Ex2.まっかなめ(3)
「なーんか、よくわかんねぇんだよな」
「何が?」
「ルジェリアの性格が」
授業が終わった後に、オレはエメラにそうぼやいた。
大人しいやつだってのは昨日からわかってるんだ。それと、自分からあんまり話しかけにはいかない人見知りで、物静か。口を開いたとしても多くは話そうとしない、自分からぐいぐい話しかけにいくエメラとは真逆のタイプだってことは。
自分の懐に入らせない冷たいやつかと思っていた。でも模擬戦の時、オレに才能があると認めてくれて、その上アドバイスまでしてくれた。それによって自分が不利になる可能性だってあった筈なのに、ちゃんと全力を尽くしてほしいからとオレのダメなところは指摘してくれて、作戦が上手くいったら褒めてくれて。
オレのことを想ってくれたからこその行動だ。だから冷たいだけじゃないってのはわかるんだが……。
「実は優しいところもあったって感じだったけど、それじゃちょっと納得出来ないってこと?」
「ああ。同じな筈なのに、昨日とは全然違うように見えてさ。真っ正面からぶつかったらはっきりするかもって思ったのに、余計こんがらがった」
「そっかぁ……」
オレの報告を聞いたエメラも、進展が無かったどころか疑問が増えたことに肩を落とす。
昨日の怒った時と、模擬戦の時に見せた優しい面。一体どちらがルジェリアの素なのか。本人ともっと話そうにも、また今日も授業が終わるなりサッサと帰っちまったし……
「……あれ?」
ふとルジェリアの席に目をやると、机の上に本が一冊置きっぱなしになっていた。
辞典かってくらいに分厚くて、革表紙に金の箔押しでの細かい装飾が施された、いかにも高そうな本。オレにも見覚えのない見た目からして、ルジェリアが自分で持ってきていたものなんだろう。趣味が読書って言ってたくらいだし。
「その本、ルジェリアの忘れ物かな」
「多分そうじゃね? 今日の時間割、使う魔法書多かったし、カバンにうっかり入れ忘れたんだろ」
普通なら、本一冊くらい忘れたって大したことじゃない。帰ってから置いてきたことに気付いても、続きがどうしても読みたいって時以外は明日取りに戻れば大丈夫だろう。
ただ、それはあくまで「普通」の場合。ここはこの通りオンボロだし、セキュリティなんてあって無いようなもんだ。落書きとかイタズラされることはしょっちゅうだし、酷い時には窓ガラスが割られてたなんてこともある。
こんな高そうな本を、しかも机の上に放り出したままだなんてどう考えたって危なすぎる。オレとルジェリアの席は窓際なこともあって、外からも見られやすい位置にある。これじゃあどうぞ盗んでくださいといってるようなもんだ。
「なあ。届けてやるべきだよな、これ?」
「当然でしょ。持ち物を盗まれることだけでもかなりショックなのに、こんなに高そうなの無くしちゃったら大変。ルジェリアが出てってから、まだそんなに経ってないよね?」
「おう。授業だってさっき終わったばっかだしな。今から追いかければ間に合うだろ」
「うん。よーし、そうと決まれば全は急げね。早速ゴーゴー!」
オレとエメラはうなずき合い、ルジェリアの本を持って教室を飛び出した。
この時間なら学校の門にかなりの数の生徒がたむろしている。門は一つだけだし、帰るならルジェリアだって確実にそこを通っている。右か、左か、真っ直ぐか。ルジェリアがどの道へ向かったかを誰か一人でも見ている筈だ。
「あっ。ねえ、ちょっといい?」
「うん、どうしたの?」
「ルジェリア探してるの。どっちの道通ってたか、見てないかなって」
その時、丁度門の近くにクラスメートがいるのを発見して、エメラが声をかける。クラスメートは突然の質問と、どうしてルジェリアの行き先を聞きたいのか首を傾げたから、すかさずその訳も説明した。
「そっか。確かにそんな高そうな本、教室に忘れてきちゃ危ないもんね。3分くらい前かな、右の道を真っ直ぐ歩いて行ったのを見たよ」
「右だね。情報ありがと!」
「どういたしまして。追いつけるといいね」
「うん!」
情報を得たオレ達は、クラスメートにささやかなエールをもらいながら門を通り抜けた。
右ってことは……王都に向かうのとは反対側の道だ。つまりルジェリアの家は王都郊外にあるのか。
でも、その方が安心できる。王都郊外だと店も家も数えるくらいしかないし、自然と人通りも少なくなる。道もほとんど枝わかれしてないから、このまま走っていけばいずれルジェリアも捕まえられるだろう。
学校を出た後も王都郊外に家がある生徒にルジェリアを見てないか尋ねつつ、オレ達は先を急ぐ。そして、
「……どう考えても家があるとは思えねぇ場所に着いちまったんだけど」
「え、えーと。途中で何か間違えちゃったかな?」
歩いていった先にあるものを見据えて、オレもエメラも揃って呆然とする。
クラスメート達から得た情報を元に辿り着いたのは、北の外れにある迷いの森だった。そんなド直球な名前が付けられるだけあって、この国でも屈指の危険な場所と悪名高い森だ。
名前の通り、一度踏み入れれば簡単に出てこれないってのはもちろん、咲いてる花に見惚れてるとツタに絡め取られてしまうだとか、森の中に立ち込める霧に包まれると存在が綺麗さっぱり消されてしまうとか、赤く光る目を持つ恐ろしい化け物がいるだとか。それはもう噂が絶えない場所だった。
いくつか尾ひれがついたり、勝手に一人歩きしてる感じがしなくもないが、この国の誰もが小さい頃からこの森だけは入ってはいけないと注意されるくらいで。実際に危ない目にあった奴が何人もいるらしく、不良ですらこの森は肝試しにも使わないって話を聞いたことがある。
「でもよ、ここまで一本道だよな。それに、服装は地味だけどあいつ結構目立つ見た目してんだし、間違えることもそうそうねぇと思うんだけど」
「そうだよね……。でも、これ以上先に行ってもあるのって鏡の泉くらいしか────」
一体、ルジェリアはどこへ行ったのか。2人でうーんと頭を抱えていると……
「こんなところで何をしている」
「うわっ⁉︎」
突然後ろから声をかけられ、オレとエメラは揃ってその場でビクッと飛び上がった。
恐る恐る振り向いてみれば、そこに立っていたのはオレ達がまさに探していたルジェリアだった。ただ、模擬戦の時は引っ込んでいた目の鋭い光が、また戻ってしまっていた。
いや、少し違う。ルジェリアの目……色は紅のままだけど、昼間見た時はルビーみたいに綺麗な色をしてたのに、今はそれがまるで血のように暗く、少し淀んでいる。昨日怒った時と同じ……ルジェリアには違いないけど、よくわからない『何か』が違うと、本能が訴えていた。
「後を、付けてきたというの? 私の……」
「えっと、まあ……」
「……何故。理由によっては……」
「ちょ、ちょっと待てって!」
エメラの答えをどう受け取ったのか、腰に差した剣を抜こうとするルジェリア。何か誤解されちまったのはなんとなくわかった。これ以上拗れちまう前に、オレは例の本をルジェリアに突き付けた。
「……! それ、は」
「お前の机に置きっぱなしになっててさ。あそこ、あんなオンボロだろ? セキュリティガバガバだしさ、盗まれたらいけないってんで、届けるために追いかけて来たんだよ」
「気分悪くさせちゃったなら、ごめんね。でも大事なものだったら尚更知らんぷりできなくて、ちゃんと届けてあげたかったの」
「……っ、そう」
オレ達が正直に訳を話すと、ルジェリアは納得してくれたのか剣に触れていた手を引っ込めて、目の色が昼間のような明るさを取り戻すと同時に鋭い光が弱まっていく。そしてオレから本を受け取ると、バツが悪そうに俯いた。
「……早とちりした。その、ごめんなさい。それと、わざわざありがとう。忘れたことも、気付かなかった」
「いえいえ、どーいたしまして!」
「困った時は助け合うのが当然だろ。模擬戦のアドバイスの恩返しとでも思ってくれればいいからさ」
「……」
気にしてないことを態度と言葉で示すと、ルジェリアはやがて顔を上げてくれた。にこにこと笑って見せるオレ達をじっと見つめて、
「……あなた達は、違うのかな」
「ん、何か言ったか?」
「……別に。直に日が暮れる。ここ、日が沈めば道も見えなくなるから……もう、帰った方がいい」
それだけ言うとルジェリアはスタスタと歩いて行ってしまった。それっきり、踵を返すこともなく進んでいった先は、あろうことか迷いの森がある方向。
「ちょっ、おい⁉︎」
そっちは危ないと手を伸ばすが、ルジェリアはお構いなしに森の奥へとどんどん進み、やがて森の木々に覆われるようにして姿を消してしまった。
いくら転校したばかりつったって、ルジェリアもこの森がどれだけ危険か少しくらい知ってるだろうに。それとも、森の中に用事ってか、入る理由があったってのか……?
「ど、どうしよう。ルジェリア追いかける?」
「……いくらオレでもその勇気はねーわ」
「だよねぇ……」
それで森から出てこれなくなったりでもしたら、笑い話にもならない。ルジェリアに言われた通り日没も近づいてるし……仕方ないからと、オレ達も帰ることにした。
不思議なやつだとは思ってたけど、ますますわからなくなってくる。ルジェリアは一体何者なのか……それはまだ、掴めそうになかった。




