Ex6.芽生える心(4)
やがて2人に追いついてから、オレ達は一緒に王都へと向かった。
街の中心、この国一番の都市部である王都の賑わいっぷりはやっぱり他とは比較にならない。それに、今は大体その日の予定を全て片付けて家に帰る前の買い出しに来る妖精も多くなってくる時間帯とあって、この辺りを行き交う人数もかなりのものだった。
ルジェリアはエメラのカフェでも縮こまっていたからこの人混みは大丈夫かちょっと心配だったが……特に嫌がっている様子はなかった。練習の効果もあるんだろうけど、みんな自分の買い物に集中していてオレ達のことを全く気にしてないことがよかったのかもしれない。
さて、来たのはいいけど、どこから回るか。中心だけあって郊外とは桁違いに店も多い。食べ物から雑貨、武器に魔法薬や魔法具もと、色んな専門店が揃っている。その他にも露店商があったりと、その辺の道をぶらぶら歩いているだけで飽きないけど……
「ふふん、実は最初に行こうと思ってるお店は決めてるの。ルジェリアについて気になってることをようやく解決できるんだから」
「ああ、そういやそんなこと言ってたな。で、なんなんだよ。その気になってることって?」
「それはズバリ、ルジェリアの服だよ服! そのファッション!」
「「……はあ?」」
いきなり何を言い出すかと思えば。訳がわからず、オレとルジェリアは同時に首を傾げる。
ルジェリアの服って……確かに、黒いローブと黒いブーツという全身真っ黒で女子にしては地味な感じではあるけど、そうおかしな見た目でもないと思うんだが。そう考えていたのが表情にも出ていたのか、エメラはプンスカと膨れながら「だって、だって!」と続ける。
「ルジェリアってば転校してきた日からずーっとその黒いローブじゃない! 質素ってほどじゃないけど、雰囲気も暗い感じだし!」
「あ、うーん。そういえば……そうだったか?」
「もう、なんで隣の席なのに覚えてないの⁉︎ イアだったら一日中ルジェリアのこと見てられるでしょ!」
「いや、後ろの席なんだから授業中は見られるかっての。それに一日中見てるなんてただのストーカーじゃねえか!」
「と、に、か、く! ルジェリアだって女の子なんだからオシャレするべきでしょ! 他の服とか持ってないの?」
「別に……これが一番落ち着く。それに、魔力が込められているから滅多なことでは汚れないし、傷も付かない。荷物を増やしても仕方ない」
「むむう、他の服着てこない時点でなんとなくわかってたけど……やっぱりダメダメ! やっぱり最初に行くべきは服屋さんね。こっち、付いて来て!」
「本人の了承は……」
「関係無し。強制!」
「……」
口答えは許さないとばかりにルジェリアの腕をぐいぐい引いていくエメラ。その強引なやり方にルジェリアは渋い顔をするものの、抵抗したところで無駄ということがこれまでの動向から察したのか、大人しくエメラに連行されていった。
エメラが買おうとしているのはルジェリア用、つまり入る店も当然女子向きのもの。オレが入っていいのか不安なんだが、一人でウロウロしていても退屈だし、下手に動き回ってはぐれるのも面倒だ。仕方なく、オレもエメラが暴走しないようにするための見張りってことで付いて行った。
エメラが向かっていったのは、王都の中でも一番の大きさを誇る服屋だった。それだけ大きい店ということは、品揃えもその分豊富というわけで。エメラも、ここならルジェリアの好みに合う服が見つかると思ってこの店を選んだのだろう。
「ほら、どう? 可愛い服がいっぱいあるでしょ。実物を見ればちょっとは気持ち変わるんじゃない?」
「ひえぇ……どれもこれもヒラヒラしてるし、フリフリしてるし、キラキラしてるやつとかもあるし、訳わかんねぇ」
「私にはどれも同じようにしか見えないんだけど……」
「もう、2人とも見る目無いんだから。こんなにたくさんあるんだよ? どれか一つでもルジェリアに似合うやつがあると思うの!」
またしてもルジェリアの腕を引っ張りながら、エメラは目の前の服がこれでもかってくらいにかけられたハンガーラックに突撃していく。そうして、早速服を何着か手に取ってルジェリアの身体に当てて見栄えを確かめてみる。
「ほら、このスカートなんかどうかな。夕焼けみたいな鮮やかなオレンジ色が綺麗だけど」
「色が派手なのは、ちょっと……」
「うーん……確かに、薄めの色してるルジェリアに濃い色はビミョーかなぁ。服の方が目立っちゃってるし、ビビッドカラーはやめとこっと。じゃあ、このレモン色のブラウスは?」
「……フリルが付きすぎている気がする」
「え〜、これが可愛いのに。色が派手じゃなくて、フリルが少なめ……じゃあこれ、レースのワンピースなんてどう? 白いし、細かいレースが綺麗だし、これなら大丈夫じゃない⁉︎」
「デザインは綺麗だと思うけど……裾が短すぎる」
「もー、文句ばっかり言って。スカートの方はともかく、これじゃあ何にも進まないよ! こうなったら、わたしが決めたものを強制的に着せるまでね!」
「また強制……?」
「まあ、エメラに任せてみようぜ。オレも服のことなんて詳しくねーし、どれがいいかなんてさっぱりだけど、マイナスに考えてばっかじゃ気分も良くないしよ。一回賭けてみるつもりで待ってみろって」
「……わかった」
さっきからエメラの希望通りに動くばかりなことにルジェリアは少しげんなりした表情を浮かべていたが、オレの言葉に納得してくれたようで言う通りにしてくれた。
エメラ本人はといえば、あーでもないこーでもないと色んな服を取っ替え引っ替えしては見比べて、ルジェリアに似合いそうな服を本気で選んでいる。自分が着るわけでもないのに、この真剣さ。ルジェリアもそんなエメラの気持ちを汲み取ったらしく、ぽかんと呆気に取られながらその様子を静かに見守っていた。
「……よし、これなら大丈夫でしょ! ルジェリア、こっち来て!」
「う、うん」
やがて良さそうなのが見つかったらしく、今度は試着室に2人で入っていった。
男のオレは当然中に入れさせてもらえるハズもなく。女子向けの服屋に、売り場で一人取り残されるってのもなんか色々苦しいような……。
『まずはこれを着てね。着替え終わったら、この際だから毛もちょっとアレンジしちゃおうよ!』
『え、なんで』
『気分転換に。見た目変わると、印象も結構変わってくるもん。服を変えるついでに、全身でオシャレしてみよ!』
『まあ……いいけど』
試着室に引かれたカーテンの裏から、2人の会話が聞こえてくる。ルジェリアの反応を聞く限りじゃ、積極的とはいかないけどさっきよりかは乗り気になっているようだ。
『じゃあ、頭ちょっといじらせてもらうね。あ、この月の髪飾りはどうしよう?』
『あっ、駄目。それは、外したくない』
『毎日付けてたもんね。もしかして、宝物だったりする?』
『……姉さんに、貰ったの。きっと似合うからって。大事なものだから、外せない』
『へえ、ルジェリアにお姉さんいたんだ。それじゃあ、尚更外しちゃダメだよね。これはそのまま留め具にするとして、額の辺りの毛まとめちゃおっと。目元にかかってて暗い感じしてたんだよね〜』
そんなやり取りがありながら、試着室からゴソゴソバタバタと忙しない音が聞こえてきたかと思えば……
「……できた! じゃあ、早速お披露目ね!」
「ちょっ、そんないきなり……!」
突然試着室のカーテンがサッと開かれ、2人の姿が露わになる。恥ずかしがっているのか、肝心のルジェリアはエメラの背に隠れていたが、「大丈夫、大丈夫」とエメラに言い聞かされながら文字通り背中を押されてオレの目の前に連れ出される。
「あっ……」
思わず、声が漏れた。ルジェリアが転校してきた、あの日のように。
ようやく目の前に出てきたルジェリアの姿……それは大きな白い飾り襟の付いた、ルジェリアと同じ薄ピンクをしたワンピースだった。
襟と腰、白の袖の部分にツヤツヤ光る赤いリボンが付けられていて、裾の辺りに一本の黄色のラインがあるけどそれ以外に飾りはない、シンプルなもの。でも同じ色をしてるのもあるんだろうけど、無駄な飾りもなく、落ち着いた雰囲気のあるそれはルジェリアによく似合っていた。
だけど服装よりもそれ以上にルジェリアの顔に目が行った。今まで目元に毛がかかっていて、本人もうつむきがちだった姿勢をしていたこともあってなんとなく暗い印象が拭えなかったんだが、今ではその毛を髪飾りの方へと纏めて三つ編みが作られ、紅い瞳がしっかり見えるようになっている。
丸くて大きな、ルビーのように綺麗な目。何故だか目が離せなくてジッと見続けていたら、ルジェリアは照れ臭かったのか、サッと逸らされてしまった。その瞬間、顔がポッと熱くなる。
あ、あれ。なんだ、これ……?
確かに色々変わって雰囲気も明るくなったが、今オレは何を思ったのか。ぐるぐると考えを巡らせるけど、オレの頭では一向に答えに辿り着けない。
「あっれ〜? イア、顔赤いよ?」
「へっ? そ、そんなわけねえだろ!」
「ふーん。イアってこういうのがタイプだったんだ〜」
「タイプ、って」
そこまで言われて、ようやくこの気持ちの意味がわかった。
つまり、オレがルジェリアを────まさかそんな。
「ねね、ルジェリアはこの格好、どう思ってる? わたしとしてはなかなかいいと思うんだけど」
「悪くない、と思う。好みにも合うし、落ち着くし、その……気に入った」
「ホント⁉︎ じゃあこれ買ってこーよ!」
考えが纏まらずにいるオレを放置して、エメラは試着室を飛び出してルジェリアを引き連れながらレジに向かった。そして、サッサと会計を済ませてきたようで大きな袋を抱えながら2人はオレの元に戻ってくる。
「さあ、他のお店にも行こ! 目的は一つ達成したけど、まだまだ一緒に行ってみたいとこいっぱいあるんだから」
「お、おう」
まだどこかぼーっとしていた頭を振って気持ちを切り替え、オレ達は服屋を後にした。そうして日がすっかり傾いて空が鮮やかなオレンジ色に染まるまで、オレ達は王都のあちこちを歩き回った。
……さっきオレがルジェリアへ抱いた気持ちが『恋』だと気が付いたのは、それからしばらく経ってからだった。




