Ex3.泥だらけの勇者(1)
それから数日経ち……ルジェリアが転校してきてから一週間になったが、オレとエメラは未だに仲を深められずにいた。本を届けたことで少しくらい心を許してくれたかもしれないと期待したが、そう簡単にはいかず。この一週間ずっと頑なまでに誰とも打ち解けようとせず、ただ一人で静かに過ごしているばかりだった。
オレ達以外のクラスメートもなんとかして友好を結ぼうと話しかけにいくが、相変わらず一言二言返すだけではっきり言って進展は無し。クスリともせず、誰とも顔を合わせることもなく。凍りついたように動かない顔のまま、ずっと窓の外を眺めていた。
これ以上近づかせないよう、オレ達との距離を無理矢理一定に保とうとしているかのような態度を貫き続けるルジェリア。一体、前の学校で何があってルジェリアを「こう」させるにまでしちまったのか。その疑問がますます深まるのと一緒に、それが掴めない限り友達になるのは無理なような気がした。
だが……その分厚い壁は、ある時突然ヒビが入ることとなった。
「次の授業は先日伝えていた通り、魔法薬の調合を行う。準備ができたら調合室に移動してくれ」
それは、調合術の実習授業でのことだった。先生にそう指示されたことで、みんな授業で使う魔法書を抱えて移動を始める。オレの後ろにいるルジェリアも前の授業の片付けをして、次の授業の準備をし始めているところだった。
「なあ、ルジェリア。調合室、一緒に行くか?」
「……必要ない。廊下を真っ直ぐ進むだけでしょう」
「でも席まではどこ座るか知らねーだろ? 教室の席を基準にしてるけどよ、初めてなんだし正確な位置はわからねぇじゃん」
「……」
反論できないらしく、ルジェリアは黙り込む。そのまましばらく迷っていたようだが、やがて観念したようでオレに自分の席までの案内を頼んできた。
これに大喜びしたのがエメラだ。今まで誰かと一緒に行動することを拒否していたのに、本人としては不本意だとしてもようやく折れてくれたんだ。調合室に着くまでの間、エメラは大したリアクションが返ってこないことも構わずルジェリアに話しかけまくる。オレ達が話題を振るばかりのほぼ一方的な会話だったが、この時になってやっと距離を詰めることができた気がした。
「それじゃあ、早速始めよう。机の上に用意してある薬草を指定された分量だけ取り出して、刻んだら壺の中に入れてくれ」
調合室に着いてすぐ、調合術の実習授業が開始される。全員が席に着いていることを確認した先生がそう指示を出して、それに従ってオレ達も行動を始める。
この授業は教室での席を基準に、5人ずつのグループにわかれて作業を進めていく。席が近いオレとルジェリアは同じグループになり、転校したてでまだ色々不慣れなルジェリアをサポートしてやろうと、同じグループになった3人と一緒に調合に必要な道具の場所を教えつつ準備を進めていった。
「ナイフとカッティングボードはここの戸棚にあるの。これで薬草刻むの、手伝ってもらえる?」
「……これ、大きさが」
「ああ、育ち具合がバラバラって言いたいんだろ。それ、前の調合術の授業で校庭に生えてるもの摘み取ってきたやつだから。あそこってただ草ボーボーなだけじゃねえんだぜ?」
オレの説明に、ルジェリアは少し驚いたようにほんのちょっと目を見張った。これが学校で自生したものだってことは流石のルジェリアでも予想外だったらしい。ボロくて小さい学校だけど、そこだけは他にはないと胸を張れる自慢だった。
そうしてルジェリアが同じグループの女子と薬草を刻んでいる間に、残ったオレ達男は調合用の壺を、加熱の呪文が刻まれた魔法陣が描かれている絨毯の上に置いた。そして、薬草と一緒に用意されていた虫の粉末とヘビの干物を水と一緒に壺の中にぶち込んでいく。
最上級生になったことで、調合術の授業でも色々な素材を使うようになったけど……やっぱあんま触りたくねぇな、コレ。虫は粉砕されてるからまだいいとして、ヘビの干物とか乾燥してるのに鱗がまだテカテカ光る上に、腹の辺りムニュッてしたし……。
「薬草、刻み終わったよ!」
「おう。んじゃ、一気に混ぜてくか。ルジェリアも、自分の分入れてくれ」
「……」
オレの頼みにルジェリアは素直に頷き、刻んだばかりの薬草を壺の中に入れた。
これで材料は全部投入できた。棒で中身をしばらくかき混ぜていくと、やがて温まってきたようでツンと鼻をつく独特な臭いが漂ってくる。
……っと、机の上に魔法書を広げっぱなしだった。ぶつけて落っことすのもだけど、飛沫が紙に染み込んだりでもしたら後で面倒だ。今の内に片付けておくか。
「これ、ルジェリアの魔法書だよな? 向こう置いとくぞ」
そうして、手前にあったルジェリアの魔法書を手に取った時だった。
「────触るなッ‼︎」
聞いたことない、鋭い声。その直後、ものすごい力で持っていた魔法書をひったくられた。
「……うぇ?」
何が起こったのかわからず、呆けた声が漏れる。だがいつの間にか目の前に移動していたルジェリアが自分の魔法書を腕に抱えてる姿を見たことで、オレの手から魔法書が取られたことをようやく理解した。
「……ぁ」
「いや、その……なんか、すまん」
我に返ったらしい、ルジェリアがオレに何か言いたそうな視線を向けてきたものだから、とりあえず謝っておいた。私物に勝手に触れたことが、余程シャクに障っちまったのかと思って。
この騒動に同じグループのやつらはもちろん、エメラも、他のクラスメートも、先生も何事かとオレとルジェリアに視線を向けていた。クラス全員の、その上望まない形での注目は、気分としてはあまり良くないものだった。
悪気があったわけじゃない。本当に、自分の何気ない行動でこの状況を作り出すきっかけとなってしまったことに、これまで感じたことのない申し訳なさが込み上げてくる。
「……っ」
いたたまれなくなったのか、ルジェリアは魔法書を抱えたまま、身体を縮こまらせるようにして自分の席に座る。しんと静まり返った調合室に、壺の中身がゴポゴポと沸騰する鈍い音がいやに響いていた。




