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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
番外編 灰まみれの王女と出来損ないの勇者
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Ex0.Dans les coulisses(4)

 

「……っと、あったあった! あんまし濡れてねえな。ルジェリア、これ使えよ」


「……これは?」


「タオルの予備。オレすぐ汗かくからさ、いつもこうやって首に巻き付けてんだけど、汚れちまった時用にもう一つ用意してあんだ」


 茂みから出てきてしばらくした頃に、彼は私をベンチに座らせてカバンの中をゴソゴソ弄ったかた思うと、灰色の長いタオルを差し出してきた。

 これをしまっていたカバンが雨に打たれたために表面が少ししっとりしている、柔らかいタオル。身体の水気を拭き取るには充分だとは思うけど……


「あなた、のは?」


「今巻き付けてるやつもあるし大丈夫だって。早く拭かねえと身体冷えちまうぞ?」


「……」


「あ、前に使った時にちゃんと洗濯してもらってるから安心してくれな?」


 ……そうじゃなくて、と口にしたかったのに言葉は出てくれなかった。

 タオルが汚れているかなんてそんなのは全く気にしてない。石鹸の香りがほのかに漂ってくることから、それはすぐにわかっていた。私が気になったのは、彼のタオルのこと。彼だってびしょ濡れな上に、服には泥はねの跡があちこちにある。

 彼が使おうとしてるタオルは、さっきまで首に巻き付けていたものだ。雨に直接打たれたそれは、絞ったところで吸い込んだ水気が完全になくなる筈もなく。肌に付いた雫を拭き取るだけで精一杯のようだった。


「……ごめん、なさい」


「ん、何が?」


「服……私のせいで、汚れたも同然だから。あれだけ突き放しておいて……損な目にばかり、遭わせてる」


「なんだ、そんなこと気にすんなって。オレだって最初からこうなるってわかってたんだし」


「……でも」


 心配して追いかけてきてくれたというのに、彼に対して返せるものがない私の状況が情けなかった。こうも正面から向き合ってくれる相手との接し方がわからず、お礼の言葉すらも告げられず。そんな自分に、嫌悪感が湧いてくる。

 ついさっきまで突き放していたとはいえ、恩知らずもいいとこだ。彼が私に対して嫌な印象を持っていないか……それがすごく不安だった。


「じゃあさ、明日から必ず一回は2人で話す。これを決まりにしようぜ」


「……え?」


 突然そう告げられ、呆けた声が漏れる。

 何のためにと思ったけど、過去に囚われすぎないようにするためだという。彼と関わることで辛い記憶を上書きして、現在(いま)に集中するという目的で。そして、いずれは友人になりたいという彼の目標からくるものだった。


「要するにお前が答えを見つけられるまで、手助けさせてくれって話。ここまで追いかけて偉そうにあれこれ言っちまったんだ、その責任は取る。そういう約束だしな。そのための決まりだ、守ってくれるか?」


「……善処する」


「おう!」


 今はそれだけしか言えなかった。このままでは駄目、ずっとこの状態が続くのは嫌だとは思っていても、まだ全てを信じ切ることはできない。一度染み付いてしまったものは、なかなか取り除けないものだから。ちゃんと反応を返せるかどうか、自信が持てなかったためにその場は合間な言葉で受け流してしまった。

 でも、変わるためには自分で何とかしなければならない時がやってくる。それに、周りに頼りっぱなしではいつまで経っても成長できない。屋敷に帰ってから私は今までの自分の行いを見直して……反省して、そんな情け無い自分と決別するために。


「……ぉ」


「ん?」


「……おは、よぅ」


「……っ! おう、おはようさん!」


 自分から一歩を踏み出すことを決意した。





 それから、彼……イアと、その友人であるエメラと『約束』のために関わる時間がぐっと増えた。2人が話しかけてくるのはもちろんのこと、歓迎会と称してエメラの家でもあるカフェとやらに連れて行ってもらったり、王都郊外にある学生でも利用しやすい店を紹介してもらったり、料理を教えてもらったりと、様々なことをしてもらった。

 初めてのこと、慣れないことに戸惑いながらもそれらを私は確かに楽しんでいた。姉さん以外で誰かと一緒に行動することがこんなにも心が弾むのだということを知れた。そして2人と行動するようになってしばらく経った今日も、目標の一つであった王都へと出向き、服屋へと半ば無理矢理連行された。

 休む間もなく、色々な服を取っ替え引っ替えしては身体に当てられて見栄えを確かめられ。服屋を後にしてからもエメラが行きたい店に片っ端から案内され、解放される頃には当然くたくたになった。


「ふう……」


 いつかと同じように、私は屋敷に入ってすぐに扉にもたれかかる。ただ、あの時とは正反対に……私の心は晴れやかだった。

 疲れはしたけれど、今まで知らなかったこと、触れられなかったことと接する機会を2人が作ってくれたおかげで、私の『外』に対する見方が変わってきているのを実感していた。確かに、あの地獄のように薄汚れた部分があるのは事実……だけど、全てがそうでないこともまた、確かなこと。それをイアが逃げ出す私を追いかけて叱ってくれて、エメラが腕を引いて景色を見せてくれたことでそう思えるようになっていた。

 2人だけじゃない。あの学校のクラスメート達は、あれだけ拒絶していた私を優しく受け入れてくれた。ゆっくりでも大丈夫だからと、ずっと私を気にかけてくれていた。


「あの学校は、良い場所だよ。あそことはまるで違う。人数が少ないからこそ、一人一人の結束が強くて……こんな私でも、受け入れてくれた。それに、あの2人も。もしかしたら友達になれるかなって、そう思えてきてる」


 私の手には、今日買ってきた薄ピンクのワンピースが入った紙袋がある。服なんて今着ている黒のローブで充分と思っていたけど、これに腕を通した時、私はかすかではあったけど確かに喜びを感じていた。気分が、心が塗り替えされるような……そんな気持ちだった。


「2人は、裏切るようなことはしない。あんなに相手のためを思って動いてくれるような妖精(ヒト)が、相手をおとしいれるようなことをする筈がない。できるならとっくにそうしている……その機会は何度だってあっただろうから。もう大丈夫だって、そう思えるの」


 そうして、いつものように"あの子"に話しかけたけれど。


「もしかして、まだ怒ってる……?」


 あれ以来……イアの手を取ると決めたあの日から、"あの子"は以前のように反応を示してくれなくなった。最低限の答えを返してくれるだけで、私が一方的に話しかける状況が続いている。まるで、転校したばかりの頃の私を再現しているかのようだった。

 これでも多少は改善している。突き放すことをやめた時は、3日くらいずっと口を利いてくれなかったほどだ。『外』を受け入れようとしている私が、"あの子"にとってはよっぽど腹立たしいようだった。


「『外』は、思っていたほど醜いものじゃなかったんだよ」


 そう伝えても、"あの子"は返事をしてくれない。

 ……2人との距離が縮まるほど、"あの子"が遠ざかっていくような気がした。

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