第20話 光の元に集う(1)
それから数日後。今度は影の世界からルーザ達が光の世界にやって来ていた。ルーザが言うにはついでらしいけど、その中にはオスクも含まれている。
ようやく巡ってきたこの機会。せっかくだからと私、ルージュとエメラ、イアとでみんなを私の学校と、ミラーアイランド国内を案内する予定。この前とは私達3人とみんなとの立場が完全に逆。先日のお礼がやっと出来ると、私も今日は少しばかりはしゃいでいる。
そして現在。鏡を潜って、ミラーアイランドの地面に降り立ったばかりの3人は周りの景色を眺めて楽しんでいた。
「ここが光の世界か……。海もあって新鮮だなぁ」
鏡の泉の前にある丘の上からの景色を見据えてそんな感想を口にしたのはドラクだ。丘に吹き抜ける風に頰を撫でられて気持ち良さそうに目を細めている。
「水平線が見れるなんて感激です……! それに常夏と聞いてましたが、風もあって意外と涼しいですね。これならなんとか普通に過ごせそうです」
フリードもドラクと同じく見知らぬ土地に、特にシャドーラルでは滅多にお目にかかれない海を見て心を躍らせているようだった。涼しいとは言っているけど、フリードは雪妖精。そのままは流石に厳しいようで、大きな日傘をさしている。
「それで、今日からオレもそっちの学校に行っても問題ないんだよな?」
「うん。姉さん経由で学校に話を通してもらったから」
以前、ルーザがこっちに来てしまった時はいきなりのことだということもあって、いきなり学校に通わせてほしいと押しかけるものどうかと思ってあの期間ルーザは学校に行ってなかった。
でも、今日からは違う。姉さんに、みんなを私達が通っている学校にも案内してあげたいと言ったら、早速影の世界のルーザ達の学校に掛け合ってくれたようで、短期留学という形で行ったり来たりしてもいいということになった。
姉さんもこのことが2つの世界がまた交流出来るようになるいいきっかけになれば、とのことで喜んで賛成してくれた。それに姉さん自身も、今度はシャドーラル王国の国王に会う予定らしい。
もちろん、そんないい話ばかりじゃない。その王との謁見には『滅び』のことについて話しておきたいという目的も含まれている。実態がまだ明らかになっていない程の脅威だ、交流するなら情報共有をしておいた方がいいという姉さんの気持ちも分かる。でも、今はみんなと一緒にいられることを素直に喜ばないと。
だけど、みんなが楽しそうにしている中でオスクはただ一人、退屈そうに中に浮いていた。
「……ねえ、オスク。もしかして、ここに来るの嫌だった?」
「別にそんなんじゃないって。ここには来たことあるから特に珍しくもないだけ」
「あ、前に来たことあったんだ」
「当然っしょ。ここにだって部下もいるし。僕を誰だと思ってるわけ?」
「引きこもりのニート大精霊」
「おいコラ、鬼畜妖精」
「もう、ケンカはなし。今日はみんなを楽しませるために来てるんだから」
それならオスクの場合は楽しむというより、懐かしく思っているのかもしれない。オスクは大精霊だし、様々な場所に散らばっている闇の精霊達を従える必要があるのだろう。それで光の世界に来たこともあるなら納得だ。
だけど、ルーザとオスクの仲はなんとかならないかな……。氷河山の時で少し改善したかと思ったのに。
「ねえねえ、とにかく学校に行こ! 先生もみんなを待ってるし」
「そうですね。あまりお待たせしてしまうのは悪いですよね」
「異世界の学校に行けるなんて、不思議な気分だけど楽しみだね」
エメラの言葉を合図に、早速私達は泉を後にして学校へと続く道を歩いていく。
この鏡の泉からだと距離はあまりないし、ゆっくり行っても大丈夫そうだ。みんな、おしゃべりをしながら各々のペースで学校に向かっていった。
あ……そうだ。せっかくオスクがいるんだ。先日の調べたことを共有しておいた方がいいかもしれない。私達、妖精では無理なことでも大精霊であるオスクなら少し進展があるかもしれないから。
「ねえ、ちょっといい?」
「ん? 何さ、急に」
「その……あの後、私達で『滅び』のことについて調べてみたの。まあ、それ自体の情報は掴めなかったんだけど、他の大精霊の存在まではわかって」
「ふーん。で、どこまでいったわけ?」
「まだどんな大精霊がいるか、ってだけ。だから、オスクにいる場所を聞きたくて」
「別にいいけど、全員は無理。知り合いの奴だってしばらく顔合わせてないし、そもそもまともに顔を合わせたり交流自体、あまりなかったりするやつもいるし」
「もちろん、オスクにわかる範囲でいいからさ」
流石のオスクも全ての大精霊とは面識がないようだ。それでも、少しでも検討がつくならありがたい。闇雲に探すよりかははるかに効率的だ。
「こういうのは全員の前がいいっしょ。お前一人だけに責任押し付けるみたいでこっちも気分悪いし。場所を教えるのは後で」
「わかったよ。ありがとう」
……と、オスクと話している内に学校が見えてきた。
登校時間だから多くの妖精が行き交って、中も外もワイワイと賑やかだ。生徒達が挨拶を交わしながら校舎に入っていき、それぞれ与えられている役割をこなしたり、授業の準備をしながら忙しそうにしている。
「これは……古き良きって感じですね」
「う、うん。年季を感じるなぁ」
「……素直にボロいって言ってくれ。なんか悲しくなる」
流石のフリードとドラクも学校の古さに驚いている様子。気を遣って褒めてくれても、古いことは自分でよく分かってる私達には皮肉にしか聞こえず、イアはがっくりと肩を落としている。
まあ、古くても居心地はいいし……どうか3人が馴染めるといいのだけど。
「……で、オレらは何をすれば良いのか、言われてることとかあるのか?」
「あ、うん。まず話がしたいからって、先生のところに行くことになってるよ。あと、これは注意喚起なんだけど、床が抜けることもあるから走ったりしないように」
「どんだけボロいんだよ……」
「お前の馬鹿力で半壊するんじゃないか? ハハッ!」
「……」
ケラケラと笑いながら、ルーザを馬鹿にするオスク。ルーザは一瞬沈黙したかと思うと……次の瞬間、その腹部になんのためらいもなく蹴りを入れた!
「ぐげっ⁉︎」
「あの礼儀知らずは放っておいて、さっさと行くぞ」
「「「「は、はい……」」」」
ルーザの有無を言わせない、圧力のある言葉。そんなルーザの剣幕にみんな逆らえず、そそくさと校内に入っていった。
だけど、悶えているオスクもこうなってしまうと流石に心配だ。私はみんなを追いかけずに、うずくまっているオスクに駆け寄る。
「だ、大丈夫、オスク?」
「くっそ〜……あんの鬼畜妖精め……」
オスクはお腹を抱えて、痛みに耐えている。
というより、二倍くらいの身長差があるオスクを悶えさせる程の蹴りを入れられるルーザって一体……。純粋な力で言えば、ルーザには誰にも敵わないかもしれない。
「ああくそ。おい、手を貸せ」
「い、いいけど……」
痛みのあまり、上手く立ち上がれないらしい。ルーザもここまでしなくても……と思いながら、支えになれるようオスクに手を差し出す。
……が、オスクは何を思ったのか差し出した私の手を掴んできて、蹴られた腹部に当てた。
「えっ⁉︎」
当然、意味が分からず戸惑う私。
こんなことしても痛みが引く訳じゃないのに、と困惑しているとオスクは何事もなかったかのように立ち上がる。
「ふうっ、楽になった。もういいぞ」
「えっ、えっ? 何の意味があったの?」
「うん? お前の手、程よく冷えていたんでね。抑えるのに丁度良かった」
「えっ、ちょっ、私の手は湿布代わりにしてたってこと⁉︎」
私の手が知らない内にオスクの治療道具にされてたことを知ってびっくり。でもまあ、オスクが元気になったのは良かったけど……何か一言欲しいところだ。
そんな私を他所に、さっきまでの状態が嘘に思えるくらい、オスクは平然と中に入っていく。さっきまでは悶えていたとは思えない程の違和感のない動き。これも大精霊の回復力なのかな……?
何だか複雑な気持ちになったけど、遅れる訳にもいかない。私はなんとか気持ちを切り替えて、みんなの後を追った。




