第207話 力の探求者(2)
その翌日、アルマドゥラ帝国へ向かう準備を整えようと、私はルーザと一緒に王城へと向かった。
門番役を務めている衛兵に姉さんの部屋まで護衛として付いてもらって、そこで待っていた姉さんとテーブルを囲んで座ってから、エルトさんが紅茶の用意をしてくれる横で私は早速本題を切り出した。
「……成る程、火の大精霊様に会うためにアルマドゥラ帝国へ向かうことになってるんですね。それで入国するための親書を用意する必要があると」
「そうなの。それで、お願いできる?」
「もちろんですよ。使命のために頑張る妹を私が手助けしないはずがありませんもの。今日中に書き上げておきますから、明日また城に来てくれますか?」
「うん。ありがとう、姉さん」
急なお願いだったにもかかわらず、姉さんは困った様子も見せずに、それも明日には用意してくれることを約束してくれた。いつも私のことを第一に考えてくれるところは昔から変わっていない。あまりの過保護っぷりには少しうんざりすることもあるけれど、私が何者であっても姉妹だと言い切ってくれるのが本当に有難かった。
用事はもう済んだけど、せっかくお茶も用意してもらったのだから少しゆっくりさせてもらおう。そう思ってカップに手を伸ばし、香りもしっかり堪能してからゆっくりとすすった。
「あの、姉さん。そもそもアルマドゥラ帝国ってどんな国なの? 規模がとにかく大きいってことは有名だし、学校でも多少は習うけど、詳細がわからなくて」
「ん、なんだ。お前も知らないのか。歴史を知ってたもんだからてっきり内部のこともわかってるかと思ったんだが」
「まあ、流石にそこまで詳しく掘り下げないから。習うことっていっても、ほとんどが戦争関連のことばかりで現在の内部のことまでは流されちゃうよ」
「……言われてみれば、外国のことなんざ授業だとそんなものか。余程興味がないと自分で調べたりもしないし」
私がふとそう尋ねてみれば、ルーザが意外そうに見つめてくるものの、その後の説明で納得したようにうなずいた。
学校の授業でも様々な国について習うけれど、ミラーアイランドとどんな関わりがあるかという話が中心で、文化について浅く触れる程度だ。図書館にだったら詳しく記されている本もあるだろうけど、『滅び』に関わるまで外国に行くというのも無縁だったために、そういった本を取る機会は全くと言っていいほどなかった。
だけど、姉さんは流石一国を統治する女王と言ったところか。帝国についてある程度知っていたようで、早速説明してくれた。
「そうですねぇ、やはりまずはその広さにびっくりしますよ。道も四方八方に伸びてまるで迷路のようですから、地図は必須でしょうね。観光客はもちろん、地元の住民でさえ迷ってしまう方もそれはもう多くいるようで、案内係の兵士があちこちに配置されているそうですよ」
「そ、そんなに……⁉︎ 広いことは地図で見ててもわかることだけど、まさかそこまでなんて」
「……住民でそれじゃ、オレらもいざって時は世話になりそうだな」
そうなると街の散策だけでも一苦労しそうだな……と、これからの不安にルーザと揃ってため息をつく。
先日訪れたカルディアとはまた違った意味で翻弄されそうだ。火の大精霊の居場所はニニアンさんとフユキが把握してくれていて、そこまでの案内も引き受けてくれるようだけど、それ以外だと迷わない保証はないし、自信もない。せっかく情報屋であるフユキも付いてくれているのだから、到着してから困らないように宿泊する宿とかは出発前に調べをつけておいた方がいいかもしれない。
「あとは……入国するために会うことになる皇帝についてだけど」
「完全に偏見だが、皇帝っていうとなんとなく厳ついイメージあるな」
「確かに……」
あれだけの巨大国家の頂点に立ち、治める人物だ。それに相応しい手腕を持つんだろうし、さぞかし立派な妖精なんだろう。そう思うと容姿や纏う雰囲気も、いかにも厳格そうなものなんじゃないかと勝手に想像してしまうんだけど……
「少し前にお会いしたことがありますけれど、2人が想像するような人物ではないと思いますよ。寧ろ、あなた達なら仲良くなれるんじゃないかしら」
「え。そりゃあ、友好的に話を進められるに越したことはないと思うけど……」
「そんな不敬な真似して、首斬られるなんてことになるのは勘弁だぞ」
「う、うーん……。実際のところどうなの?」
「そう怖がることありませんよ。優しい方であるのは間違いありませんから。私から話を聞くよりも、直接会うことを楽しみにしていてくださいな」
「百聞は一見にしかずってか。まあ、あまり期待しないでおくよ。下手にハードルを上げたくない」
姉さんから色々情報を聞いて色々憶測するよりも、現地で直接確かめるべき。暗にそう指示されて、姉さんもそれ以上は教えてくれるつもりもないようでこの話はここで終わった。
アルマドゥラ帝国の皇帝は私達が思うほど取っ付きにくい人物ではないのを知れただけでも収穫はあったか。姉さんの親書もあれば、入国すること自体は難しくないことがわかって少しばかり緊張が和らぐ。
「あと、ルージュに伝えておかなければならないことがあるんでした。先日、やっとあなた達の学校の全面的な改修工事の賛成が得られましたよ」
「え……そ、それ本当⁉︎」
「ええ。あのプラエステンティア学園との合同実技試験の後で、その話を本格的に進めようとしていたんですが、貴族階級の方々がやっと認めてくださったんです。それと、この件に助力してくださったのはあなた達と対戦した生徒のご両親だということを添えておきます」
「そ……っか」
来年度の生徒の問題は片付いていたけど、もう一つ不安だった点……老朽化が進んでいる校舎のことについて。元々傷んでいる箇所が多かったことと、度重なる嫌がらせであちこちボロボロになってしまっていたことに加えて、現在来ている入学希望者の数では今の校舎では収まり切らない心配があったのだけど、それがやっと解決したんだ。
それに、私達と対戦した貴族達がその件に協力してくれたことも嬉しかった。プラエステンティアでの経験で貴族にはどうしても良い感情が持てなかったのだけど、自分達を負かした私達の実力を素直に認めて、無くすには惜しいと力を貸してくれたという事実は、そのイメージを払拭するには充分効果があった。
もちろんベルメールのように他人を見下し、自分が利益を得るためには平民だろうと蹴落とすことになんとも思わないようなヤツもいるけれど、全員が全員そうでないということを改めて理解できたような気がする。
「ただ、現在使用している校舎を建て替えるよりも、新しく造ってしまった方が早いとのことで……。残念ですが、今の校舎は資料として残すことに決定しました」
「ああ……やっぱりあのまま使い続けるのは無理があったってことなのかな」
「壁も床もすぐ穴空くくらいにズタボロだからな。今もツギハギで無理矢理溝を繋ぎ止めてる状態だし、それを全部新しい資材で覆うくらいならいっそ一から組み直した方が労力も少ないんだろ」
「ええ。全体を修繕したとしても建物の寿命をほんの僅かだけ引き伸ばしているに過ぎませんから、維持していくには長期に渡って定期的な工事を行う必要があるらしいのです。かかる費用も決して少なくないですし、長い目で見ればそちらの方がいいということです」
「うん……そういうことなら仕方ないよね」
「まあまあ、そう落ち込まないでくださいな。今の校舎も保存のためにちゃんと修理と補強をする予定でいます。あなた達が刻んだ思い出が無くなってしまうわけではないんです。ですからどうか、卒業までに悔いがないようあの校舎を最後まで大事に使ってあげてください」
「もちろん。みんなと出会えた大切な場所だもの」
校舎が私達の代で使われなくなってしまうのは残念だけど、失われてしまうわけじゃない。校舎も新しくなり、たくさんの新しい生徒が入ってきてあの学校もこれから続いていく……それがわかっただけで安心だ。
「色々教えてくれてありがとう、姉さん。私、これからも頑張るから」
「ええ。でも、くれぐれも無理はしないように。休みたい時はいつでもここに戻って来て大丈夫です。もちろんルーザも。血の繋がりが無くとも、あなたも大事な妹に変わりありませんから。どんな時でも歓迎しますよ」
「……ああ。機会があったら甘えさせてもらう」
お茶もしっかり飲み干してから、私とルーザは城を後にすることに。
アルマドゥラ帝国で目的を果たした後、また城に顔を出しにくることを約束しつつ。




