Ex7.Unfinished Fairy tale(6)
……。
…………。
「やった……のか?」
しばらく、オレ達はその場に立ち尽くしていた。魔物の姿はもう見えないのに、現実をまだ呑み込みきれずにいて。
「うん、勝った。勝ったんだよ。わたし達、ホントになんとかできちゃったんだ……!」
「そう、だよな。できたんだよな、オレ達だけで!」
だが、それはエメラのその言葉によって破られた。ホッと胸を撫で下ろしつつ、心から嬉しそうにこの結果を掴み取れたことを言葉にして、ようやく目の前であったことが紛れもない本当のことなんだと理解できた。
不安の方が大きかった。やるしかないとは思っていても、できっこないなんて気持ちがどこかに残ったままで。見たことがない魔物な上に、予想外の能力に振り回されて何度か挫けそうになったが、それでも最後には勝つことができた。そして何より、その大きな要因となったのは、
「ありがとな、ルジェリア」
「え?」
「ルジェリアが指示出してくれたおかげだよ。どう動けばいいか、どう魔法を使って切り抜ければいいか教えてくれたから、アイツを倒すことができたんだよ。ルジェリアがいなかったら、今頃オレ達絶対やられてた」
「うんうん! あんな方法で夕方みたいな状況作る方法を土壇場で思い付くなんてすごい! 魔法の使い方は一つじゃないんだって、わたしびっくりしちゃった!」
オレが礼を言ったのに続けて、エメラもルジェリアを手放しで褒め称える。
お世辞でもなんでもない。ルジェリアがいたからこそあの魔物を退けることができたんだ。不利な状況に陥っても慌てないで冷静に考えを巡らせて、できないことを無理にやらせるんじゃなくて、オレ達が持ってる力だけで不可能だと思ってたことも可能にしちまった。奇跡でもまぐれでもなく、道筋を整えて確実に辿り着けるよう導いてくれたんだ。
「私……役に立てた、のかな」
「当然でしょ! 無事にいられてるの、ルジェリアのおかげだもん!」
「でも、私が巻き込んだ側なのに」
「そんなの、オレ達で選んだことなんだから気にすんなって。あんな危ないヤツ、放っておけるわけないしな」
あの魔物は一体何だったのか……それは結局最後までわからないままだ。どこからか迷い込んだのかも、まだ見つかってなかった新種なのかも、何もかも。
だけど、今は原因とか正体とかあれこれ考えるより、でかい困難を3人で協力して乗り越えられたことを喜びたい。
「とにかくルジェリアが諦めないでいてくれたから、オレ達も魔物に立ち向かえたんだ。お前のおかげだ、ありがとな!」
「……!」
オレが真っ直ぐ礼を言うと、ルジェリアは少し息を呑んだようだった。
それがきっかけとなったんだろうか。ルジェリアはオレとエメラを交互にじっと見つめて、やがて止めて。顔を上げると同時に、これまでずっと引き締まっていた口角が、強張っていた頬と目尻がふっと緩んで……
「……っ、良かった」
ふわりと、柔らかく微笑んだ。
今まで緊張と不安から感情を表に出せないでいたルジェリアが、初めて見せた明るい表情。願っていても掴みきれなかった、オレ達の望みが成就した瞬間……ルジェリアの心を凍らせていた、悲しみの氷が溶けた何よりの証明だった。そしてそれを見た瞬間、オレの胸がドキッと高鳴る。
「あ────」
思わず、胸を抑える。それでも尚、オレの心臓はドキドキと普段より早いテンポで鼓動を打つ。
……そうか。これが、「好き」って気持ちなのか。じゃあやっぱり、オレはルジェリアのことが。
思えば、自覚してなかっただけで最初からその気持ちはあったのかもしれない。転校してきた日の、あのルビーみたいな紅い瞳に魅せられた、あの時から。
紅い、紅……そうだ。
「────ルージュ」
「え?」
「ルージュ! お前の呼び名、まだ決めてなかっただろ? 紅から連想して、ルージュってのはどうだ?」
「あ、それいい! 頭に『ル』も付いてるし、違和感もないし。ぴったりじゃない⁉︎」
「ルージュ……うん。いいかも。その、嬉しい」
いきなりの提案だったが、本人も気に入ってくれたようだ。随分時間がかかってしまったけど、これでやっとルジェリア────もとい、ルージュと本当に友達になれたんだと実感した。
ルージュのことについては知らないことだらけだ。前から気になっていた、身分とか、家族とか、そして……転校前の出来事とかも、色々。
でも、焦ることはない。そう簡単に打ち明けられるものでもないし、転校前の話は特に根深いものだということはオレでも察せる。丸々一年もないけど、卒業まで時間はまだたっぷりある。色々積み重なっているわだかまりってやつを、ゆっくりとほぐしていければそれでいいんだ。
……オレの中に生まれた気持ちは、もう少しはっきりとしてから行動しても遅くはないだろう。
「そんじゃ、そろそろ帰ろうぜー。オレ疲れちまった!」
「だね。ルジェリア……じゃなかった。ルージュ、一緒に帰ろ! 送ってってあげる!」
「あっ、うん!」
エメラがルージュの手を取りながらそう提案し、ルージュも嬉しそうに頷く。そして、3人並んで鏡の泉を後にした。これから正式に友達として3人で過ごす日常に期待で胸を膨らませながら。
これは、不完全なる物語。反逆の旅路へと進みゆく者達の、序幕へと繋がる物語。
無謀なる泥塗れの勇者は、灰被りの姫君の胸に生まれた希望の種を芽吹かせる希望となり得るか────それはまだ、誰にもわからない。




