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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
番外編 灰まみれの王女と出来損ないの勇者
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Ex2.まっかなめ(2)

 

 試合が始まっても、ルジェリアは剣を構えたままその場を動かなかった。剣の切っ先をオレに向けつつ、じっとオレのことを見据えて静かに佇んでいるのみだ。

 まずは様子見ってところか。結構慎重なんだな。


「来ないんならこっちからいくぜ!」


 けど、オレはそういうのは得意じゃないし、じれったいのもあまり好きじゃない。やるならやるで、さっさと済ませた方がいい。

 そうしてオレはルジェリアに向かって突撃し、斧を思い切り振り下ろす。


「……っ!」


 それを見たルジェリアは身体をひねって攻撃をかわす。刃が当たるまでもう少しというギリギリのところで。


「うわっ、ととと!」


 まさかそんなタイミングで避けられるとは思わず、勢い余ってオレは危うく転びそうになる。

 それでも、ここでへこんでいられない。まだ一発外しただけだ、そう気持ちを切り替えてオレは諦めずに斧を振るっていくが……全部ルジェリアに命中することなく避けられてしまう。斧の軌道を完全に見切られてしまってるんだ。


 力押しじゃ無理だってのか……! いつもなら、というかクラスメート相手には真っ正面から突っ込んでも勝ててたのに。こんな相手、初めてだ。

 それに、ルジェリアだっていつまでもやられっぱなしなままではいてくれなかった。またしてもオレの攻撃を避けたと思ったらそのままターンしてオレの背後に回り、剣を刃が縦向きなるように握り直して、


「いってぇ⁉︎」


 剣の側面の部分で、脇腹に見事な打撃を一発入れられた。

 ベシッという音と共に、ジーンと広がってくる鈍い痛み。オレは反射的に腹を抱えて痛みを無理矢理抑え込もうとする。


「うわ、痛そー。イア、今のところいいとこ無しだよ?」


「うるせーやい! んなことはわかってるんだよ!」


 それを見たエメラが野次を飛ばしてくるが、確かにその通りだった。何回も何回も攻め込んでいるのに、未だ命中はゼロ。この模擬戦はルジェリアの実力の測定だというのに、逆にオレがルジェリアに試されているみたいだ。


「……動きが」


「へっ?」


「斧の動きが、正直すぎる。振るい方も含めて、目線でもどこを狙っているのかすぐにわかる。パワーはあるのに、それで損してる。相手の目が届かないところを狙うか、魔法を織り交ぜてでもしないと」


「お、おう?」


 急につらつらと喋り始めたルジェリア。まともに話しているのをやっと初めて見たというのもあって、状況を理解するのに時間がかかってその場で硬直してしまった。

 てか、今のって。もしかして、アドバイスしてくれたってのか?


「名目上は私の力の測定でも、手を抜いては意味がない。遠慮はいらない」


「……わーったよ!」


 ルジェリアが突然アドバイスした意図はわからないが、このまま翻弄されっぱなしじゃオレだって面白くない。代表としてこの場に出てるんだ、冷静なルジェリアを一発あっと驚かせでもしてやらないと気が済まないってもんだ。

 本人がいらないって言ったんだ。先生には決着をつける必要はないって言われてるけど、お互いが自分の力を存分に発揮しないと測定の意味がない。

 単純な正面突破がダメってんなら、こいつはどうだ!


「『エルフレイム』!」


「……!」


 斧を大きく振るい、オレが一番得意な炎魔法を放つ。急な攻撃方法の切り替えにルジェリアは少し目を見開くが、それも一瞬。被弾を避けるべく素早く後ろに下がって炎から距離を取り、炎の威力が少し落ちたところを剣で切り裂いて無効化した。


「まだ終わんねぇぞ!」


「なっ……」


 その隙を狙って、オレは炎の後ろからルジェリアに向かって斧を振り下ろす。

 攻撃を相殺した反動で瞬時に動くのが難しくなっていたところの連続攻撃は、今まで軌道を見切ってかわし続けていたルジェリアでも避けるのは無理だったっぽい。防御も間に合わず、オレの攻撃をモロに浴びることとなった。


「魔法で視界を遮ってでの二段構えか。悪くなかった」


「へへっ、だろ?」


 これは流石のルジェリアも認めざるを得なかったようだ。体勢を立て直した後に、褒め言葉をくれた。


「次はこちらからいく。『セインレイ』!」


 素早く詠唱を終えたルジェリアが放ってきたのは光弾だった。小さい、見るからに威力もなさそうな攻撃。こんなの軽く避けられるだろ、そう思っていたら……ルジェリアはなんと光弾を連続で撃ってきやがった。


「うげげ⁉︎」


 オレを囲うようにして張り巡らされた弾幕。何十発という光弾はあっという間にその密度を増して、オレの両サイドを埋め尽くしてたちまち逃げ場を完全に塞がれてしまった。


「『リュミエーラ』!」


 動けないでいるオレに向かって、ルジェリアは追い打ちをかけるように閃光を浴びせてくる。

 範囲は広かったが、その魔法自体の威力は大してなかったらしく、あんまし痛くなかった。どっちかっていうと、魔法が命中したことで仰け反った拍子にオレの周りを埋め尽くしていた光弾が立て続けにビシビシと命中してきたもんだから、そっちの方が効いた。閃光はおまけであって、本命はこっちか。


「いちち……お前ってとことん慎重派なんだな」


「……褒め言葉として受け取っておく」


 お互いに本気を出すまでにはいってないけど、ルジェリアの戦い方の癖ってのは大分見えてきた。相手の動きをよく観察して攻撃に当たらないようにすることもだけど、自分の攻撃はまず確実に当てられるような状況を作って低い威力を補っているんだろう。オレみたいなとにかくガンガン攻めるのとは正反対のタイプだ。

 女子だからかオレほど力は無いし、魔法も一発ごとの威力は低い。でもただ力任せのオレとは違って、力が弱くとも連発することでダメージを重ねていく戦い方……自分の弱点をちゃんとわかっているからできることだ。

 模擬戦が始まってからまだそんなに経ってないけど、こいつは強い。オレはそう確信した。実技が得意って言ってただけはある。


「まだやれるでしょう?」


「ったりめーだ! このまま終わらせられっか!」


 やられたまま終わるなんてまっぴら御免だ。女子だからって油断ならない相手だと身をもって知った今、こっちも全力で相手してやらなきゃいけないんだという気持ちが高まっている。こんなに手応えのある相手は久しぶり……いや、もしかしたら初めてかもしれないということもあって。

 ルジェリアも気分が乗ってきたのか、望むところだと言わんばかりに剣を構え直す。そして、


「うおらっ!」


「……はっ!」


 互いに自分の武器を振るってそのまま打ち合いに持ち込む。

 ガツン、ガツンと何度もぶつかり合い、耳をつんざくような鋭い金属音が鳴り響く。力ではオレの方に分がある。このまま押し切れれば勝てる……! そう思っていたが、ルジェリアもオレの狙いを見抜いたようで魔法での攻撃に切り替えるために距離を取ろうとしてきた。

 でも、オレだって何度も同じ手は食わない。また弾幕を張られてしまう前にルジェリアに向かって突撃していき、再び武器でのぶつかり合いに運ぼうとするものの……


「『リュミエーラ』!」


「うわっと⁉︎」


 そうはさせまいと、ルジェリアはオレが懐に入ろうとしたその瞬間に閃光を放ってきた。威力はあんまりないにしても、範囲は広いこの魔法。眩しさと、予想外の行動ということもあってオレは弾かれるようにして飛び退いた。

 あんな範囲特化の魔法を至近距離で使ったら自分だって少なからず煽りを食らうだろうに……いや、ルジェリアがあんまり動揺していないところからして、それも覚悟の上だってのか。不利な状況から脱出するためとはいえ、思い切ったことをするもんだ。


「正直、舐めてた。手強い」


「そいつはどーも!」


 でも、ルジェリア自身もあんな強引な手段を取ることは不本意ってやつだったらしい。それくらいルジェリアを追い詰めていたようで、オレを手強い相手だと認識してくれた。反応は小さかったけど、オレが遅れを取っているわけではなかったようだ。

 息も大分上がってきているし、そろそろ決着をつける────


「そこまで!」


 ……前に、先生からストップをかけられてしまった。お互いにまだまだやる気満々だっただけに、オレもルジェリアも変な体勢のままその場で固まってしまった。


「それ以上はやり過ぎだ。もう充分なくらいにルジェリアの実力はイアも、他の生徒達も思い知っただろう」


「まあ、そうなんスけど。でもここまで来たら最後までやらせてほしかったというか……」


「駄目だ。このまま続けていたら、どちらかが力尽きるまでやるつもりだっただろう。そしたら手当てとか、フォローも大変になる。だからここでストップだ」


「はーい……」


「とりあえずだ。僕から見ても、ルジェリアの実力は素晴らしいものだ。トップであるイアと同等か、またはそれ以上。現時点では正確な評価は出来ないけど、それこそトップを取れてもおかしくないくらいだ」


「……ありがとう、ございます」


 真っ直ぐ褒められたことが照れ臭いのか、ルジェリアは恥ずかしそうに若干身体を縮こまらせる。

 トップを譲ることになるかもしれないと先生に言われても、オレもそれは認めざるを得なかった。中盤からはともかく、最初なんて一発も攻撃を当てられなかったんだ。オレとはまた違う強さがあった。


「それじゃあ、測定はここまで。2人は休憩して、他の生徒は残りの時間で模擬戦を行う」


 先生にそう指示を出されて、それぞれ移動を開始する。オレも喉がカラカラだし、とりあえず水が飲みたい。

 ……っと、その前に。


「ありがとな、ルジェリア」


「……?」


 武器を収めて、校庭の隅の木陰へと移動しようとしていたルジェリアに礼を言った。

 ルジェリアは何に対しての礼なのかわからなかったようで首を傾げていたために、すかさずその理由を説明した。


「アドバイスしてくれただろ? 狙いが正直すぎるって。確かにその通りだって思ったよ。おかげで存分に戦えたからさ、その礼」


「……才能があるのに、もったいないと思っただけ」


「ん?」


「やるからには、ちゃんと全力を尽くしてほしかったから。役に立ったのなら、良かった」


 ルジェリアはそれだけ言うと、スタスタとその場を去っていった。相変わらずにこりともしなかったけど、その目からは昨日と、今朝みたいな睨み付けているような鋭い光が消えていた。

 ……なんだか、不思議なやつだ。昨日、エメラからの質問で怒った時と、今とは全然雰囲気が違う。機嫌が悪かったってのを抜きにしても、別人だってくらいに表情も、声色もまるっきり変わってるんだ。


「なあ、どっちが本当の『お前』なんだ?」


 正解がわからず、オレはぽつりとそう呟いた。

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