第208話 鎧の帝国(3)
アルマドゥラ帝国は外観だけでも凄まじい大きさだったけれど、内部はそれ以上だった。
まず目の前に伸びる大通りが永遠と続いているんじゃないかと思うくらいに果てしなく、長い。奥に見える景色がぼんやりと霞んでしまうほど。そしてそれを沿うようにして密集して建てられた大小様々な建物が大きな街並みを形成しているその光景は、今まで訪れたどんな国よりも発展しているのがすぐにわかる。
建物は石と金属で造られていて、色も暗いものがほとんどなためにパッと見は重厚な印象を受ける。だけど、その間に街を彩るように設置されている街路樹と花壇、通りの中央にある水路の手すりにも花が生けられていて、とても華やかだった。
先日のカルディアは金属と機械ばかりの街並みだったけど、それとは正反対にここはきちんと整備されつつも、自然と共存しているようでとても落ち着く場所だ。
「カルディアの街もすごいと思ったけど、ここも別の意味ですごいね……。建物の数も、歩いてる人数も他とは桁違いだ」
「うん、道の終わりが全然見えないよ。どこまで続いてるんだろ?」
「この大通りに目を奪われてしまいますが、分かれ道も数多くあるようですね。地図でもそこから路地裏も含めて道がさらに伸びていますし、これは確かに案内役の兵士の方が多く配置されているのもうなずけます」
ドラクとエメラが感心する横で、フリードも興味深そうに帝国の地図と実際の地形を照らし合わせている。
フリードの言った通り、今私達がいる場所からでも大通りから枝分かれするようにあちこち分岐しているのが確認できる。地図を見る限りでは帝国の中央にある宮殿も大通りをただ真っ直ぐ歩いていけばいいわけではないようだし、なかなか複雑そうだ。
「戦いの後に創立された国だからね。そのためか攻め込まれることを想定して、宮殿はもちろんだけど、国の重要な機関は侵入者から容易に手出しができないように複数あるどの経路もわざと遠回りにするよう設計されてるらしくてさ」
「防衛のために魔法による仕掛けも施されていると聞いてます。その……恥ずかしながら、私もフユキさんも宮殿への正確な道順は把握しきれてないので、そこまでの案内は兵士さんにお願いしてほしいです」
「あ、その点はミラーアイランドも同じだな。城の書庫にある重要な文献とか資料は盗み出されないように、敢えて迷路のような造りにしてあるところ」
「ああ、前に必死こいて帰り道探してた時にそんなこと聞いたな。宮殿への行き方は元々そのつもりだったんだから、今になって変更するつもりもねえよ」
「それはいいけど、肝心の軍事パレードとやらはいつ始まんのさ。それ見なきゃ話が進まないんだけど」
「そう慌てずに、オスク様。もうそろそろ知らせが来ると思うけど」
痺れを切らしたようでそわそわし始めたオスクに、フユキがそう言って辺りを見回し始めた時だった。どこからともなく、高らかなラッパの音が辺りに響き渡る。
それから間髪入れずに、『皇帝アレウス様のお通りである! 皆の者、道を開けよ‼︎』という知らせが聞こえてきた。途端に周囲がガヤガヤと騒がしくなったかと思えば、それまで通りをのんびりと歩いていた妖精達も、建物の中にいた妖精達も、みんな一斉に慌てた様子で同じ方向を目指して駆け出していく。
「おっと、丁度始まるみたいだ。周りが目指している場所に一緒に向かえば見られるんじゃないかな」
「よっしゃ! ならオレ達も早く行って場所取っちまおうぜ!」
イアのその言葉に反対する声はなかった。少しでも近くでパレードを見るために、周囲の動きを確認しながらパレードが行われるであろう場所へと走って向かう。
「わ、すごいヒトだかり」
パレードの会場であろう場所は、大通りから西へ路地裏を二区画ほど歩いた先にある通りだった。さっきの大通りほど幅はないものの、皇帝が通る場所だけあってそれなりに大きな通りだった。通りの両脇に設置されている手すりの内側には、皇帝を一目見ようと集まる妖精や精霊でごった返していた。
会場に着いたのはいいけど、問題はどこからパレードを見るか。一番近くになると思われる手すり近くはもう既に大勢の妖精達で埋め尽くされているし、その後ろもほぼ満席状態。入り込めそうな隙間も見当たらないのだけど……。
空中から見ようにも、この混み合った状態で羽を広げるのは周りの迷惑になる。それに通り脇に設置されている街灯や、通りの上には旗飾りもあって、それらに羽を引っ掛けてしまう可能性がある以上、これも却下。だから素直に地面で見るしか方法がない。
「こ、これじゃあ隙間から辛うじて見えればいい方ですね。オスクさん達はともかく、僕達の背だと埋もれちゃう気しかしないんですが……」
「……なあ。思ったんだが、今回ルージュは王女としてこの国に来てるんだから、貴賓席とまではいかなくても、兵士に頼めばある程度のスペースくらいは確保してくれたんじゃないのか?」
「あ、その手があったか」
「おい、何やってんだ情報屋」
「いやぁ。職業柄、いつも物陰からこそこそ探り回るのが当たり前になってたもので。その発想に全く至らなかった」
参ったなー、なんて軽く笑い飛ばしながらそう白状するフユキに、私達もやれやれと脱力する。
情報屋を名乗るだけあって、フユキは頭の回転も早くて機転も利く方だ。けれど職業柄、こうして堂々と表で見物することがあまり経験してこなかったために、身分を利用することについてすっぽり抜け落ちてしまっていたらしい。
まあそれについては自分のことじゃないから仕方ないことだとは思うけど……本当にどうしたものか。今からでも近くにいる兵士にパレードが終わるギリギリの場所でもいいから、スペースの確保を頼みにいくべきか……。
『皇帝アレウス様のお通りだー!』
「わわわっ、なんか始まっちゃったみたいだよ!」
「チッ、こうなりゃなんとか身体ねじ込むなり、背伸びするなりして無理矢理にでも覗くしかねえか……」
その場であれこれ考えている内に、皇帝が近くまで迫ってきてしまっていたらしい。再度パレードの開始が知らせられた瞬間、周りの妖精達の盛り上がりも最高潮になる。
最前列は既にそこで待機していた者と、二列目辺りにいる少しでも前で見たい者で押し合いへし合いの場所の奪い合いしているものだから、最早小さな戦場と化していた。軽い気持ちで入れば潰されてしまうこと間違いなし。流石にあの中に入る気にはなれないな……。
「あっ、皇帝らしき妖精が見えてきたわ!」
「え! る、ルーザ、そっちから見える⁉︎」
「お前が見えないんじゃ、オレも同じ状況だっての。レシスの姿を写せばまだ可能性あったのかもしれないが、ここでするわけにはいかないからな……」
カーミラさんがそう知らせてくれたものの、妖精の身である私達は背の低さ故にちっともその姿を視界に捉えられず。カーミラさんは多少見えているみたいだから、私もライヤの姿を写して精霊の姿になればチャンスがあったのかもしれないけど……みんなパレードに夢中になっているといっても、誰が見てるかわからない状況で姿を変えるのは周りの混乱を招きかねないから避けるべきだ。
身体をひねれば真ん中の列に潜り込めないかな。……そんなことを考え始めたその最中、急に後ろから引っ張られるような感覚がしたかと思えば、
「ぐえ⁉︎」
次の瞬間には首の根っこを掴まれ、潰れたカエルのような声が出てしまう。その犯人を確かめるべく、反射的に振り返ってみればそこにはオスクの姿が。さらによく見てみると、ルーザも私と同じくオスクに持ち上げられて宙ぶらりんにされていた。
「メインのお前らが見れないままじゃ話になんないじゃん。これで多少は視界高くなるっしょ」
「だからって断りも無しにいきなり首の根掴むヤツがいるか! 息が詰まるとこだっただろ!」
「あーあー、せっかく親切にしてやったってのにケチ付けてくれちゃって。これでどうよ」
「わわっ」
私達への雑な扱いに対して文句を言うルーザにオスクはため息をつきながら、不意に私とルーザを自分の頭の横まで持ち上げてその肩に乗せてくれた。そのおかげで一気に見晴らしが良くなり、今まで目の前のヒトだかりで遮られてしまっていたパレードの全貌がようやく見えてきた。
まず目に入ったのは、大勢の兵士達。彼らは隊列を成して、歩くスピードや上げた足の角度、それに合わせる手の動きまでまったくズレのない見事な一糸乱れぬ行進で通りを堂々と進んでいく。
そしてそんな彼らに守られるようにして、2頭の煌めく一角を持つユニコーンが引く豪華な馬車に、赤と白を基調とした一際立派な鎧を纏った背の高い妖精がゆったりと座っていた。恐らく、あの妖精がアルマドゥラ帝国皇帝────名前は確か、お知らせでは『アレウス』と言っていた筈。
兜を被っているからその人相まではわからないものの、このパレードの盛り上がり具合からして、国民にもすごく慕われているようだ。こんなに大きな国を治めていることはもちろん、これほどまでに高い支持を得ている人物……そんな相手に、私達はこれから会うことになる。
自分の中で緊張と不安と……それ以上に期待が高まっていくのを感じながら、皇帝が通り過ぎていく様子をずっと眺めていた。




