第207話 力の探求者(1)★
見据えた未来にあるものは────
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アルマドゥラ帝国────そこが、火の大精霊がいる場所。光の世界にある国の一つなのだけど、影の世界出身であるルーザ達は当然どんな国なのかという以前に名前も知らない。説明と、これからの相談をするべく打ち上げのために来ていたエメラのカフェを後にして、ひとまず私の屋敷へと移動した。そしてリビングのテーブルを囲うようにして立ったところで、私は倉庫から持ってきた世界地図を広げる。
「えっと、アルマドゥラ帝国がある場所はここだね。シノノメ公国の北西にあるこの大陸」
「うわ、大きいな……。ミラーアイランドの5倍近くはありそうだ」
「うん。見た目通りこの世界で一番大きくて、一番強い国なんだ。昔の戦争とかも、大体この大陸で起こってたって習ったよ」
「……今は大丈夫なんだろうな? 用があるとはいえ、ドンパチに巻き込まれるのは御免だぞ」
「もう100年以上も前のことだし、戦争の理由も大陸の土地を巡って起こってたことだから。その戦争の後にアルマドゥラ帝国の皇帝に座についた妖精が大陸を統一して、帝国を創ったから心配はないんじゃないかな」
カルディアに行った時のような厄介事はもうたくさんだと言わんばかりに、うんざりしたような表情を浮かべるルーザ。
カルディアでは『滅び』のせいで終始散々な目に遭わされたというのは、私達全員の記憶に新しい。できればそんな経験はしたくないというのは私も同意だけど、今現在戦争の話は歴史として……もう二度と過ちを犯さないようにという教訓として扱われているものだ。帝国内で大きな争いがあるという話も耳にしないし、恐らく平気だとは思うけれど。
でも、フユキとニニアンさんが苦戦したというのも自然と納得がいく。アルマドゥラ帝国はエメラの言った通り、光の世界で最も規模が大きい国。情報屋として優れた洞察力と観察眼を持つフユキだけど、彼の出身地であるシノノメ公国と比べても桁違いだ。
それに、2人が捜索していた相手はオスクによれば筋金入りの放浪癖がある火の大精霊。足取りを掴めても現地に向かうまでに移動してしまう可能性もあるし、最悪『ゲート』の術で帝国からいなくなってしまうこともあり得ただろう。そんな難しい役目だったにもかかわらず、結果を掴み取ってきてくれた2人には感謝してもしきれない。
「けどよ、こうしてる間にその見つけた場所から離れちまってたら意味無くね? 2人ともこっちに来ちゃって大丈夫なのか?」
「問題ありません。私達がお会いした時に、みなさんのことをお話ししたら『是非会いたいから、ここで待っている』と言ってくださったんです」
「大精霊様、そこがお気に召したらしくてね。しばらく留まるとも聞いたよ。その場所に君らを案内するまでが俺達の仕事だ」
「つまり、現地に向かった後はオレら次第ってわけか。まあわかっていたことだけどな」
「うん。エレメントを譲ってもらうには自分達で頑張るしかないもんね」
大精霊の役目と力の象徴であるエレメントを私達に託してもらうには、それに足る信用と信頼を得なくてはならないんだ。生半可な覚悟でいては、エレメントは大精霊の元を離れることができない。役割と一緒に授かるそれは、大精霊達の魂を可視化したもの……つまりは命を預けるも同然のことなのだから。
上手く協力を取り付けられるかどうか、不安はたくさんある。火の大精霊がどんな条件を提示してくるのか……それはまだわからない。でも今、ゴッドセプターには6つのエレメントが収められている。もう半数以上の大精霊達に私達は認めてもらうことができたんだ。
みんなが、一緒なら。きっとどんなことだって乗り越えられる。
「じゃあ今回はシノノメ公国の時と同様に、ロバーツさんの船に乗せてもらうことになるんでしょうか?」
「あ。それはですね、私のゲートの術でアルマドゥラ帝国がある大陸の海岸まで繋いで向かうことになってます。だから、今すぐでも出発できますよ!」
「待て待て。今さっき見つけたこと知ったんだから、まだ何も準備できてないっての。それにアンタには2回も立て続けに仕事依頼しておいて、大丈夫なわけあるか」
「で、でもでも、善は急げっていいますし、私の都合でみなさんにご迷惑かけるわけには……」
「いいから言う通りにしろっての。こっちだって色々支度しなきゃならないんだし、その間にでも休んどきなよ。向こう行ったらアンタには案内役頼まなきゃならないんだ」
「うう、はい……。ごめんなさい、焦ってしまって」
オスクにそう注意されて、しょんぼりするニニアンさん。確かにアルマドゥラ帝国に向かうに当たって準備は必要だろうけど、2回も立て続けに仕事を依頼したというのはどういうことなんだろうか。
一つは火の大精霊の捜索だろうけど、あともう一つ、オスクは何をニニアンさんに頼んだのだろう?
「ニニアンさん、オスクからのもう一つの依頼って……」
「あ、その。捜索の前に、影の世界にあるカルディアという都市に行ってほしいとお願いされたんです」
「あっ、おい!」
「え。カルディアにって、どうして?」
カルディアの指導者であるギデオンさんに取り憑いた『滅び』は浄化して、根本的な問題は解決したと思うのだけれど……どうしてオスクはニニアンさんをそこに向かわせたのか。オスクが咄嗟に話を遮ろうとするのに構わず、思わず疑問をこぼしたカーミラさんに対してニニアンさんは説明を続ける。
「えとえと、その都市が『滅び』のせいで色々汚されてしまったので、せめて周囲の海だけでも清めてほしいとお願いされたんです。『滅び』が関わっていたことですから無視できない事態ですし、すぐに綺麗にしてきました」
「で、でもオスクさん、面倒は見ないって話だったんじゃ」
「……一から十まで全部は、って意味だよ。色々首突っ込んじゃったんだ、その分の責任は取るっての。土台を固めるくらいの手助けはしてやるさ」
照れ隠しなのか、顔を背けながらそう白状するオスク。自分達には関係ないからと、取り憑いた『滅び』を引き剥がす以外は手出しするつもりはないと言ってたけれど……
「ね、やっぱりオスクさんってなんだかんだ面倒見がいいわよね」
「まあ……そうでなきゃ、今頃私達の保護者なんかしてないよ」
「ふふっ、それもそうね」
「おいこら、聞こえてんだけど」
「あら、ごめんなさい」
そんな風にカーミラさんと2人でコソコソ話していたのだけど、オスクの耳はその会話をバッチリ拾っていたらしい。謝罪を口にしつつも、ペロッとイタズラっぽく舌を見せるという全く悪びれる様子のないカーミラさん。それを見たオスクはやれやれとばかりにため息をついてから、「とにかく」と脱線してしまっていた話の軌道を元に戻す。
「そんなわけで、出発は準備が終わってからだ。スムーズに事を進ませるに越したことないんだし、クリスタとかにも協力仰いだら?」
「うん。姉さんに親書を書いてもらうよう、頼んでみるね」
「そこまで大きな国なら、カルディアの時ほど入念に準備する必要はないとは思うけど、万が一ってこともあり得るからね。またフランさんに薬の強化とかお願いしようかな」
「それならば1人2人で事足りるだろう。大精霊に認められるためにはそれ相応の力を付けねば話にならん。余った者共は僕がまた直々にしごいてやろう」
「うへ、まーたレオンの地獄の特訓かよ……」
「蒼玉の、体力が有り余っている貴様には特別メニューを用意してくれようか」
「ゴメンナサイカンベンシテクダサイ」
「だがまあ、これでようやくもう一歩踏み出せるんだ。突き進むしかねえだろ」
「うんうん! 世界のためにも、みんなで頑張ろー!」
エメラのその掛け声に合わせて、みんなで一斉に「おー!」と拳を天に突き上げる。明日から早速、行動を開始しようと今日のところは解散することに。
ニニアンさんとフユキ、2人があちこち奔走してようやく掴み取ってくれた成果、決して無駄にはしない。火の大精霊からの信頼を、絶対に得てみせる……!




