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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
番外編 灰まみれの王女と出来損ないの勇者
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Ex6.芽生える心(2)

 

 カフェに到着してすぐに、エメラはママさんに厨房とカフェにある食材を使わせてもらう許可をもらいにいった。それが済むと料理を始める前に厨房の隣にある食糧庫らしい部屋を覗いて、料理に必要なものを揃え始める。


「……うん、鶏肉はあるね。これをちょっと使わせてもらって、あとは小麦粉とミルクにそれからバターでしょ……あとスープの素も忘れずに、っと」


 その中にずらりと並ぶ、大量で色んな種類がある食材をエメラは迷うことなく今使うものだけを取り出していく。それとさっき買ってきたじゃがいもと人参、玉ねぎも一緒に並べて、ナイフやナベなど料理に使う道具も準備していった。


「んで、何を作るつもりなんだ?」


「シチューを作ろうかなって。切るのはもちろんだけど、皮をむくとか炒めるとか、あと煮込むのと調味料で味を整えるとか、料理に必要な大抵の作業ができるから練習にはピッタリだよ。あ、イアも手伝ってよね!」


「え、オレも?」


「あったりまえでしょ。何もしないでいるなんてダーメ。イアだって料理の経験そんなに無いんだし、この機会に覚えたら?」


「はいはい、わかったよ」


 確かに、オレだけ何もせずに突っ立っているというのも退屈だし、女子2人に作ってもらってオレは食べるだけっていうのもなんだか情け無い。でもオレの料理の経験なんて無いに等しいから、エメラに指示されなきゃ何もできないんだけど……まあ、何事も経験だよな。

 そう自分に言い聞かせながら、エメラから手渡された白いエプロンを身に付ける。ちなみにこれはエメラの予備だから、当然女子用のもの。ルジェリアはともかく、フリル付きの可愛いエプロンは男のオレに似合うハズもなく。

 ……料理よりもこっちの方が罰ゲームだよな。


「それじゃあ、最初は野菜の皮むきだよ。玉ねぎは手で済むけど、じゃがいもはナイフを使ってだからちょっと難しいし、ゆっくりやろっか」


「ん、人参はいいのか?」


「むかなくても食べられるから大丈夫。煮込めばそんなに気にならないしね。むかない方が栄養取れるし、ゴミも減らせるしでお得だよ」


「……皮をむくだけなら、魔法でやった方が早いんじゃ」


「そうだけど、全部手でやるからこそ出来上がった時の達成感も大きくなるよ。苦労するからこそ意味があると思うの。それに、魔法で作るにしても作業の明確なイメージを描けないと上手くいかないでしょ? 今日はそのための練習だし、手作業で頑張ってくれる?」


「……うん」


 エメラの言葉に納得したらしいルジェリアは、早速玉ねぎを手に取って皮をむき始める。茶色の皮を全てむいてから、頭と根元の部分をナイフで切り落とした。


「うん、玉ねぎはこれでオッケーだね。じゃあ次、じゃがいもだけど、ちょっとコツがいるから一緒にやろう」


 エメラは洗ったばかりのじゃがいもを一つずつ、オレとルジェリアに手渡す。そしてオレにもナイフを手渡してから、手本を見せるためにエメラは自分の手元をオレ達に寄せた。


「えっとね、こうしてじゃがいもにナイフを添えて……ナイフを持っている手で皮を抑えながら、反対の手でじゃがいもを動かしながらむいていくの。ナイフを持った手を固定しながら、反対の手でむくところを持ってきてあげるような感じね」


「へー、てっきりナイフを動かすもんだと思ってた」


「やってみるとわかるけど、その方が安定するの。早くする必要はないから、皮をむききることに集中すればいいよ。あ、勢い余って指切らないように気を付けてね!」


「わ、わかった」


 オレもルジェリアも、少し緊張しながらナイフをじゃがいもに添える。エメラに念を押された傍から指をザックリいくのは勘弁だ。鋭い刃が自分の手に向かないよう、強張る指先で恐る恐るじゃがいもに切れ込みを入れてから言われた通りじゃがいもをゆっくり回していく。


 ……やべっ、深くいきすぎた。一旦ストップして反対側からリカバリーして……って、あー! もうむいてあるところまた切っちまった!

 なんて、指こそ切ってないものの、オレは不慣れなじゃがいもの皮むきに予想以上に大苦戦。それでもなんとか皮だけを取り除いていって、5分くらい経過したところでようやく完了までぎ着けた。


「うん、ルジェリアのはちょっと角ばってるけどなかなかいい感じだね。イアは……頑張りましょう、ってとこかな」


「うるせーやい! 成績みたいなこと言うな!」


 下手くそだってのはわかってたことだけど、ルジェリアがむいたじゃがいもと並べるとその差が余計際立つ。エメラがむいたものと比べて少し角があるけど大体原型を留めているのに対して、オレはズタボロ。むきすぎでヘコんでいたり、角もデカかったり。大きさだって、多分二回りくらい縮んでると思う。

 やったことがないからって、いくらなんでもこれは酷いよなぁ……。


「まあまあ、もう過ぎたことだし切り替えていこーよ。皮はむけたけど、まだ全部終わってないからね。次はじゃがいもの芽を取りましょう!」


「ああ……毒があるんだっけ」


「そうそう。お腹壊しちゃうだけならまだいいけど、身体が弱ったり、最悪死んじゃうこともあるからね。あと、売ってるものなら問題ないと思うけど、緑色をしたじゃがいもは絶対ってほどじゃないけど普通より毒が多めだから要注意だよ」


「ひょえ、結構おっかねぇのな」


「植物って身を守るためにこういう力備わってること多いからね」


 料理を教わるだけだったハズだけど、何気ない知識も増えていく。勉強ってこういうことなのかな、なんて思いながらまたしてもナイフを駆使しながらじゃがいもの芽を取り除いた。……オレがむいたじゃがいもは、むきすぎでもう取れてる部分がほとんどだったけど。


「よし、今度は野菜と鶏肉を切る作業ね。自分でむいたじゃがいもは自分で切るとして……人参はルジェリア、玉ねぎはイアに任せよっかな」


「え、なんで強制?」


「うーん、なんとなく?」


「……絶対嫌がらせだろ」


 料理したことないオレだって、玉ねぎを切ったら目にしみることくらい知ってる。わざわざオレを当ててきたのは、オレが泣くところを見たいためだろう。


「もー、さっきから文句多いなぁ。男の子ならガツンといかなくちゃ! それに冷やした玉ねぎならしみないから大丈夫!」


「いや、性別関係ねえだろ! それに冷やしてねえし! 買ってきたものそのまま皮むいたじゃんか!」


「……二等分して半分ずつ切ればいいだけのことでしょう」


「あ、その手があった」


 いつの間に切ったのか、ルジェリアが玉ねぎの半分を差し出してきた。

 そんな簡単なことに全く気が付かなかったオレを見て、あまり感情を表に出さないルジェリアもこれには呆れていたけど、気が付いてくれたんだから問題無しだ。そうと決まったらさっさと済ませようと、ルジェリアの視線をスルーしつつ再びナイフを手に取った。


 そうして、野菜と鶏肉を3人で手分けしながらザクザクと切っていき、じゃがいもは水にさらして、残った食材もそれぞれボウルに入れて、下準備がようやく終わった。次はいよいよ火を使った作業だ。

 エメラに指示されて、ルジェリアはバターを溶かしたナベに玉ねぎを入れて炒め始め、それが透き通ってきたくらいのところで人参と鶏肉も入れた。


「うんうん、いい感じ。火が通ってきたら、ここに小麦粉を入れてさらに炒めていくよ。粉っぽさがなくなったら、じゃがいもも入れて水とスープの素で煮込んでいくの」


「ふーん、ただ水で煮ればいいんじゃないんだな」


「小麦粉炒めなきゃとろみつかないもん。馴染み深い料理だからってそう単純じゃないんだよ?」


 そう説明されながら、協力して作業を進めていく。煮込むところまできたら、残る作業もあと少しだ。


「ここからは弱火でしばらく煮込んでいくよ。じゃがいもが柔らかくなるまで、焦げないよう時々混ぜながらね」


「弱火でって、強火でやれば時間短縮になるんじゃねえの?」


「それ、料理で一番やっちゃいけないことなんじゃ……」


「そう! なんで料理経験少ない妖精ヒトほどそういう横着しようとするんだろ。表面真っ黒になるし、火の通りだって不十分になるでしょ! 火の魔法使う癖に特性把握してなさすぎ!」


「わ、わーったよ」


 この料理教室が始まってから今まで知らなかった、というか知ろうともしなかったことを教わってばっかりだ。じゃがいもの皮むきもそうだったけど、オレってホント料理について何もわかってなかったんだな……なんて痛感させられる。

 お袋はこれを毎日、それもオレと親父が飽きないようにいろんなメニュー考えた上でやってくれてんだよな。服汚した時のペナルティは解除されてるけど、また皿洗いやろうかな……。


 そうして、弱火で煮込むこと約15分。いよいよ最後、仕上げの工程だ。ナベの中にミルクを入れると、やっと見慣れたシチューらしくなってきた。


「ここに塩とコショウを少々入れて、味を整えるの。沸騰しないように気を付けながらまたしばらく煮込んで、ようやく完成だよ」


「出たな、少々。少々って結局どれくらいなんだよ?」


「場合によるよ。単純に量とか、入れた食材の状態で変わってくるから。お菓子作りに目分量は厳禁だけど、料理は別ね。味見しながらその時に合う丁度いい味に近づけていくの」


「ふーん。シチューって簡単そうに見えたけど、実際は割と複雑なんだな。ミルク入れた汁に野菜とかぶち込めばいいって思ってた」


「そんなのミルクスープにもならないよ。素材本来の味ってよくいうけど、旨味とか多少は出るとしても限界あるし、正直味気ないよ。何のためにたくさんの調味料があると思ってるの?」


「耳が痛ぇ……」


 やっぱオレって料理について知らなさすぎだ。それを突き付けられて、こうして思い知らされた今、もうお袋に頭が上がらない。

 それから3人で味見しながら少しずつ塩とコショウを入れていって、全員が納得する味になったところで中身をかき混ぜながらさらにコトコト煮込んでいく。そのまま5分くらいその作業を続けていったところで、


「────うん、完成!」


 やっと、終着へと辿り着いた。

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