第209話 未熟なる剣王(1)
皇帝と兵士達の姿がすっかり見えなくなったところで、私とルーザはオスクに下ろしてもらって地面に降り立つ。
パレードが終わっても、周囲の興奮はまだ収まり切らない様子だった。流石は皇帝だとか、兵士がカッコよかっただとか、住民達もパレードを見れたことに満足そうにしている。そして、私達はといえば。
「馬車に乗っていた、あの赤い鎧を纏っていた妖精が皇帝か。相応の威厳があることは想像していたが、これほどまでに人望があるのは予想外だったな」
「うん。パレードの盛り上がり具合、すごかったもの。これだけ大きな国を治めているくらいだから相応の支持を得ているんだろうな、とは思ってたけど、ここまでだなんて」
「周りの妖精達も、姿を見れただけで嬉しそうだったもんね。まあ、僕は隙間からユニコーンを見るだけで精一杯だったんだけどね……」
「ちょっと見れただけでもいいじゃん。わたしなんかヒト混みに埋もれちゃって何にも見れなかったもん」
「しゃあねえだろ。エメラ、オレ達の中で一番チビだしよ」
「ひ、ひどっ! 気にしてるのに!」
なんて、ドラク達はやはり妖精故の小柄さが災いして男子達でも隙間から一部を覗く程度が限界だったらしい。身長の低さをイアにいじられてふくれっ面になっているエメラだけど、妖精の姿では私とルーザもエメラと大差ないから、機転を利かせてくれたオスクに感謝だ。
パレードが終わったのだから、私達はこれから宮殿に向かって皇帝と直接対面することになる。アルマドゥラ帝国に来た一番の目的は火の大精霊に会うためだから、皇帝には私達が来たことを伝えるための挨拶、予定をスムーズに進めるための顔合わせを済ませられればそれで充分なのだけど、貴重な機会だし少し話をしてみたい。こんな大きな国を治めつつも、多くの信頼と人望を得られる程の手腕を持つ人物。小さなことだとしても情報をもらうことができれば、今後姉さんの役に立てられるかもしれない。
あと、もう一つ気になっていたこと……パレード中は兜で隠されて見ることが叶わなかった皇帝の人相も、これから判明するのだろう。姉さんがいうには、私達とは仲良くできそうとのことだけど……。
「パレードで見た限りじゃ、明らかにお前らよか歳上だったじゃん。精霊ならともかく、妖精相手じゃ近づき難いんじゃないの?」
「あら、年齢なんて関係ないわよ。話していく内に打ち解けられることもあるかもしれないじゃない!」
「カーミラさんが何事にも前向きなのはいいことだと思うけど……そう上手くいくかな?」
「え、えとえと、不安に思ってしまうのは仕方ないことだと思いますが、やっぱり直接会って確かめるのが一番です。予定通り進めるためにも、早く宮殿に向かった方がいいかと」
「ん、それもそうですね。近くにいる兵士の方に案内をお願いしなくては」
ニニアンさんの言葉にうなずき、私達は宮殿に向かうためまず案内役の兵士を探すことに。住民ですら迷ってしまうだけあって、しばらくしない内にそれらしき妖精を見つけることができた。
門番が話を通してくれていたのだろう、エンブレムを見せながら名乗るとその兵士はすぐに事情を理解してくれたようだった。そして宮殿まで私達を先導してくれることとなった。
「こちらの魔法陣の中にお入りください。宮殿の正門まで移動します」
「あっ、はい!」
兵士に連れられながらしばらく歩いていくと、道の突き当たりに魔法陣が描かれている場所でふと足を止める。その魔法陣はそれまでただ描かれているだけで何の力も感じなかったのだけど、その兵士が私達に先へ進むよう腕を広げるのと同時に輝き出した。確かめるまでもなく、この魔法陣に刻まれている呪文の効果が発揮された証拠だ。
兵士だけが呪文を起動できる魔法陣……入国する時に通った、あの門と同じような仕組みなのだろう。てっきり宮殿までの道のりをただ歩いていくだけなのだと思ってたけれど。
「ねえ、フユキ。これって……」
「宮殿へ続く道を、外部に漏らさないための対策だろうね。この正門に通じているという魔法陣、他国からの謁見目的で帝国を訪ねてきた来客のために用意されているものだろうけど、恐らく日替わりで切り替わっていると思うよ。万が一呪文を無理矢理起動されて突破されないように、ね」
「や、やっぱりそうなんだ」
兵士に聞こえないよう、フユキと小声でそんなやり取りをした後、徹底してるなぁ……と感心しながら言われた通り魔法陣の上へと移動する。
帝国の心臓部に手を出されないよう、最大限の警戒を払っている証拠だ。私達を敵視しているというわけではないのだろうけど、どこから情報が漏れるかわからないからという姿勢であるが故に。昔は戦いに明け暮れていた場所に造られた国だからこそ、どんな備えもやりすぎだと思うくらいにしておかなければ気が済まないのだろう。
地図にも宮殿までの道は書いてありはしたけど、あれも本当に正しいものかどうか。兵士に頼んでやっと正門に通してくれるほどだから、素直に地図に従ったところで辿り着ける気がしないな……。
「その通りでございます。大きな戦争こそ終息しているものの、陛下をよく思わない者達は未だ僅かながら健在なのです。陛下の地位を狙う野心を抱く輩にも狙われたことが過去数回あったことから、このようにいつ何が起きても守れるよう備えているのです」
「あ、ごめんなさい。聞こえちゃってました?」
「おいおい。いくら転移中とはいえ、そんなこと僕らにベラベラ喋っちゃっていいわけ?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、ミラーアイランド王国は我が帝国でもとても信用のおける国家ですから。クリスタ女王の如何なる争いにも加担しないという姿勢は、我々兵士も尊敬しているのでございます。皆様ならばこの程度のことは差し支えございません」
「……クリスタが平和主義で助かったな」
ルーザの言葉に、私達もうなずく。
つまりはこの待遇も、姉さんの戦争の類は一切しない、手助けもしないという方針によって帝国からも信用されてるからこそだったのか。私達なら大丈夫だと、皇帝が判断してくれたのかもしれない。
普段は少し抜けているところもあるけど、姉さんがやっていることは想像以上にすごいことだったんだ。先日のカルディアでは、余所者というだけで問答無用で撃ち落とされたものだから、余計にその有り難みが身に染みる。
それからすぐ魔法陣を抜けて、宮殿の正門に到着してからはそれまで案内してくれた兵士はそこの門番役を務めているらしき兵士へとバトンタッチして、今度はその兵士の後をついていくこととなった。そうして、私達はとうとうアルマドゥラの宮殿へと踏み入れた。
「わあ、綺麗!」
「本当。装飾のそれぞれが芸術作品みたいだわ」
宮殿の中に入った途端、エメラとカーミラさんがたまらず感想を口にした。
宮殿の内部は、流石は巨大帝国というべきか。純白で艶やかに磨かれた白い大理石をベースに、繊細な金のレリーフと縁取りが施された柱や壁はどれも丁寧に仕上げられていることが一目でわかるものだった。一つ一つに際立って派手なものはないけれど、落ち着いた雰囲気でありながら確かな高級感を漂わせている。ミラーアイランド城とはまた違った気品のある内装に、みんなも見惚れていた。
「ありがとうございます。我が帝国の技術者が結集して完成させた宮殿に、そのようなお言葉をいただけて光栄にございます。さあ、こちらに。謁見の間はこの先になります」
「はい」
兵士の案内はここまでらしい。私達は言われた通り、謁見の間へと続く廊下を進んでいく。すると、突然何か高いものが立ちはだかる。
「わっ⁉︎」
驚いて反射的に飛び退いてしまい、何事かとよく見てみれば……それは鮮やかなオレンジ色の、大きな鎧だった。さらに視線を上へとやると、その鎧を纏っていたのは焦茶の髪を持つ、筋肉隆々の、恐ろしく逞しい男の精霊だということがわかった。
「え、えっと……?」
あまりの威圧感に、この精霊が皇帝なのかと一瞬思ってしまうけれど、さっきのパレードで見た体格と明らかに違いすぎるし、何より鎧の型も色も異なっている。だからすぐにその可能性は誤りだと判断できたのだけど、何故かその精霊は私達をじっと見下ろしたまま、その場を動こうとしない。
「オンラード、その方々はミラーアイランドのルジェリア王女御一行だ。そう威圧するんじゃない」
「む、失礼した! 威圧したつもりは無かったのだが、ルジェリア王女らがどのようなお方か気になってしまい、無意識のうちに間近で確認しようとしていた‼︎」
身体が大きいと肺活量も凄まじいのか、オンラードと呼ばれた精霊はものすごい大声で私達に謝罪する。
私達のことを確かめるのは別に構わないのだけど、至近距離からその声を浴びせられたことの方が参ってしまった。あまりの声量に妖精の私達とカーミラさん、ニニアンさんは仰反りそうになり、オスクでさえ顔をしかめ、流石のフユキもいつもの営業スマイルが引きつるほど。周囲の空気がビリビリと振動しているように感じるのも、きっと気のせいじゃないだろう。
「声を抑えてくれと、普段からあれほど言ってるだろう……。確認は済んだろう、下がってくれ」
「承知‼︎」
「だから声量を……もういい、キリがない。それでルジェリア王女。到着して早々驚かせてしまって申し訳ない」
「い、いえ。その、あなたは……」
オンラードさんの後ろに控えていたその声の主は、長く裾を引くゆったりとした紺色のローブに身を包む、鮮やかな群青色の髪を持つ男精霊だった。いかにも屈強そうなオンラードさんとは対象的に、長い前髪で隠れる右目、切長な金色の瞳と、ミステリアスな雰囲気を漂わせながらも知性的な空気を纏っていた。
「私は皇帝の教育係を務める、レクトという者です。そちらの声も図体もでかいのが近衛騎士長のオンラード。お会いできて光栄だ、ルジェリア王女」
「こちらこそ」
レクトと名乗ったその男性は私に手を差し出してくれて、私もその手を迷うことなく取って握手を交わす。それで、肝心の皇帝だけど……
「お、お初にお目にかかる、ルジェリア王女! ようこそ我がアルマドゥラ帝国へ!」
レクトさんの背後から、少しばかり高い声が飛んでくる。それと同時にレクトさんはサッと横に下がり、その声を発した人物の姿が露わになる。
そこにあったのは、立派な金の玉座。そしてそこに腰掛けるのは……玉座の高さの半分にも満たない、小さな少年妖精。
「我こそがアルマドゥラ帝国皇帝・アレウスである! え、遠路はるばる、よくお越しくださった!」
「……へっ?」
現実が呑み込みきれず、呆けた声が漏れる。それは、みんなも同じことで。全員揃って、ぽかんとしてしまって。
だって、明らかに私達より歳下の────こんな幼い少年が、巨大帝国の皇帝だなんて。




