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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
番外編 灰まみれの王女と出来損ないの勇者
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Ex6.芽生える心(3)

 

 色々あったが、やっとシチューを完成させることができた。火を止めてすぐに、エメラはいつの間にか用意していた皿に出来上がったばかりのシチューを入れる。

 トロリとなめらかな、クリーム色をしたシチューがみるみる内に皿の中を満たしていく。ふわっと湯気が立つのと同時に、美味そうな匂いが漂ってきた。


「おお、すげー! ちゃんとシチューになってら!」


「ふふん。ちゃんと手順と分量を守っていればそうそう失敗しないし、目を離さずに愛情込めて作ったからね。全部手で頑張って作った分、達成感あるでしょ?」


「……うん。自分で一から作ったんだって、実感も湧く」


「でしょでしょ! けど、まだ大事な工程があるよ。出来上がったら、みんなで美味しく食べましょう!」


「そうだな、作ったんなら食べるまでちゃんとやりきらなきゃな」


 エメラは残りの二つの皿にもシチューを入れて、オレとルジェリアに一皿ずつ手渡す。そのまま向かわされたのは、昨日ルジェリアの歓迎会で使った個室だった。どうやら、厨房を使わせてもらうのと一緒に、個室を使う許可も取っていたようだ。

 そしてエメラも、自分の分のシチューとバスケットに入ったパンを手にして、オレ達にスプーンを配りつつ席に着いた。


「さあ、冷めないうちに食べちゃおう。パンもお好きなだけどうぞ!」


「おう。んじゃ、早速……」


 オレはシチューを口に運び、ルジェリアも同じように出来立てのシチューをパクリと一口。

 さて、肝心の味はというと……


「うん、美味い!」


「……塩加減も丁度いい。上手くいった、のかな」


 オレもルジェリアも、文句なしの出来栄えに仕上がっていた。

 エメラのサポートがあったとはいえ、自分の手で一から全部作った料理が成功したという嬉しさもあって、いつもより余計に美味く感じた。ルジェリアも満足しているようで、昨日の遠慮がちな態度が嘘のようにリラックスした様子でシチューを食べ進めている。


「うんうん、ちゃんと味見しながら仕上げたからバッチリね! ルジェリアも、これでちょっと自信付いた?」


「少しは。ナイフの使い方は、まだぎこちないと思うけど……」


「最初は誰だって初心者だもん、慣れればだんだん上手くなっていくよ。アドバイスすると分量とか火加減とか、まずはレシピ通りに作るのが大事ね。隠し味とかのアレンジするのは慣れてから。勉強と同じでまずは基礎固めから始めないとね」


「……うん」


「不安なことがあったらいつでも言って! わたしにできることなら、なんでも教えてあげるから。イアも、この機会にもっと練習して、食べるばっかりじゃなくてたまにはママさん達に振る舞ってあげたら?」


「気が向いたらな」


「もう!」


 オレのやる気のない返事に、エメラはぷうと頬を風船のように膨らませる。

 でもまあ、今回のことで料理がいかに大変かはちょっとわかったし……日頃の感謝に手伝いする回数増やして、お袋に少しでも楽させてあげよう。いきなり手伝いに積極的な姿勢見せたら「風邪ひいたのか」とか変な心配されるから、時々にしておくけど。


「カフェの紹介もしたし、一緒に料理もしたし。次の目標は……うん、やっぱり王都に行くことかな」


「おいおい、もう明日の予定立ててんのかよ」


「別に明日じゃないよ。まだ気が早いってことはわたしもわかってるもん。いつか3人で行こうってだけ。イアだって、さっき図書館とか本屋行こうって言ってたじゃん」


「まあ、そうだけどよ。王都でなんかしたいことでもあんのか?」


「もっちろん。ルジェリアが転校してきた時から、ずっと気になってることがあるんだよね〜」


「え……?」


 チラリと、ルジェリアに視線を向けるエメラ。突然そんなことを言われて、ルジェリアも少し戸惑ったようなリアクションを見せる。

 いや、ルジェリアというよりも、そのちょっと下……ルジェリアの身体を見てるような。オレもつられて目を向けてみるが、特におかしなところはないと思うんだが。


「とにかく、今は食べることに集中しよ! 残り少なくなったらパンに付けて食べるのもありだし、おかわりもしてね!」


「お、おう!」


 エメラのルジェリアに対して何が気になっているのか詳しく聞きたいところではあるけど、王都に行く時になって尋ねても遅くはないだろうし、今は言われた通りシチューをしっかり食べきることが優先だ。3人で協力して作った料理、存分に堪能しなきゃ損ってもんだ。

 そうして、お喋りしながらオレ達は食事を最後まで楽しんだことで、さらにルジェリアと友好が深まっていくのを感じた。





 それからもオレとエメラは、ルジェリアとの『約束』を毎日こなしていった。カフェとか、放課後3人で出かけることをしなくてもなるべく一緒に行動するようにして、一回だけとこだわらずに何回でも話すようにした。

 カフェで色々話したのが効いたのか、数を重ねたことでオレ達と接することにあまり抵抗も無くなっていたようで、ルジェリアも自然と言葉を発するようになっていた。一ヶ月も経つ頃にはたまにではあるけど、ルジェリアの方から話しかけにきてくれるようにまでなった。


 これなら、そろそろ大丈夫だろう。そう判断したオレとエメラは、最初から決めていた目標をいよいよ実行に移した。


「ねえ、ルジェリア。今日の放課後って予定空いてる?」


「大丈夫だけど……何かしたいことでも?」


「うん。ずっと前から言ってた、一緒に王都に行ってみようかなって!」


「ああ……そのこと」


「んで、どうだ? 嫌なら諦めるからよ。無理矢理行っても楽しくないし」


 ルジェリアはオレの質問に少し考え込む素振りを見せたが、やがて顔を上げた。


「……ううん、行く。私も、行きたいと思ってた。2人のおかげで誰かといることも、そう怖くなくなったから。それに……一緒に行くの楽しみに、していたから」


「……っ‼︎ やった、じゃあ授業が終わったらすぐ王都に突撃ね!」


 ルジェリアから了解が得られたエメラは大喜び。今にもスキップしそうな勢いで、これ以上ないってくらいにご機嫌な様子で自分の席に戻った。

 エメラ程ではないけど、オレも嬉しい気持ちは変わらない。ルジェリアが他人に対してあまり怖がらなくなっていること、そしてルジェリアからオレ達に関わろうとしてくれていることが。転校してきたばかりの頃は、あれだけ誰かと接することを拒絶していたのに……泥だらけになっても追いかけたことは無駄じゃなかったんだと実感する。


 そして、その日の授業も終わってお待ちかねの放課後になった瞬間、


「よーっし! せっかくの機会だもん、なるべく長く楽しみたいからね。ってことで、早速ゴーゴー!」


「ちょっ、そう急がなくても……!」


 なんて、張り切ったエメラは戸惑うルジェリアをお構いなしにその腕を引いて教室を飛び出していくという、いつか見たような光景をまたしても展開する。相変わらず、自分が大好きなことに関してはノンストップなやつだ。


「ったくよぉ、置いてくんじゃねーよ!」


 でも、オレも早く楽しみたいという気持ちは一緒だ。遅れないよう、オレもカバンを引っ掴んで2人の後を追いかける。やっと手にしたこの機会、絶対逃してなるかとばかりに。

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