んでは気分も害されるだろうね。ここは大人しく身を引いておこう」
ルーザの返事から、レクトさんも私達の込み入った事情をなんとなく察してくれたらしい。気になっていることは確かなようだけど、引き下がるという言葉通りそれ以上追求してくる様子もなく、ホッと胸を撫で下ろした。
「ま、こっちも聞きたいことはある。さっきのパレードでの皇帝サマの姿はなんだったのさ? 明らかに図体のサイズが違いすぎるんだけど」
「なんとなく察せるでしょう。この通り、国のトップたる妖精はガキンチョもいいとこな歳に加えて、背丈もチビだ。外部の者達に舐められないようにするための苦肉の策でね、大人用の鎧を無理矢理着せているんだ。当然身動きは取れないが、パレードの最中は馬車で座りっぱなしだから特に気にはならない。先程皆様が驚かれたことからして、少なくとも皆様には効果があったようだ」
「おいおい、仮にも仕えてる主君に対してガキンチョって……」
「変えようのない事実だから仕方あるまいに。周囲には過去のことを今も引きずり、その首を虎視眈々と狙う輩が今も少なからずいる。そんな奴らに皇帝がチビなお子様だと知られれば、その瞬間帝国に雪崩込まれることは容易に想像がつくだろう」
「そ、そうかもしれないですけど……国民にはいいんですか?」
私達のような他国から来た者に舐められないよう、軍事パレードなど姿を見せる時は大人用の鎧を身に付けて、そうであるかのように見せかけている。確かに、こんな巨大帝国を治める皇帝が実は幼い少年だったと知られれば、帝国がどうなるかわかったものじゃないだろう。
激しい戦乱の後に創られた帝国の近くには戦いに敗れた者達や、子孫などそれに連なる存在が今も潜んでいてもおかしくない。そういった可能性を危惧して、この宮殿に続く道だって厳重に予防線を張りに張り巡らせていたのだから。
でも、心配なことが一つ。私達にはいいとしても、このことは国民は知っているかどうかということ。いくら国を、皇帝を守るための対策だとしても、国民を騙してることにもなってしまうんじゃ……と。
「ご心配なく。これについては国民にも周知の事実だ。赤子の時から将来帝国を背負う者として、顔を見せていたからまあ当然の話ではあるけれど。それより皆様が気になっているのは、何故このような身体も精神も未成熟なお坊ちゃんが皇帝の座に着いているか、ということでは?」
「は、はい」
「まあ、よっぽど脳足りんでもなければ予想がつくことではないかな。敢えて私から白状させていただくと……前代皇帝・ユリウス様が早くに亡くなられてしまったためだ」
幼いアレウスが皇帝という地位と肩書きを背負う訳。……なんとなくわかっていた理由を、レクトさんの口からはっきり告げられたことでそれが紛れもない事実だということを思い知らされる。
そして、アレウスもさっきの眩しいほどの笑顔から一変、レクトさんにからかわれた時よりもさらに表情を暗くする。それはもう、今にも泣き出してしまいそうな雰囲気を漂わせながら。
「ユリウス様は、アレウスが7歳の時に命を落とされた。その時から、アレウスは幼き身でありながら国を背負うことを余儀なくされてね。……母君はそれよりも早々に亡くなられていたために、天涯孤独の身となった事実も同時に突き付けられることとなった」




